第84話 共通言語

 マンティス……いや、トウロウの恐ろしい瞬発力から繰り出される突き。

 鋭すぎて空振りしても空気を切る音が聞こえて真空波が飛ぶ。

 もう、それを連続でやられると、完全な暴風雨だ。

 

「ハイイイイ!」

「っと」


 それを皮一枚で回避し、左の連打を放ちながら俺もスピードを上げていく。

 トウロウの攻撃を回避し、見切り、その上で穴を見つけて俺の右を突き立てる。

 そのためにも、手も足も止めない……というのが、セオリーなんだろうけど……


「ッ……アース……」

 

 俺は生身だ。たった一振り当たれば、致命傷だ。当たり所によっては死もありえる。

 そんな代物を舐めるなんてことはしねえ。

 油断なんて微塵もしちゃならねえ。

 神経の一本一本をすり減らす作業だ。

 でも、何でだろうな……


「ハニー! 止まってはダメよ、もっと足を使わなければ、また捕まるわ!」


 気づいたら、俺はいつの間にか、足を止めていた。

 そんな俺に対してさらに加速したトウロウの鎌が襲い掛かり、シノブの声が響く。

 けど、俺はあえて足を止めてみた。


「……お前さん……」

「……ど、どうなってんだい? トウロウまで……」


 あん? ブロとダークエルフが、いつの間にかこっちの喧嘩を見入ってねーか?

 なんか、ダークエルフが疲れ切ったように床に座ってるけど、勝負あったのか?


「……トウロウの攻撃が……どんどん加速して……でも……一撃も……」


 呆然としているサイクロプスの様子。どうやら周囲もこの状況に意識を向け始めたようだな。

 

「……アタラナイ……」


 激しい斬撃を繰り出しながら、トウロウがぼやいた。

 そうだ、足を止めても、もう俺はトウロウの鎌を食らっていなかった。


「大魔フリッカー!」

「ッ、つ、コレハ!?」


 どんなに鋭い鎌でも剣でも、「腹」がある。

 真正面から刃に拳をぶつけても拳を痛めるが、腹を叩けば問題ねえ。

 だから、振り下ろされたり、突き出された刃を俺はフリッカーで「刃の腹」をぶつけて、打ち落としていた。


「は、ハニーが……あのマンティスの魔拳を……片手で払いのけている……?」


 ああ、軌道がもう完全に見えてきた。


『来たな……『入った』な……『ゾーン』に……あの時の、剣聖2世との戦いの再現を……このレベルで再び繰り返すとはな……』


 そんなとき、機嫌よさそうなトレイナの声が耳に入ってきた。っと、それどころじゃねえ。油断するな。集中集中。


『動体視力……周辺視野……そして……あのアカとの一戦、そしてこの戦いの果てで開花させた……『空間認識能力』……自分の身の回りの存在……それの速度や大きさ、さらには距離感などすべてを把握する……ゾーンという極限の集中状態に入りさえすれば……童よ……もう、誰にも貴様は捉えられぬ!』


