第298話 天災的な変態

 まさか、ヤミディレと同じワープが使えるとは思わなかった。

 これはまずい。エスピとはぐれちまった。

 どれぐらいの距離? ちゃんと合流できるか?

 

――お兄ちゃん!


 屈託なく笑うエスピの顔を思い出す。

 今、あいつの前から何も言わないで消えるということが、あいつをどれだけ傷つけるか。

 たとえ、この時代で『最後にどのような別れ』になったとしても、こんな形での別れは認めねえ。

 ソッコーで問題解決してエスピを……


「大将軍! 今、お連れ……え? ……少しズレたか……」

「くっ、一体ここはどこ……へ?」

「……は?」


 黒い渦から光の差す外へ。

 一体ここはどこなんだ? そう思った途端、俺たちを連れてきた張本人であるダークエルフ……名は確かラルウァイフだったか? が素っ頓狂な声を上げ、スレイヤも俺もいきなり目に入った光景に目を疑った。


「な、なんだね……君は……」

「急に現れて……若いな……」

「魔王軍……まさかこんな少年たちまで……」


 てっきり、ノジャの眼前に連れていかれるかと思ったが、俺たちは目の前の光景に目を疑った。


「な……ナンダコレハ?」


 現れた俺たちに驚きながらも、悲痛な顔を浮かべている「人間」の男たちが、縦横にズラリと長蛇の列を作っている。

 両手を縄で縛られており、捕虜だというのは分かる。

 そして、そのほとんどが屈強な体つきをしていることからも、捕虜になった連合軍の兵士とか漁師なんだろうということは分かる。

 そして風景から……海が見える……平原? 

 ゲンカーンからはそれほど離れていないと思う。

 でも、分からない……


「っ、う、こ、これは……」


 スレイヤが思わず「ウッ」となって吐きそうな顔をしている。

 無理もない。


「な、なんで……」


 なんで……


「なんでこいつら、全員が裸なんだよ?」


 そう、こいつら全員裸だったのだ。

 パンツすら穿いてない。

 風邪ひくぞ? 露出狂? 裸祭り?

 

『はぁ……』


 そのとき、俺の傍らに居たトレイナが溜息を吐いた。


『捕虜を見ただけで……誰の軍に捕らわれているのかがすぐに分かってしまうものだな……』


 頭を少し抑えて呆れながら、しかしどこか懐かしそうな、それでいて複雑そうな笑みを浮かべている。

 誰の軍か分かる?

 え? これが普通なのか?


「おい、そこ! 何をベラベラ喋っている! 列を乱すな!」


 そのとき、怒鳴り声をあげる女の声が響いた。

 

