第305話 歴史の辻褄
「あ、あ、ぅ、お、おぼぉ、お、おぉぉぉ」
教科書にすら載る伝説。容赦した瞬間にこっちが殺されるぐらいの最強クラス。
なのに、そんな相手に「申し訳ない」と思ってしまうとはな。
「ぎゅ~~~~」
「あ~、エスピ。一旦離れような」
「やっだっ!」
「つーか、ほら、目の前にお前のライバルの六覇が……」
「……色々『出てる』……ばっちい」
「言ってやるな、エスピ!」
今、目の前に倒れている巨大な獣。もうそれ以外は気の毒過ぎて説明できねぇ。
俺の大魔螺旋とエスピの突撃で突っ込んで、そして……まぁ……色々と……
「大将軍!」
「お、おのれぇ、人間め!」
「よくも大将を……」
「憎き七勇者……エスピ……そして、ラガーンマン、貴様らこのまま生きて帰れると思うな!」
そのとき、離れた場所からアマゾネスたちが一斉に怒号を上げた。
大将であるノジャが倒れて戦意を失うどころか、むしろやる気に……
「あいつらうるさい……」
すると、俺の腕の中で甘えモードのエスピが急に不愉快そうな顔を浮かべた。
大将の仇を討たんと、こっちへ向かおうとしているアマゾネスたちに、エスピが掌を向けようとした……そのときだった。
「あひぃ……はッ!? あ……く、くりゅなああああああああ!」
「「「「「ッッッ!!!???」」」」」
倒れているノジャが、呂律も回っていない状態ながらも必死に声を上げた。
「こ、こっちに、んほ、き、きては、ならんのじゃああああ! ぜ、ん、ぜったい、ぐひん、ん、きては、ならんのじゃあああ!」
息も絶え絶えながらも必死な叫び。
まぁ、そうだろうな。
流石に今のこの失禁、さらに……じゃなかった、まぁ、色々と大変なことになっている大地の惨状に、離れている部下たちに来てもらいたくないというのはよく分かる。
「だ、大将軍、しかし! 我らはまだ戦えま――――」
「いや、も、ん、……ちょ、待て……すーはーすーはー……ぐぬぬぬぬぬぬぬ」
「大将軍ッ?」
「くりゅあなあああああああああ!」
ああ……分かる……少しでも力を緩めるともっと大変なことになるの……だ、ダメだ、気の毒過ぎる。
「おい、ノジャ! 捕虜となった男たちは解放して撤退しろ!」
「ん、ん、んあ?」
「ここはこれまでにしようぜ?」
「ふ、ふざ……ふざけるなぁ……わらわを誰だと思って――――」
俯せになって這い蹲り、色々と堪えているものの、ノジャは鋭く睨みつけてくる。
『さて、どうなるか……というより、童。口調が戻ってるぞ?』
やっぱりダメか? つか、口調いつの間に……まぁ、もういいけどさ。
すると……
「おにーちゃん、こんなやつもっと懲らしめちゃおうよ! 私のふわふわパニックで――――」
「ぎょわあああ、そ、それはやめるのじゃぁ! 後生なのじゃ、それはやめるのじゃ! も、もっと、で、出てしまうのじゃ! 大噴射で撒き散らしてしまうのじゃぁ!」
「知らないもん!」
「このクソガキいい、貴様には武士としての温情も……はうっ、ど、怒鳴ったらまた……か、括約筋が……ふごっ」
そうだろう。これ以上何かをされると、ノジャも死ぬ以上の恥辱を味わうかもしれねぇ。
それだけは絶対に避けたいであろうノジャは苦悶の表情で涙を浮かべながら……
「じょ、じょうけん……が、あるのじゃ……」
「……なに?」
「きょうのぉ、た、たたかい……新たな強者登場とかなっ、たら……戦の詳細……ほうこくせねば……ひぎぃ……そ、それだけは……んご……だ、から……このたたかい……捕虜……エスピたすけ……そ、それぐらいにトドメ……んぐぅ……貴様のことはぁ……部下たちに緘口令……というか、もう、幻術で記憶を……ふぎいいい、今は何も考えられぬぅぅ! とにかく……せめて海にぃぃぃ! 海の中でええええ!」
ん? なんだ? 何を言いたいんだ? 途切れ途切れでよく分からねえ。
『なるほど……そういうことか……』
『トレイナ?』
すると、よく分からなかった俺と違い、トレイナは全てを理解したようで納得したように頷いた。
『ノジャの要望。それは、この戦いの詳細は語るな。ノジャたちは人間の街を襲撃して男たちを捕虜にするも、エスピと交戦して捕虜を逃がしたことにして欲しい。ラガーンマンという男は伏せたいとのこと』
『は? なんで?』