 もう、払いのけるだけじゃねえ。

 トウロウが俺に弾かれて腕を引き戻そうとした瞬間に、俺も一気にインに潜り込んでからの……


「ここだ!」


 巨体で強固な肉体。生半可な打撃は通じない。さっきは、首を狙うことでダメージを与えられたが、トウロウもそれだけは防ごうとガードが速かった。

 だから、狙うなら別の場所。

 そして、全てがスローに見え、視野も広く、集中力が増した今の俺は、よくトウロウの体を見れば、いくらでも打ち込める場所があることに気づいた。


「ギッッ!?」

「もういっちょ!」

「フギっ!?」


 足の「関節」だ。関節部分だけは鍛えようがないみたいだ。

 ただでさえ、俺よりもはるかに図体がでかいトウロウの足の関節など、俺が対人間相手に繰り出すボディーブローの要領で打つと、丁度狙いやすい位置にある。

 パンチを突き立てた瞬間、歪んだ声がトウロウから漏れた。


「どうした! 足が生まれたての仔馬みてぇにプルプルしてんぞ! もうギブか? テメエはもう全部出し切ったか!」

「ッ、……ウルサイ! マダ!」


 俺が煽った瞬間、一瞬崩れかけたトウロウが下からアッパー気味に鎌を振り上げた。

 スウェーで回避した俺の顔ギリギリを通り抜ける鎌。


「へっ、そうだよ! まだ、終わらねぇよな!」


 足は止まった。だが、手はまだ止まらねえ。

 最初は俺に戸惑っていたようだが、また、トウロウの闘志に火が付いたな。


「何日だ? 何カ月だ? 何年だ? その積もり積もったものはどれほどだ?」

「ハイイイ! ハイハイハイハイハイイイ!」

「言葉にしなくていーから、ただ発散させろ!」

「ウルサイッ!」


 戦意の折れた奴を殴っても仕方ねえ。

 でも、まだ出し尽くしてねーなら……まだ、燃え尽きてねーなら……煽ってでも火を点けてやる。


「オマエ、調子ノリスギ!」

「あっ……」


 あっ、確かにこれは踏み込み過ぎたか? 懐に飛び込んだ俺に、左の鎌でアッパーかと思いきや、下に集中させて実は上から右の腕を振り下ろそうとしてきている。

 これはこのままだったら当たる。でも、今なら飛びのけば避けられる。

 でも……このまま突っ込んでも……


「大魔コークスクリューブロー!」

「ブピュッ!?」


 構わず突っ込んで、トウロウのボディに右のコークスクリューをお見舞い。生半可なパンチじゃ通用しねーから、捻りを加えて貫通力を上げる。

 そして、同時に俺の顔面から血が飛び出すが……


「って~……切りやがって……が、浅い!」

「オマエ……ワザト……」


 トウロウの鎌で頬をザックリ斬った。でも、所詮は頬だ。痛いが、致命傷じゃねえ。

 むしろ、怪我を恐れて無様に飛びのいて体勢を崩される方がリスクがあった。

 これまでの俺ならこんな考えや計算はしなかったのに……今日は頭も回る。


「へへ、どうだ? 男前か?」

「ッ!?」

「そうさ……男が怪我の一つや二つ恐れて……世界に出られるかよ!」


 そして、怪我を恐れずに飛び込んだおかげで、今の一撃でトウロウの体が一瞬ぐらついた。

 今こそ叩き込む。


「そ~~~~れえええええええ!! 大魔ラッシュ!!」


 左右の高速ラッシュをボディに叩き込む。

 トウロウの弱点は首なんだろうが、別にそこを狙わなくてもやりようはある。

 既にトウロウとの戦いで、スマッシュ、コークスクリューとボディに叩き込んだ。

 なら、この連打で……


「アース……ガッ、グッ、同ジ箇所……」


 そう、ただボディを叩くんじゃない。俺がこれまで殴った箇所と同じ部分に集中させて殴る。

 そうやって、積み重ねたパンチが……


「テメエに風穴を開けてやるッ!」

「ピキュアアア!」

「……あら?」


 すると、ついにトウロウが跳び退く、逃げるように俺から距離を取って後退した。

 どうやら、まだ跳べるだけの足があったか。


「ギッ……グギ……ガキ……」

「……へっ、ガキだからって舐めんなよ?」


 歯軋りするように俺に睨みつけてくるトウロウ。

 だが、もう勢いに任せて再び飛びかかってくるとかなさそうだ。

 トウロウの足は、今のでもう限界だったみたいだ。

 俺の拳で叩かれ、さらにボディも痛めて動きがもう鈍っている。

 すると……