「まもなく大将軍の吟味だというのに……おい、そこの二人! 何で服を着ている! さっさと全裸になり……あっ……」

「ラルウァイフ! お前、そんな所で何を……」

「ゲンカーンで住民全員の処刑と、金品や食料の調達はどうなった?」


 俺たちを囲む人垣が割れた向こうから、武装したアマゾネスたちがやってきた。

 だが、そいつらは俺たちを見て一瞬怒鳴るも、すぐにラルウァイフに気づいた。


「こやつらは――――――」


 ラルウァイフが俺たちの説明をしようとした……その時だった。


「ッッ!!??」

「うっ、お……」


 なんだ? 空気が? 大気が? いや、急に凍えるような寒気が襲ってきた。

 何かの攻撃を受けたわけではない。

 それなのに、俺の全身が身震いしている。

 俺だけじゃねえ。


「な、に……っ、これは……う、う……」


 スレイヤも震え、そして寒いはずなのに頬に汗が流れている。


「で、出た……」

「……バケモノめ……」

「あれが……魔王軍最強……六覇の一人……」


 そして、俺たちの周囲にいる屈強な全裸男たちも皆が顔を青ざめさせて震えている。

 なんだ? 何が起こっ……


『来たか……童……気をしっかり持て』

『ッ!?』

『大丈夫だ。今の貴様なら……現役の六覇の圧にも押しつぶされん』


 そうだ。この圧倒的なプレッシャーを受けて、急に頭の中で、ヤミディレ、パリピ、さらには冥獄竜王バサラの顔が浮かんだ。

 間違いなく、このプレッシャーの発生源は、あれクラス……



「いや~、すまぬすまぬすまぬのじゃ」



 どこからともなく声が聞こえた。

 声が聞こえただけで余計に震えが強くなる。

 そして、同時に海の方から巨大な水しぶきと共に、海の下から何かが顔を出した。



「酒飲み過ぎて、おしっこしてたのじゃ。いや~、水の中でするおしっこは格別なのじゃ♡」



 海の中から……巨大な……バケモノ? 怪物? 獣?

 それにしても、デカい!

 まるで冥獄竜王バサラぐらいの巨大な体躯の……狐? しかも尻尾が九本ある?


『ふっ……『そっち』の姿か……まぁ、捕虜たちに威厳を見せるには『獣化』していた方がよいか……』

「な……なに、あれ……」

『よく見ておけ、童。手配書などでは『人型』の姿で載っているが……あれもまたあやつの姿……狐獣人の突然変異……九尾の妖狐・幼女闘将・ノジャ!』


 傍らのトレイナは目を細めて、どこか懐かしそうに見上げている。

 じゃあ、こいつが?!

 手配書では、メチャクチャ幼く見えて、品のない服着てるような将軍だったのに……


「で……え~と、なんだったのじゃ? あ~、そうそう、わらわのペットの見定めだったのじゃ」


 海から岸へと上がり、全身ずぶ濡れの身体を高速で震わせて水を飛ばす。

 大量の水がまるで雨のように俺たちに降り注ぐが、そんなこと気にならないぐらい、全員が言葉を失っている。


「にははははは……」


 一歩踏み出すだけで地面が揺れる。

 バケモノの口角が吊り上がる。

 上から俺らを一瞥して、何をする気だ?


「では、死にたくない奴だけ犬のようにワンワン吠えてわらわに媚びるのじゃ。わらわの気が向けば、飼ってやらんでもないのじゃ……と、言いたいところ……う~む……パット見、全員好みじゃなさそうなのじゃ」


 ……は?

 一瞬何を言っているのか分からなかった。


「ふ、……ふざけるなぁ、六覇のノジャよ! 何という仕打ち! これが、これが貴様のやり方か!?」

「……ん?」


 そのとき、手足を縛られ全裸でありながらも、一人の男がノジャの向かって吠え……


「これが貴様の……魔王軍のやり方と言うのであれば、私は喜んで死を―――」

「うっさい、まだ話の途中なのじゃ」

「ッ!?」


 次の瞬間、まるでハンマーのようにノジャの尾が勢いよく振り下ろされ、吠えていた人間の目の前に巨大な底の見えない穴が……


「あ、あわ……あ……」


 もし、あと少しズレていたら、ペッタンコに潰れ……それが分かっているからこそ、勇ましく叫んだ男も今のだけで心を折られて腰抜かしてしまっている。


「にはははは、わらわがハクキや外道大将のパリピのように、命を無暗に狩らぬ優しい心の持ち主で良かったのじゃな……さて……え~と、そうそうペット候補……ん~……よし」


 そして、何かを思案し考えに至った様子のノジャは、巨大な口角をニタリと釣り上げた。

 何をする気だ?



「ぶっとべなのじゃ~!」


「はっ……?」


「「「「―――――ッッ!!?」」」」



 次の瞬間、その場にゆっくりと座ったノジャは、巨大な尾を一振り。

 それだけでメガ級? いや、それ以上の激しい突風が急に!

 先頭からかなり離れた後方まで感じる威力で、体がよろめく。

 この距離でこれなら、先頭は?


