第101話 道場最強の男
一通りのイメージトレーニングとお仕置きを終えて再び現実へ。
目を開けると目の前は鏡。
今の今までの俺は、道場の1階でトレーニング前の瞑想をしていたと周りには思われていたようで、誰も気を使って声をかけて来なかった。
そして、立ち上がり、縄跳びを手に取った俺を、道場で鍛えている連中や俺の傍で本を読んでいたアマエが顔を上げて俺を見る。
「ふぅ……大魔・前跳び……」
基本的な跳び方ならヴイアールの世界でやってきた。
実物は初めてだが、イメージどおり俺は難なく跳べた。
『よいか? 惰性で回数も時間も決めずに跳ぶな? ちゃんと区切りを決めろ。最初はそうだな……三分間といったところだな。そして、インターバルを挟み、今度はまた違う跳び方を三分間だ』
ただ、ボケーッと跳ぶだけでなく、制限を決めて集中する。
更に、デカイ鏡で自分の全身、跳んでいる姿を見ながら、姿勢やフォームが崩れていないかもチェック。
「大魔・二重跳び」
「「「「オオオぉぉぉぉオ」」」」
俺が普通に跳んでいるだけでは特に皆も反応しないが、二重跳びなど、色々な技を披露していくと、皆も感心したような声を出し始めた。
「あの新入り、マジカル・ジャンピングロープは初めてなんじゃ……?」
「ああ、でもしっかり使い方も跳び方も……二重跳びもちゃんとできてるし……」
「運動神経ってのが、いいんだろうな」
色々褒められているが、これぐらいなら何回かイメージトレーニングしたから問題ない。
しかも、つきっきりで大魔王から指導してもらったんだしな……
「んー……ん、ん、ん!」
その時、ピョンピョン跳んでる俺を見て、自分もやりたくなったのか、アマエも子供用と思える小さな縄跳びを取り出して、俺の隣で一生懸命跳び始めた。
「へー、うまいじゃねーか」
「んふー♪」
褒めたら機嫌を良くして笑うアマエ。そんなやり取りに自分でもホッコリしながら、俺は俺で、駆け足とびや片足跳びなどのバリエーションも入れて体を温めていく。
確かに、最初は楽勝だったが、時間が立つにつれて、少しずつ体中に負荷がかかっていく。
これを毎日ウォーミングアップでやったら、効果的というのも頷ける。
さらに、ラダーのように一定の広さは必要なく、この縄跳びを回せるだけの空間さえあればどこでもできるというのは、非常においしい。
「んふー、ぴょんぴょんぴょーん♪」
「おっ、勝負か? だが、俺はもっとすげーぞ!」
「おおー」
そして、何よりも子供が遊び感覚でもできる。つまり誰でもできるトレーニング。
鼻歌交じりで前跳びをやったり後ろ跳びをやったりするアマエを見ながら、このトレーニングがどれだけスゲーもんなのか改めて感じた。
そんな風に二人並んで鏡の前でトレーニングしていると……
「ほう。人見知りのアマエが、もう懐いたか。面倒見が良いではないか」
「ッ!?」
大神官が愉快そうに笑いながら、トレーニング中の俺たちに近づいて声をかけてきた。
そして、俺は改めてこの大神官が、あの六覇大魔将の一人のヤミディレであることを思い出した。
「子供が好きなのか?」
「べ、つにそういうんじゃ……」
「ふむふむ、子供はかわいいか? なんなら、自分でも子供が欲しいとも思ったりするか? というか、相手さえいればさっさと子供を作りたいとか、自分の子供が欲しいとか思うか?」
「いや、いやいやいや、はあ?」
何だ? 俺とアマエが少し仲良くなったのが物凄く嬉しいのか、目を大きく見開いてヤミディレは俺に詰め寄るように尋ねてきた。
いやいや、子供作りたい? 子供欲しい? 唐突にこいつは何を言ってんだ?
何で、俺がアマエと仲良くするだけで、俺が子供好きで自分でも子供が欲しいと思うとか、そういう話になるんだ?
そういや、トレイナが言っていたな。
こいつの思考回路がトレイナでも分からなかったと。
こういうことか?