「ふ、は、ふはははは、い、いいぞ、アース、そうだ、さっさとその虫をボコボコにして捕獲するのだ、のだ!」


 ……気分が上がってきたところに、水を差すような豚の声が響いた。



「こ、ここで、私を救ってその虫を捕まえた功績を立てれば、わ、私がお前を再び帝都でこれまで通り過ごせるように便宜を――――」


「黙ってろぉ、クソ豚あああああ!!」



 だから、言ってやった。名門家の大臣様に向かって、俺はこれでもかと口汚く言葉を叫んだ。


「ぶ、ぶた……ぶた?! だ、だれにむかっ……アース! 貴様、い、いったい、誰に向かって……」

「だから、うるせーよ! 俺は今……こいつと……人間も魔族も不良も関係なく、喧嘩っていう共通言語で会話してんだよ……豚語でチャチャ入れてくるんじゃねーよ」


 そう、邪魔だ。

 俺たちは、互いにぶつかり合ってんだ。

 これは誰にも邪魔させねえ。


「……人間モ……」

「ん?」

「アレ……豚ニ見エル?」


 そのとき、俺の発言にトウロウがそう尋ねてきた。

 俺は少し考えて……


「ん~……いや、豚に失礼かもな? 豚って、本当は賢い生き物だし」

「……ソウカ……アース……乱暴ダケド……面白イ……」

「へっ、そうか……って、ちょっと待て! ら、乱暴って、お前は俺のことを切ったり、肩を噛んだり、乱暴を通り越して野蛮だろうが!」

「違ウ。アースノホウガ恐イ」

「んなっ……はは……ったく……喧嘩の最中に毒気を抜くようなこと言うんじゃねーよ」


 喧嘩の幕間の呑気な会話に、俺も一瞬気が緩んで苦笑した。

 それは、トウロウも同じなのか、何だか微妙な空気が流れる。

 とはいえ……


「だが、それでも決着は付けねーとな」

「……ワカッテル……」


 そう、まだ終わってねえ。トウロウだってまだ出し尽くしてねーんだ。


「俺捕マエタノ……オ前ガヨカッタ……」

「……だから……喧嘩の最中にそんなこと言ってくれるなよ」

「……捕マッテモ……納得デキタ」


 ちょっとだけ切なくなった。



「トウロウ……安っぽいかもしれねーが、あんたの境遇には同情する……捕まって、目ぇ付けられたのが大臣ってのも運が悪かったし……だからって、あの大臣が特殊で、帝国全部があんな奴じゃねえ……なんてこと、今の俺に言うこともできねーしな……俺も俺で、色々なことに耐えられなくなったから帝都を出た身だしな」


「……アースモ?」


「そして……あんたを救ってやるとも……ここから逃がして魔界に連れてってやるとも俺には言えねーし……今の俺にゃ何も変えられねえ。でも……だから、せめて今できる……体を張って付き合ってやるよ……最後までとことんな」


「……ワカッタ」



 だが、どんなことになろうとも、今、この戦いにケリをつけることに双方異論なしだ。


「コレ、一番強イ一撃」


 そして、トウロウは足を大きく開いて構える。震える足で、飛び込むことはできないが、その分しっかりと自身の体を支える。

 一歩も引かず、俺を迎え撃つかのような構え。

 つまり、俺から来いってことだ。

 なら、俺もまた、怪我も命も惜しまずに飛び込む最強の一撃を放つ。


「いくぜ! 大魔ジョルトブロー!」


 自分を投げ出すように、全身の力と体重を込めてのフルスイング!


「蟷螂魔崩拳!!」


 そんな俺を迎え撃つ、トウロウの渾身の力を込めた一撃のみの中段突き。

 これまでの高速の連撃と違って、力を一点に集中させた。

 その突きは、飛び込む俺の脇腹を深く抉り……


「ブフグッ!!??」


 その分、俺のジョルトがより一層深々と、これまでと同じ箇所を寸分違わずに突き刺さり……


「……プ、ブ……ウッ……」


 ついに、完全に膝が崩れてトウロウがダウンした。

 そしてトウロウは……



「……カテナイ……モウ……………ギブアップ……アースツヨイ……」



 最後にそれだけを言い、バタンとその場に倒れた。

 そんな、ライバルに俺は……


「俺の方は……ありがとよ……あんたのおかげで……俺は次のステージに進む」


 自分を成長させてくれた礼と、前へ進むことを宣言した。

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