「「「「「ギャアアアアアアアアアア!!!!」」」」」


 そして、そんな俺たちの眼前には何百人もの全裸の男たちが一斉に今の突風で悲鳴を上げながら飛んでくる。


「くそ、って、やべえ! うお、おおおおおお!?」


 飛んできた全裸の男たちにぶつかって、結局俺も耐え切れずに飛ばされちまった。


「いや、汗くせええ! 尻が飛んでくるううう!! うがああああ!」

『見るに堪えん……』


 突然と衝撃的なこと過ぎて俺は即座に反応できなかった。

 ヤバい。スレイヤは?


「大将軍っ、くっ、メガウィンドシールド!」

「き、汚らしい! 造鉄・アイアンドームッ!」

「ひいい、大将軍、あたいらもいるんすよ!?」

「やべ、おら、クソ男ども、どきな!」

「ったく、大将軍は……」

 

 あっ、あのラルウァイフもスレイヤも魔法で防いでるけど、俺は……スレイヤ……その魔法で俺もできれば助けて欲しかった……

 つか、ノジャの配下も巻き添え食らってねぇか?


「つっ、くっ、ぐう! おわああああ!」


 ふっとばされ、俺はそのままどこかに背中を打ち付けた。

 なんか、ガシャンガシャンって音を立ててるけど何に?


『おい、童、気をしっかり持て! あと……地獄絵図に堪えろ……』

「おいちちちち……一体何が……ん? これは……」


 俺が吹っ飛ばされて突っ込んだところに、脱ぎ散らかされた鎧やらヘルムやら武器が散らかっている。

 それらには連合軍のマークが刻み込まれている。


「う、あ、が……」

「おのれぇ……化け狐め……」

「なんという強大な……」


 そして、俺の周囲には同じように体を打ち付けられた屈強な全裸男たち。

 だが、その目はどこか弱々しい。

 確かに今ので大抵の連中なら分かるだろう。

 まるで天災のような圧倒的力の差を……



「にはははは、殺さぬ程度に加減してやったのじゃ。さて、誰が立ち上がり……その上でわらわにまだ反抗の意志を見せるのじゃ? あっ、わらわのカワイイ同胞たちよ。心が折れた雑魚は好きに喰ってよいのじゃ♪」


「「「「「ひゅーーーーっ、流石は大将軍!!」」」」」


「その代わり、反逆する骨のある、そしてできれば髭ダンディには手を出すななのじゃ」



 そして、その天災は喜々としながら品のない笑いを響かせて来る。


「気の強い男……屈強で折れぬ心を持ち、死ぬまで曲がらず抗い続けるような牙を持つ、ダンディなイケメン……それを首輪つけて飼いならしたい! 裸で四つん這いにさせ、片足上げて放尿させ、更にはゴワゴワのお毛毛を剃ってツルツルにして、尻に色々つめこんだり……ぐふふふふ、泣かせて嫌な顔されながら滅茶苦茶にしたいのじゃ!!」


 大地が揺れて、大気すらも震えるほどの咆哮。

 ヤバい。この巨大獣から溢れるモノは色々とヤバい……ヤバいんだけど……


「あんたから前情報はもらっていたけど……実物見て……改めて言う! もっとマシな奴はいないのかよ、六覇は!? ヤミディレやパリピの時ほどの緊迫感が何故かねえ!」


 離れた場所からでも、その存在を見ただけで分かる。

 あれは別格だ。

 たしかに、ヤミディレやパリピ、そしてバサラとかが居る最強クラスの領域に居る存在だ。

 そう、それは分かるんだよ……だけど……


『せ、性癖以外は有能だったのだ……部下からの人気もあり……』

「だから、もっと能力や実績だけじゃなくて、人柄とかも選べよ! 天災みたいな力持ってる変態とか勘弁しろ!」


 なんかもう、色々とツッコミどころが多すぎて頭が痛くなった。

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