第286話 もったいない

 マストから飛び降りて甲板に着地。

 続いてスレイヤも降りてくるが、俺はあいつが着地する前にその場から離脱。

 

「逃がさないよ」

 

 着地と同時にスレイヤが俺の後ろを追ってくる。


「おお……速いな……」


 やっぱり、かなり速い。それに着地直後でこれだけ走れるなんて、身体能力が高い。


「ふっ、その程度のスピードでボクから逃げられるとでも? さっき後ろを取られたのは油断したからであって……」


 身軽で、それに瞬発力もあって、踏み込みに力強さもある。


「ほら、あなたなんてこんな簡単に――――」


 スレイヤが俺の腕を掴もうと、その短い手を伸ばしてくる……が……

 

「大魔スワーブ」

「なっ、え、あ!」

 

 俺は直線ではなく弧を描くように走るルートを変えた。

 

「くはははは、残念でした♪」


 スレイヤの指先が俺の衣服に触れるかどうかのところだった。

 あいつも、俺を捕まえたと確信したんだろう。

 また予想外のことが起こったという表情で驚いてやがる。


「ふ、ふん、小細工を……もう少しだったのに……でも、次はもう逃がさないよ! 少し大きい船とはいえ、所詮は限られたエリア。こんなところでいつまでもハンターであるボクから逃げられるわけがない」


 だが、すぐに頭振って切り替えて、また俺に向かってくる。

 俺はそのムキになってる態度にクスリとなりながら、スレイヤをまたギリギリまで引き付けて……


「スラント」

「ぬっ! くっ、今度こそ!」

「ジグアウト……」

「あっ……」 


 俺はスレイヤを引きつけてからの方向転換であいつの手から逃れるように走り回る。

 そんな俺にスレイヤはイライラしているかのように歯ぎしりが聞こえる。

 

「う~、チョコマカと……」

「くははは、どうした?」

「わ、笑っていられるのも今の内だ!」

 

 俺はスレイヤを煽るように挑発するが、内心では結構驚いていた。

 多分年齢はエスピと同じで七歳前後ぐらい。

 そんな子供が、俺のダッシュ、ステップ、方向転換に、追いつけなくてもついてくる。


「ここだっ!」

「よっと」

「な、躱した……なら、これで、どうだ!」

「あらよっと!」

「な……」

「くははは、すげーすげー」


 この数秒間の動きだけで、これぐらいのころの俺、姫やリヴァルやフーとは比べ物にならねぇってことが分かる。


「なるほど。末恐ろしい奴だぜ」

 

 秀才と呼ばれていた俺とは違って、こういうのが世間一般、そして世界でも認められる天才ってやつなのかと思い知らされる。

 

「だから、何を余裕ぶって……くっ、ちょっと逃げ足が速いだけで、ボクを見下すのは許さない! 見せてやる、ボクの……」

「お」

「スピードを!」


 もっと速く走れるのか。

 ブレイクスルーみたいに身体強化しているわけでも、俺のようにステップワークで走りの技術やキレを出して「速く見せている」わけじゃない。

 俺の周囲をグルっと取り囲むように円状に走る。

 その姿に残像が見え、スレイヤが何人もいるように見える。


「……シノブがやる技とは違うな……」

『うむ、分身の術ではない……高速で速く見せる、残像の術……を、素の身体能力でやっているな』

「……へぇ……」


 船の甲板がスレイヤのその力強い踏み込みでメキメキと音を立てて、一部が砕かれている。

 走りの技術があるわけではなく、単純な素の能力でこれだけできるんだからな。

 でも、残念だったな。


「ここだ!」

「大魔スプリットステップ!」

「ッ!? あ、え、あ……」


 今の俺は、仮に何人の残像を見せても、どれが本物で、どれがどのように動いて来るのかを瞬時に察知することが出来る。


「なに? 見えない位置からのボクの手を……」


 死角を突いて突き出してきたスレイヤの手を、俺は事前に察知して回避した。

 これもスレイヤにとっては予想外だったようだな。

 