『魔王軍も知らない未知の強豪ラガーンマン……六覇とも渡り合う力を持っている者となると、その戦闘スタイルや戦闘の状況を事細かに報告せねばならぬ……なんだったら、魔法でノジャの記憶を読み取って、その記憶を幹部たちで共有も考えられる。そんなことをすれば、大魔螺旋を臀部に叩き込まれて色々と……まぁ……そういうのを知られたくないということなのだろう』
嗚呼、なるほどな……
『実際、この当時の戦闘報告も、余に届いたのはエスピとノジャが小競り合いし、捕虜やスレイヤを取り逃がしたということで、あまり事細かな報告は受けていなかった……それに、小競り合いと言っても、大量の捕虜移送中にエスピの能力で場を混乱させられてしまったということで……なるほど……そういうことか……』
つまり、歴史が変わったわけではなく、トレイナも知らない歴史の真相がコレか。
六覇が千年殺しされてお漏ら……決して人には知られたくない出来事が全ての辻褄を合わせたと……
「つまり、俺のことは内緒。戦いの詳細も内緒。あんたの部下にも黙っているようにさせるし、捕虜の男たちは気を失ってるし、このまま詳細省いてエスピが捕虜たちを助けたぐらいに留めて欲しい」
「コクコクコクコク」
確認を込めた俺の問いに、もうすっごい鬼気迫る表情で頷くノジャ。
まぁ、それなら俺としては願ったりかなったりだった。
「ま、いいけどよ……つか、登場したときは海の中でおしっことか言ってたくせに――――」
「おしっこ以外のものはシャレになら、ほ、ほわあああああああ!! わ、わらわも、ま、まだそのジャンルばかりは……ほ、ほ、ほあああああああ……うぅぅ、もういじめりゅなぁ……そんな、そんな目で……♡」
とにかく、それで歴史の辻褄が合うなら俺も断る理由はない。
匍匐前進しながら海へと向かう六覇の後ろ姿を見ていると、情けをかけたくなるというもの。
「エスピも、我慢してくれ」
「ん? よく分からないけど、お兄ちゃんがそうしろっていうならそうする」
「ああ、いーこだ」
「あ……むふ~♪」
エスピも深くは考えず、目の前にヤバい状態の六覇がいるというのに追撃することなく、アッサリと納得して俺にスリスリしてきた。
「はあ、はあ、んぐ……じぇ、じぇ……全軍撤退なのじゃぁああ、今すぐこの場から、捕虜を置いて遠くへ行くのじゃぁああああ!!」
「「「だ、大将軍!?」」」
「これは命令なのじゃぁああ、わ、わらわは海を泳いで、ご、合流するから、ぜ、絶対に来てはならぬのじゃあああ、て、てった……ほわああああああああああああああ!!!!」
そして、ノジャは部下たちに撤退の指示をして海にそのまま飛び込んだ。
「ふぐぅ、おのれぇ……しかしあのエスピがここまで懐いて……強くて……ラガーンマン……ラガーン……ラガン? そ、そうか……こやつ……そういうこ……どうわぁぁぁぁぁ……お、おぉ……こ、この恨み忘れぬぞ……そして……いつか……せ……責任取らせるのじゃぁぁぁぁ!!」
そのとき、遠くへと泳いで立ち去るノジャが何かをボソボソ呟いていた言葉……
『あ~……なるほど……そういうことか……』
トレイナが全てを納得したように深いため息を吐き、そして俺も色々と分かってしまった。
なるほど……それで親父が……あ~、なるほど……
「いっ、行ってしまわれた……」
「えええい、大将の指示だ、とにかく撤退だ!」
「全軍撤退! 捕虜を置いていますぐ撤退だ!」
それを見て、残されたアマゾネスたちも状況が分からぬまま、とりあえずノジャの指示ということもあり、土煙を上げてその場から撤退していく。
あとに残されたのは気を失っている全裸の男たち……とりあえず……
「さて、エスピ」
「うん」
「こいつら大丈夫かな?」
「心配ないと思う」
とりあえず敵は去ったことだし、もう危険もないだろう。
なら……
「じゃあ、このまま逃げるか!」
「うん!」
ここまでやればもういいだろう。
あとはこの連中が目を覚まして、街に戻ったり、住民の連中と合流したり、そこら辺は自分たちでやってもらう。
それよりも俺はこれ以上の深入りをし過ぎないようにと、エスピを抱きかかえたまま走った。
「スレイヤ、無事か?」
「あ、え? あの……」
「ほら、お前も逃げるぞ!」
「え……え? ま……待って………………待って!」
そして、そんな俺たちの後をスレイヤもついてきた。
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