第280話 幕間(女忍者)

 ハニーはフィアンセイ姫とのすれ違いから起こったわだかまりを解消していた。

 それはいいことだと思うわ。ハニーが幼馴染といがみ合っているというのは、私としても悲しいもの。将来結婚式に招待する人が減ってしまうしね。

 サディスさんが結局ハニーの旅にも同行しない。それはもう心の底から良かったと思うわ。ハニーも男の子だもの。サディスティックオッパイに篭絡されないとも限らないから。

 そして、今のところ私にとって史上最大のライバルとなるであろうクロンさんという方が、ハニーと共にこの国を出たけれどもその後は別行動ということは……本当によかったわ……いや、本当に。

 というわけで、色々ハニーを慕う女性陣は賑やかになったけれども、現在進行形でハニーと同行する女性はいないということ。

 ならば、今が千載一遇の好機……なのだけれども……


「どうして?! 時空間忍術が発動しないわ!?」


 マークした人の元へ空間を捻じ曲げて跳ぶ最高難度の術。

 いつでもどこでもどんな時でもハニーの元へと跳ぶことができる術。

 これを使い、陰からハニーを支え、その一挙手一投足を見守り続けることで、他のライバルたちから一歩先へと考えていた私の作戦が早くも瓦解してしまったわ。


「まさか……ハニーの身に何かが?」


 考えられる最悪の事態。

 いやよ……そんなのいやよ……ハニー……あなた……私たちの子供はどうするの?

 サスケが!? サクラが!? 

 私たちの……いえいえ、ハニーに限ってそんなことはないわね。

 ハニーはきっと無事。

 なら、他に考えられる理由……術が発動できないということは、私の実力不足ということになるわ。

 そう、その可能性が一番…… 


「ッ!? え……え?」


 そのとき、離れた場所から感じる猛烈な圧迫感に全身の鳥肌が……って、ちょ!?


「な、なに、あ、アレは何だというの!?」


 巨大な竜が街に……まずいわ!


「お願い、間に合って!」


 気づけば駆け出していた。でも、この距離でも分かるわ。

 どう考えても、どうにかなる相手ではない。

 今まで出会った全ての人たちよりもダントツに強いわ。

 でも……


「冥獄竜王バサラじゃ! チビッ子よ、好きなように呼んで構わんぞ?」


 バサ……え? ドラゴンが喋っ……バサラ? え? なんか、昔話でよく聞いた名前が……って、その前に!

 あのドラゴンの足元に、アマエが!

 まずいわ! アマエはハニーの大切な妹、つまり……私の妹なのよ!




「バサラだから……じゃあ、バーちゃん!!」



「んがっ!!?? なな、なんじゃと!?」



「「「「ちょおおおおおっ!!!???」」」」



「……って、えええええええ!?」



 

 純真無垢な瞳をキラキラと輝かせたアマエのその言葉に、ドラゴンが口開けて固まってしまい、周囲の人たちはズッコケてしまい、そして私もアマエの手前で頭から地面に突っ込んでしまったわ……


「あ、シノブだ……」

「あ、えと……あ~……」


 伝説やら神話に出てくる名前を口にしたドラゴンに対して「バーちゃん」と呼んだアマエ。

 なんだか私も色々と吹っ飛んでしまい、オデコを少しすりむきながら、何も言葉を発せなかったわ。


「の、のぉ、チビッ子よ。バーちゃんはないであろう! ワシはオスじゃぁ!」

「でも、ヒーちゃんはヒーちゃんだから、バーちゃんはバーちゃんで……じゃあ、バッちゃん!」

「ぬおおお、なぜそうなるのじゃぁ!?」


 す、すごいわ……多分、今このドラゴンが鼻息でも吹けばこの場に居る全員が死んでしまう……なのにアマエは恐怖を抱くどころかニコニコして……


「ん~……じゃぁ、バッくんで」

「ぬぅ……ま、まぁ、そこら辺が妥当じゃな……」


 そして、本物かどうか分からないけれど、それほど強くても不思議ではないと思われる冥獄竜王がまさかの妥協……さ、さすがはハニーと私の妹……お、恐ろしいわね。


「あ、アマエ、もう危ないかな!」

「ちょ、下がるっすよ!」

「……自分の後ろに……」

「シノブさんも、立って!」

「ぬぅ、この状況、もう我には何が何だか……」

「と、とにかく、危険は……ないのかな?」

「分からぬ……」


 とにかく、アマエが無防備すぎると、皆が一斉にアマエを守るようにドラゴンの前に。

 無論、立ち上がった私も。

 すると……



「ふん。さてさて……カグヤの子孫……まだ、『月光眼』に目覚めておらんか。見たところ……素質はそこそこありそうじゃが……まぁ、それでも力はまだまだじゃな。勿体ない」


「え……げ、月光眼って……あの三大魔眼の……」


「それに他の人間どもも……ふむふむ、ほうほう……」



 ドラゴン……バサラはニタリと笑みを浮かべながら……私たちを一瞥し、まるで査定するように頷きながら……



「まっ、ワシを呼び出したあの生意気そうな小僧と、その嫁の強さには及ばんなぁ」


「「「「「ッッッ!!??」」」」」


「どーいつもこいつも、弱っちそーな顔をしとるわい。我が友が死んだ後の世……あの小僧と嫁のような新たな時代の風が熱く吹いとるのかと思いきや……そーでもなかったりするのかのぅ?」



 完全に私たちを見下し、嘲笑するような言葉。

 一体誰と比較を……


「あの……」

「ん?」


 そのとき、サディスさんがドラゴンの様子を伺いながら……


「冥獄竜王バサラ……その……あなたを呼び出したというのは……坊ちゃまとクロンさんのことでしょうか?」

「名前は知らんが、ヒルアと契約した小僧と娘じゃ。あの二人がワシを召喚した」

「……やはり……」


 え? ハニーと……クロンさん? え? 嫁? 嫁って!?

 なぜ冥獄竜王をハニーが!? 


「あ、アースが召喚だと!?」

「うそ、アースは召喚魔法なんて使えないハズじゃ……」

「し、しかも、冥獄竜王を召喚だと!? というより、あのカバはまさか本当に冥獄竜王の……」


 ハニーの幼馴染である姫たちも驚きを隠せないようね。

 確かに、ここまで驚かせてくれるだなんて、流石はハニーだわ。

 でも……ハニーの嫁は――――


「うぅ、バッくん! アマエは……つよくなるもん! よわっちくないもん!」

「……は?」

「おにーちゃんとやくそくしたもん! アマエは……つよくなるんだもん!」


 ちょ、だからアマエ!? 

 頬を膨らませて可愛いけども、何をしているの!

 あまり刺激を与えては……


「ぬわはははははは、よい心がけじゃ」


 しかし、ドラゴンはアマエの言葉に対して豪快に笑い……



「ある意味で、おぬしが一番可能性あるかものう。人間の……おぬしぐらいの年齢は、『ゴールデンエイジ』と呼ばれる神経系が著しく発達する時期……つまり、この時期の過ごし方一つでおぬしの将来の能力に大きな影響を与えるのじゃ」


「……?」


「…………………と、我が友が昔、酒の席でうんちくを言っておった……」



 その豪快さとは裏腹に、やけに理論的な似合わないことを口にし……だけれども途中で気まずそうに顔を反らしたわ。

 何だか随分と変わったドラゴンであることは間違いないわね。

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