「動きが正直すぎて、単純だぜ」

「な、なにぃ!?」


 俺をただひたすら追いかけているだけ。

 何か作戦や組み立てがあったり、俺を隅や壁に追い込もうとしているわけでもない。

 その上で、「俺がどれだけの強さなのか」を推し量ろうともしていない。

 なるほど。ここら辺はコジロウとは違うな。


「こ、今度こそ!」

「大魔バックステップ」

「後ろ向きに走りながら!? そんなもので、いつまでも逃げられるとでも思……は、速い!?」

「くはははは、覚えておきな。バック走ってのも重要な高等技術なんだぜ?」

「うるさいな! と、届けえ! もう少し!」

「はい、残念♪」

「あっ……ま、待てェ!」


 突き出す手も大きく振りかぶっているから読みやすい。

 俺がいつも意識しているジャブのように肩口から最短距離で無駄な動きなく突き出すようなものじゃない。

 視線、膝、つま先の向き、肩、肘、筋肉の軋み、それらが雄弁とスレイヤの次の行動を教えてくれる。


「大魔クロスオーバーステップ!」

「え、あ、わ、わわ……っ、あいた、くっ……」


 俺のフェイントのステップに振り回されてアンクルブレイク。

 尻餅ついて、スレイヤがちょっと顔を赤くしている。

 はは、恥ずかしいのかな? 結構かわいいとこもあるじゃねぇか。


「わりーわりー、ちょっと大人げなかったな」

「なっ、う、う~~~~~」


 おっ、唸ったな。それはある意味で、感情を剥きだしにしてきた証拠でもある。

 こいつにもやっぱり子供っぽい感情があって、ムキになったり怒ったりするんだ。

 なんだか少しホッとした。


「……ふ、ふぅ……な、なるほどね……あなたも少しはできるようだね」

「……くはは、ありがとな。少しは認めてくれたか?」

「べ、別に……」


 すると、スレイヤは尻餅ついたことに対しては触れず、小さく鼻で笑いながら立ち上がった。

 いや、今さらそんな余裕ぶっても……


「確かにあなたは、ほんの少しだけできるみたいだけど、ボクはまだ半分の力も出してないんだから……」

「おぉ、そりゃすげーな。もっと逃げ回らないと」

「ま、またそんな軽口を……そ、その目によく刻み込んでおくんだね! ボクを子供だと思って甘く見ているかもしれないけど、ボクはハンターなんだから!」

 

 まだ本気じゃないと言って、一度余裕ぶろうとするも、結局またムキになるスレイヤ。

 そして……


「もう、後悔しても遅いよ? 見せてあげるよ、ボクの本気……ボクの真の力を!」


 そう言って両手を広げ、真剣な表情で意識を集中させて何かをやろうとしている。

 魔法? 魔力が両掌に凝縮され、何かが……


『ほう、珍しいな。『造鉄魔法』か……』

『造鉄?』


 スレイヤがやろうとしている「何か」に対して、トレイナが少し関心を持った様子。

 だが、その魔法を俺は聞いたことがなかった。


『うむ。空気中にある物質を魔力で集めて鉄を作り出し、その形状を自在に変化させ、武器や盾などにして戦うことのできる応用力のあるものだ……かなり精密さが求められるので、使い手もいなくなって廃れたものだが……』 

『へぇ、そんな便利な魔法があんのか!』

『うむ。そして合点がいった。昼間のあの大海王……戦闘で惨殺されてはいたが、魔法などではなく巨大な剣やハンマーなどでやられたような傷痕だった……つまり、そういうことなのだろう』


 トレイナの説明を聞いている間に、スレイヤのその手に巨大な剣が出現した。

 子供のスレイヤよりも遥かに大きい、対大型生物用の大剣ってところだろう。

 何もない所から、こんなものを作り出す魔法まで使えるなんて……こいつ、スゲエ!


「初めて見たぜ。なるほど、スゲーな……お前……」

「ふふん、今さら分かってももう遅いよ」


 俺がそう口にすると、満更でもなさそうなスレイヤ。

 初対面時は無表情で感情の起伏が無さそうな奴と思ったけど、意外とそうでもなかった。

 でも……



「教えてあげるよ。昼間のイカはこの剣で両断した。あなたも同じ目に合いたくなければ、今のうちに降伏した方がいいと思うよ? ボクはハンター。狩るか狩られるかが生活の一部になっているボクに、あなたようなヘラヘラした人がいつまでも――――」


「で……そんな重そうなもの振り回して、どうやって俺に当てるんだ?」


「…………………………………」


「………………?」


「……………………」



 俺の問いに言葉に詰まるスレイヤ。

 いや、確かにすごい力だし、的の大きな巨大モンスターにはうってつけの武器だろうけど、普通の追いかけっこで俺に追いつけないのに、あんなの持って走ってどうやって俺に……


「…………いくよ」

「あ、形を変えてナイフにしやがった!」

「い、いくよぉ!」


 俺の質問には答えずに無言で持っていた大剣を変化させて、大幅にサイズダウンしたナイフにしやがった。

 

「こいつ……」

『こやつ……』


 それを見て、俺は……というか、トレイナも同じことを思った様子。


『「色々ともったいない!?」』


 どう見ても才能溢れる将来有望な天才なのは間違いないのに、俺たちは思わずそう思ってしまった。

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