第309話 幕間(ふっきれダメイド)

 理性。

 私は少なくとも人前では常にそれを保っていたと思います。

 幼いころから世界最強に可愛すぎる私の坊ちゃま。

 というより、幼い頃はまさに天使でした。

 しかしそれでも、食べては……じゃなくて、感情に流されて手を出してはいけないと自制しました。

 何故なら、坊ちゃまは私にとって大切な家族であり、大恩ある旦那様と奥様の御子さま。

 将来は、立派な勇者の後継者として……と、今にして思えばそれも坊ちゃまのお気持ちを無視した将来でしたね。


 いずれにせよ、私はメイド。


 坊ちゃまはお仕えする主。


 その線だけは超えぬよう、時折するイタズラもギリギリのところで保っていました。


 しかし、それはあくまで現実での話です。

 そして今は……


「サディス……俺……一緒にお風呂に入りたいな……」

「はい、勿論です♡」


 二度と戻らないと思っていたかつての坊ちゃまの大天使時代。

 性的知識が身に着く前。だけど女体にドキドキする年齢の頃。

 屋敷の広々としたお風呂で、坊ちゃまの御身体を綺麗にして差し上げるため、よく一緒にお風呂に入ったものです。

 このときは、至福であると同時に何度いけないことをしてしまいそうになったことか……


「あ、あぁ……」


 うふふふふふ、シュルシュルとリボンとボタンをはずし、スカートもゆっくりと降ろし、スタンダードな白のフリルパンティとブラを坊ちゃまに見せつけるように。

 案の定、坊ちゃまは……というか、私の妄想ですが顔を赤くしてドギマギされる。

 そんな坊ちゃまに、私はこれまで一度もしたことなかったお願いをします。


「坊ちゃま。ブラのホックを……外してもらえませんか?」

「え? えええ? お、俺が?」

「はい♡」

「で、でもぉ……」

「うふふふふ、お願いします、坊ちゃま。さぁ、いらしてください」


 震える小さな指先で戸惑いながらも私のブラのホックに手を伸ばす坊ちゃま。

 すごいですね。現実なら鼻血とヨダレが止まらないというのに……


「えっと、あ……」

「あん♡」


 感触まで私が「こうだろう」と想像したものを忠実に再現。

 指先がちょっと私の背中に触れ、私がくすぐったい声を上げたら慌てて指を引っ込めて申し訳なさそうにする坊ちゃま。

 ええ、細かな妄想まで完璧ですね。


「ナンデモアリマセン、坊ちゃま。さぁ、がんばってください」

「う、うん、えっと、うんしょ……こう? あっ……」

「あら、ありがとうございます♡」

「ッッ!?」


 おほほほほほ、ホックを外してもらい、振り返ってお礼を言った瞬間、私の乳房に坊ちゃまがクラクラに。

 ふぉぉぉぉぉ、どちゃくそカワイイです!

 ああ、良いのですよ? 何をしても何をしてもオオ!

 

「坊ちゃま、大丈夫ですか?」

「あ、あわ、あ、あ……」

「あらあら、どうやら坊ちゃまには刺激が強すぎるようですね。しかし、これは殿方には必要な知識……今日はお風呂で保健体育のお勉強ですね♡」

「ほ、け、あ、あああ、さ、サディス、ぱ、ぱぱぱ、パンッ!?」

「恥ずかしい……だけど、坊ちゃま、ほらよく見てください。ね? もっとこちらへよく……」


 ふぅ……もう我慢できません。


「あ、あぅ、サディス~、お、おれ、変だよぉ、体が……病気になっちゃったのかなぁ?」

「まぁ、大変です♡ おほ、……ん、んん。坊ちゃま、もっとよく見せてください。ほら、手で隠さず、もっと堂々と……♡」

「あ、だ、ダメだよぉ、サディス……」

「坊ちゃま♡」


 大天使様。この世に生まれてきてくださりありがとうございます。

 そしていただきます。



 

 はぁ……尊い♡




 まさに、やめられないとまらないでパックンです♡






 さて……


「ふぅ……なんだか……無敵の精神モードに突入してしまったかもしれませんね」


 ひとしきりの超絶な妄想を済ませ、何だか落ち着いてしまいました。

 思えば、自分でもしばらくは精神的につらい日々でした。

 御前試合で坊ちゃまにしてしまった罪。

 そこから坊ちゃまを追う日々。

 カクレテールでの日々。

 そこから坊ちゃまと和解するも、大魔王に対する複雑なあれこれ。

 天空族やパリピとの戦いで痛感した己の無力さ。

 旅立つ坊ちゃまを見送る事しかできなかった自分。

 そして、冥獄竜王の下で強くならねばと焦る日々。

 その日々がいつの間にか私から余裕を奪っていたのかもしれませんね。


「足りないのは実戦経験だけでなく……私に必要だったのは、もっと落ち着くことだったかもしれませんね……思えばこの数か月、帝国の自室にある精神安定成分を補給していませんでしたし……」


 精神的に追い詰められ、焦れば焦るほど逆効果で、望んだものと裏目のことになってしまっていました。

 それではダメだったのかもしれません。

 

「しかしこの魔法があれば、セルフでいつでも己を慰めることもできますし……色々とふっきれました。今ならば色々と余裕をもって望めそうですね。まったく……良い魔法を教えてもらったものです」


 これまでのように「早く強くならなくては」という焦りではなく「やってやりましょう」という意欲が湧いてきます。

 今の私なら何でもできるかもしれません。



「くはははははは……サディス、俺を捕まえられるか?」



 そして、妄想で生み出された御前試合の頃の坊ちゃま。

 まずは、あのとき帝国から飛び出した坊ちゃまを捕まえられるレベルにならないといけませんからね。



「ええ。捕まえて差し上げます」


「やってみな。もし捕まえたら、ベッドの上で可愛がってやるぜ」


「……う~ん……この妄想は違いますね。坊ちゃまはヘタレなところがありますので、こういうセリフは言わないでしょう。むしろ私がバブバブ可愛がって差し上げる……よし、これでいきましょう」


「来いよ、大魔スワーブッ!」


「いきます!」


 

 そしていつか必ず、本物の坊ちゃまを……そう、世界を思うがまま、好きなように回る坊ちゃまに、もし何かがあってもすぐに追いつける強さを―――――

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