第290話 幕間(姫)

 我らは誓った。アースが踏み込んでいる世界の領域まで強くなってみせる。

 あいつと肩を並べられるように。

 あいつの隣に立てるように。

 あいつと背中を預け合えるように。

 あいつに頼ってもらえるぐらいに。

 その力は、かつての大戦で伝説と語り継がれる七勇者や六覇たちの居る世界。

 あの闇の賢人・パリピとの一戦でその目標を途方もなく感じたものだ。

 だが、その認識すらもまだ生温かった。

 途方もないのではない。

 果てが無く見えないのだと。


「で、チビッ子よ。どんぐらい強くなりたいんじゃ?」

「大神官さまが、女神さまが、おにーちゃんがたよってくれるぐらい、つよくなるの!」


 無垢なアマエが、何の裏もなく純粋にそう口にした瞬間、我は更に胸が締め付けられた。

 その言葉は、本来我らが言わねばならぬ言葉。

 しかし我らは、アースが踏み込んでいる世界の広さに臆して、その言葉を口にできなかった。

 なんと情けない……


「ぬわははは、めんこいの~。で、チビッ子が言う、頼って欲しい連中というのは、ワシを召喚した小僧と嫁か? ぬわははは、あの小僧もモテモテじゃな~。まぁ、ワシほどではないがな」


 アマエの言葉にバサラが機嫌よさそうに笑っている。

 そう、六覇だけでなく、この冥獄竜王という伝説がサラリと登場するような世界。

 戸惑うなという方が無理だ……


「冥獄竜王バサラ……」


 そのときだった。

 二人のやりとりを見ているしかできなかった我らの中で、サディスがバサラに問いかけた。



「あなたは……大魔王トレイナと旧知のようですが……坊ちゃまに対して、何も思わなかったのですか?」


「ん? おお、思ったぞ。少しだけ戯れで遊んでやったが……生意気そうだが、根性あって面白い奴じゃった。嫁も骨があった」


「そ……それだけ……ですか? その、坊ちゃまの……素性的な……その……あと……坊ちゃまの技とか……」


「他に何か問題あるか? あやつの技とか素性がどうとかではなく……あの小僧と嫁がワシに向けて放った大魔螺旋には……ワシが滾るほどの熱きものが込められていた。懐かしき魂も感じた。それで十分じゃ」



 サディスが何を気にして問いかけたのか……そういえば、アースは大魔王トレイナの技を使っていた。

 そして、その事情をサディスは知っている。サディスだけが知っているとアースは言っていた。

 それは我にとっては悔しいこと。

 でも、それ以上に……


「面白い小僧と嫁じゃった。それ以外の、小僧の経歴や肩書には興味はないのぉ~」

「そう……ですか」


 我らは「ソレ」がアースに対して言えなかった。

 ソレをアッサリと言えるバサラには、我らなど小物に見えるのであろう。

 自分たちは、たまたま勇者の家系に生まれただけなのに、「選ばれた者たち」などと自惚れたことを思っていた我らなど。

 恋した男が自分のことを見てもいないことに気づきもせず、両想いなどと自惚れていた我などな。

 ただ……


「……と、思っておったが……」

「?」

「やはり、トレイナに関するものはそれでよくても……ぬわははは、先ほども言ったがワシにも女々しいところがある。おぬしを見ていると、色々と感傷的になってしまうのぅ」


 そんな豪快な冥獄竜王バサラが、サディスにだけはどこか懐かしそうな瞳で微笑んだ。


「それは……私が例の……古代の女勇者カグヤの子孫という……」

「まぁの~。ワシが唯一喧嘩で勝てなかったのがトレイナだとしたら……ワシが唯一口説けなかったのが……カグヤじゃったからのぉ」

「……は?」


 …………え? い、今、なんと?

 口説けなかった? な、何だか今、伝説やら神話の住人でもある冥獄竜王からとても意外な言葉が……



「ワシには嫁が腐るほどおる。一時は、良いオナゴは片っ端から口説いておったわい。そしてカグヤは人間……まぁ、ルーツはこの世界ではないが、たとえ種族違えども、良いオナゴじゃった。だから決着の付かなかった月での決闘の後、ワシはあやつを口説いたのじゃが……」


――カグヤよ、ワシのオナゴになれい!