「いや、別に……だいたい、俺は彼女もいねーしな……まあ……仮に居たとしても、そういうのはまだ先だろ?」
縄跳びのリズムが乱れそうになるのを抑えながら、集中力を切らさずに跳びながら俺はヤミディレにそう言った。
そう、子供を作るって……それって、アレをすることだろ? そ、そういうのは、もっとお互いをよく知ってから……そして、結婚してから授かるものであって……大体、俺に親なんて……
――アース!
不意に、親父の顔が思い浮かんだ。
そうだ、俺自身が親とうまくいかなかったんだ。俺が立派な親になんてなれるわけもねーし、そんなの子供がかわいそうだしな。
まあ、でももしシノブあたりと結婚したら、あいつは子供の教育とかメチャクチャ力を入れて……って、俺は何を考えている?
「まだ……先? ほう、先とは? 先と言うのならどれほど先だ? 何秒先だ? この星があと何回転したらそういうことになるのだ? 未来は誰にも分からぬのだぞ? 人はいつ死ぬか分からぬ。足を踏み外して、階段から落ちただけで死ぬこともある。なのに、先? なぜ、できるうちにやろうと思わぬ?」
だが、俺の答えが気に食わなかったのかヤミディレは……
「貴様は、未来がいつでも保証されていると思っているのか?」
どこか重みと実感のある言葉を投げかけられた。
そして、俺はその言葉を聞きながら、隣に居るトレイナを見た。
多分、ヤミディレはこのトレイナに関することから、この言葉を発したのだろうと。
そう、大魔王とて死ぬんだ。だからこそ、誰だって明日があるとか、未来が保証されているわけではない。
先延ばしにしていいのか? 今、できるうちにやらなくていいのか? と、意外と色々と考えさせられる言葉だった。
だが、そんな重い言葉を……
「それともまさか貴様……まだ、精通していないのか?」
「とっくにしとるわ!!」
この女はアッサリと台無しにした。
そして、怒鳴って俺は思わず縄跳びが足にかかって失敗してしまった。
「せいつーってなに?」
「お前は知らなくていーんだよ!」
そして、キョトン顔で小首を傾げるアマエ。
さらに……
「まさか、その歳で……不の――――」
「毎朝バリバリ元気だわ!」
「……それなのになぜ……ッ!? まさか、アマエのような年齢が好みだとか……貴様、ペ――――」
「ふつーに、セクシーボディが大好きだこの野郎!!」
あらぬ疑いをかけるヤミディレに俺は声を荒げて否定した。なんか、若干自分でも後悔するような言葉を叫んだ気もするが……
「ぬっ……セクシーボディ……ふむ、そうなると……たとえば、乳房などは大きいほうがいいのか?」
「ちょ、まてまて、あんたは何を言っているんだ?」
「……乳房か……『あの方』はまだ発展途上……まだ、望みは……それに、あの方は大きさよりも、むしろ形が……」
なにやら俺の発言に思うところがあるのか、ブツブツと何かを呟いている……いや、やっぱこいつ変だ……何を考えてんだ?
