10 新たな胎動4

 SIDE アーベル



 アーベル・ヴァイゼルは貴族の子息だ。


 眉目秀麗、頭脳明晰、そして剣の腕でも王立騎士学園のトップ5に入るほど。

 まさしくすべてを兼ね備えた人間として、思うがままに生きてきた。


 成績は常にトップクラスだったし、剣の試合で負けたことはほとんどない。

 女だって、数えきれないくらいモノにしてきた。


 だが──すべては壊れた。


 壊された。


 ミゼル・バレッタによって。


 彼との試合で負傷したアーベルは、未だに体が不自由なまま。

 何度か高名な治癒魔法術士に体を診てもらい、治癒魔法をかけてもらいもしたが……結果は芳しくなかった。


 怪我自体は疲労骨折であり、ミゼルに負わされたものではない。

 だが、彼との試合がなければ、こんなひどい怪我は負わなかったかもしれない。


 全部あいつのせいだ。


 そう思わなければ──自身の身に起きた理不尽を、誰かのせいだと責任転嫁しなければ、とても気持ちを抑えられない。


 もしかしたら、自分の体が元のように動くことは二度とないかもしれない──。


「くそ、この俺が……あんな奴に……くっそぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 アーベルは吠えた。


 血を吐くような思いで、吠えた。


 負傷前はいくらでも女が寄ってきたものだが、今ではこちらから声をかけてさえ、逃げるように去っていく始末だ。


 全部ミゼルのせいだった。


「ちくしょう……おおおおおおおおおおおお……」


 絶叫しながら、ふと見上げると、天井に黒い染みがあることに気づいた。


「なんだ……?」


 以前からあんな染みがあっただろうか?


「奴を打ちのめす力が、欲しいか?」


 突然、頭の中に声が響いた。


「お前……は……?」


 黒い染みが変化し、一つの形を作り出す。


 それは──狼のような顔をしていた。

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