――うふふふふ、回れ右して寝言は死んでから言いやがってください、ヤリ〇ンドラゴン


「って言われたのじゃ。いや~、懐かしいわい! しかしそれ以来……ワシはどうしても……あやつの守ろうとした地上で暴れることができなくなってしまったのじゃ。あやつがどこぞの男との間に子を産んだ後も……あやつが死んだ後もな……」



 いやいやいやいや、待て。なんだ? 一体我らはどこからツッコミ入れたらよいのだ!?



「そ、そんなことが……では、あなたは……その、す、好きになった人間の女性を想って戦争から身を引いたと……竜王とまで呼ばれたあなたが?」


「そもそもワシは戦では強いやつと喧嘩するのが楽しくて暴れていただけじゃからな。ワシの人生、喧嘩して、酒飲んで、バカたちと戯れて、そして良いオナゴと乳繰り合う。それでよかった。竜王と呼ばれようとも、別に国や軍を持っていたわけでもなく、ただワシが超強いからそう呼ばれておっただけじゃからな、自由だった。そういう意味では、トレイナとは違った」


「大魔王と……?」


「あやつも人間を心底嫌っていたわけではない。むしろ、人間の文化とか普通に好きな奴じゃった。しかし、魔界を統べる王となった立場から……従う何千何万もの種族の願いが……さらにはハクキのクソバカボケナスが過激派や人間に憎しみを持つ者たちを扇動し……あらゆる積み重ねがあやつを動かざるをえなくさせ……それはワシも理解した。じゃから、あやつがシソノータミを滅ぼすことをワシは止めなかった。その代わり、ワシはあやつの魔王軍がどうなろうとも戦争に参戦しないこととした。その結果……」



 シソノータミ……たしか、それは大戦中に滅んだといわれる魔導都市。そしてサディスの故郷。

 そのことをサディスに対してバサラは色々と思うところがあるような表情で……


「って、こんなしみったれた言い訳みたいな話はおしまいじゃぁ!!」


 と、そこでバサラはこの空気が嫌になったのか、無理やり話を中断した。

 その叫びに思わず吹き飛ばされそうになるほど強引に。

 そしてまたニタリと笑みを浮かべながらサディスを見る。


「しっかし、おぬしは色々と複雑そうじゃのぉ~。過去の悲しみ、トレイナに対する憎しみは募らせておっても……あの小僧に対する想いは本物のようじゃからのぉ~」


 サディスを見定めたうえでのバサラの言葉。

 その言葉にサディスは一瞬戸惑ったものの……



「ッ……ふっ……勿論です。私にとっては……坊ちゃまこそが何よりも優先されるものですから。たとえ、大魔王トレイナが坊ちゃまにとってどういう存在であろうとも……もっとも、私もそれを最初に言うことができなくて……でも、今は違うとハッキリ言えます」


「ぬわはははは、まだまだ発展途上とはいえ、良いオナゴにモテておるようじゃな、あの小僧。ワシもカグヤにそんなこと言われたかったわい! ムカつくから今度会ったらイジってやるか。嫁が居るのに浮気者~っての♪」



 バサラの言葉にサディスも何か心に来るものがあるのか、笑った。

 そのサディスの表情に、バサラはより機嫌よさそうに笑った。


「それにしても、驚きました。竜王と呼ばれた方が、コイバナをされるとは」


 それは我も思った。いや、皆が思っただろう。

 


「な~にを言うか。コイバナは良いものではないか。恋もまた、人生をより良いものにする一つではないか」


「「「「コクコクコク」」」」



 シノブもバサラが口にしたクロンがアースの嫁云々の言葉に我同様に不服あるようだが、その点に関しては隣で頷いている。

 っというか、我も頷いていた。あっ、リヴァルも……ツクシも……


「その点、トレイナは酒飲んでもその手の話は興味なかったが……おぉ、『あやつ』とは盛り上がったの~……すっかり疎遠になってしまったが……」

「あやつ?」

「トレイナの部下じゃ。六人おって……ワシはその内の二人ぐらいしか関わりなかったが……まぁ、ハクキはどーでもいいとして……『あやつ』とは酒を飲んだら美味かったわい。トレイナとはせん会話で盛り上がれたしの~。まぁ、あやつもかなり歪んでおったが、笑えた」


 すると、バサラは不意に再びどこか昔を懐かしむかのように遠くを見るような目で……先ほどの女勇者カグヤへの想いとは少し違い、まるで遠い友を想うかのような……六人? それって……



「また、あやつとは飲んでみたいかもな……ノジャ……」

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