トレイナがこいつを苦手だと思っていたのも、何となく―――――
「ふぅ……押忍。今、帰った……」
その時、道場の扉が開き……
「ッ……おっ……」
『……ほぅ……』
その入ってきた人物……男に、俺も、そしてトレイナも目を奪われた。
「帰ったか」
「……師範……今日は視察ですか?」
「まあな。『ツクシ』はどうした?」
「買い物をしてから戻るそうです」
その男が入ってきた瞬間、道場の室温が増した気がした。
「「「「押忍!!!!」」」」
全身から汗を流し、蒸気となった湯気が出て、道場でトレーニングしていた他の連中の気も引き締まったような気がした。
そして……
「きゃっほーう……オジサン!」
「アマエ……あまり道場の中で走り回るな……怪我をする」
「むー!」
「それと、すぐに俺に触れないほうがいい。汗で汚れているのでな」
アマエも縄跳びを放り投げて嬉しそうに男へと駆ける。
その様子を見て、俺も理解。
いや、別にそんなもの見なくても、男が道場に入ってきた瞬間にはもう分かっていた。
雰囲気が明らかに違う。
百人が聞けば百人が巨体と答える体躯。だが、正直、身長だけだったらもっと大きい奴も居るだろうし、種族的なものでいえばアカさんの方がデカイ。なのに、この男はただ大柄だけでなく密度もすげえ。
服の上からでも分かる発達した筋肉。腕、首周り、足、全部が丸太みたいに太く、それでいて見るからにカッチカチな硬度であることが分かる。
『ほう……いい肉だ……面構えも良い』
彫りの深い濃い顔と短髪で、その眼光は道場に入ってきた瞬間は鬼気迫るような気迫を放っていたのに、アマエが駆け寄ってきた瞬間、その瞳が温かく和らいで、父性を感じさせる雰囲気で、アマエに笑みを見せた。
「ん?」
「…………」
そして、俺と目が合った。
「……見ない者だな……新入門か?」
「ああ、そうだ。私が連れてきた」
「師範が? ……そうですか……若いですね……」
「ああ。ツクシよりも二つほど若い……どう見る?」
ヤミディレと話しながら、俺をジッと見る筋肉男。
恐らく、こいつが……
「驚いた。この若さで……この肉体……頭からつま先まで太い芯が入って……筋肉の柔軟性も感じる……パワーもスピードも兼ね備え……更には……いくつもの修羅場を潜り抜けた風格が出ている……これほどの逸材をどこで見つけたのです?」
真顔で俺を見ながら、俺を普通に賞賛してくれた。
「ふふふふ、まあ、ちょっとな。三ヵ月後の大会にも出てもらうつもりだ」
「……そうですか……」
そして、俺が大会に出ると聞いた瞬間、男の眉が僅かに動いた。
「……オジサン……あいつ、ちょこっと力持ちで、ちょこっと足速い……」
「そのようだな……」
「で、少しおもしろい。おんぶ楽しかった」
「ほう。そうか、よかったな。ちゃんとお礼は言ったか?」
「ん~? ……ん……うん」
アマエが男のズボンを引っ張って、俺のことをそう告げるが……ちょこっとって……つか、お礼は言ってねーだろうが。
ただ……
「あんたか? 最強のマチョウさんってのは?」
とりあえず、こいつが噂のマチョウだと、俺は直感で分かった。
だから、そう本人に聞いてみると、男は少し苦笑した。
「最強か……自分は別にそこまで自惚れてはいないが……自分がマチョウであることは確かだ」
「そうかい」
「……ふっ……」
「んだよ?」
「いや。自惚れてはいないと言ったものの、自分と目の前でこうして向かい合って、そんな好戦的な目で見てくる男は……二人目だな……ブロ以来か……」
「……ブロ? へぇ……そう……」
「度胸も根性もありそうだ……流石は師範が連れてきただけはある」
なんか……これは、魔法学校の最強のヨーセイってのとはまた全然違うタイプだな。
「あんたも……相当つえーな」
「……そうだろうか?」
見た目で分かるほどの力を全身から溢れさせながらも、決してその力に図に乗ることはしない、謙遜ではなく、自分を高めることを怠らない、ストイックな目。
何となくだが、こういう男は無駄に相手をおだてるような奴じゃねえと思う。
だからこそ、そんな男にここまでベタ褒めされると、少し照れる。
だが……
『おい、毒気を抜かれるな……倒すべき相手なのだろう?』
俺が普通に「マチョウって良い奴じゃん?」と思い始めていたとたんに、トレイナから注意を促す声。
そうだったな。あのヨーセイっていう奴は別にして、この男と俺は戦わなくちゃならねーんだ。
とはいえ、強いのは分かるが、どれほどまでに強いかは現時点では……
「なあ、あんた……」
「ん?」
だったら……ここは……道場だ……
「せっかくだし、俺とスパーリングでもやらねーか?」
「……なに?」
「「「「「ちょっ……はあああああ!!??」」」」」
その腕前を堂々と正攻法で確認すりゃいい。
こいつは、魔法学校の連中とは全然ちげーんだ。
遠慮なくぶつかればいい。
そんな俺の提案に、道場内から一斉に驚愕の声が上がった。
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