ピアス

白咲夢彩

ピアス


「ねぇ今からピアス開けていい……?」


「……え?」


 クラスメイトの美里みさとちゃんはそう言って、スクールカバンから耳に穴を開けるための物をだす。今は学校の帰り道、公園のベンチで二人で座っているのだが……。どうしたことだろう……美里ちゃんは「ピアスを開けたい」なんて言い始めた。僕は驚きを隠せない。


「最近はスマホを上手く使えば通販でなんでも買えるのよね……便利」


「え……ちょっと……ダメでしょ?そんなの怒られちゃうよ……」


 どうやらスマートフォンで耳に穴を開ける為の道具を買ってしまったようだ。


 僕はみなと、中学二年生。今は秋で少し涼しくなった頃だろうか。ヒューヒューと冷たく鋭い風が吹く。


 急にピアスを開けるなんて言い出した美里ちゃんとは、中学生になってから名前が似ているという理由で仲良くなり……今では毎日一緒に帰る仲だ。一緒に勉強を図書室で取り組んだり、お昼ご飯も一緒に食べたりしている。今日も一緒に下校し、家の近くの公園にいるのだが……。


 美里ちゃんはピアスを開けたいだなんて言うのだ。僕には考えたことも無い……いけないことをすると言うのだ。


 動揺しながら、美里ちゃんを僕が止めようとすると不機嫌の顔で美里ちゃんは言った。


「ねぇ……どうしてダメだと思うの?」


 え……?どうしてって……。


「親に怒られるからに決まってるじゃん……」


 僕はあたりまえなことを言ったつもりだ。親に怒られるということは……ダメなことだ。してはいけないことだ。しかし、美里ちゃんには伝わらない。


「なんで怒られるの?なんでダメなことなの?ピアスを耳に開けるのはいけないことなの?大人はみんなしてるのに?」


「ちょっと……何言ってるの?美里ちゃんは〝良い子〟なのに……どうしてそんな事しようとするの?〝良い子〟……なのに……突然どうしていけないことをするの?」


 そうだよ……美里ちゃんは学校では成績トップで、勉強ができて、真面目でとっても良い子じゃないか……。立派な家の……将来有望な優秀な良い子……。なのにどうしてそんなことを……?


 僕は頭の中で、今まで見てきた優秀な美里ちゃんと今の美里ちゃんをぐるぐると回す。僕は状況が飲み込めないままだ。しかし、美里ちゃんは僕に続けて訴えてくる。


「ほんとにダメなことなの?開けて死ぬわけじゃないでしょ?見てこれ、絶対オシャレになるよ!」


 嬉しそうに……持っている穴を開ける道具を自分の耳の方へペタッとくっつける。冷たい風が美里ちゃんの綺麗なロングヘアをさらさらと泳がせながら、良い子の主張を強く濃くする。


 ねぇ……美里ちゃん……一体どうしてしまったの……?


 ダメだよ、そんなこと……。


 どうにかして止めないといけない。良い子の美里ちゃんを悪い子に変えてはいけない。ここで止めなければ、友達として失格だ。とにかく止めるんだ。


「美里ちゃんは〝良い子〟なのに……やめなよ……本当にやめな……お母さんが怒るよ……本当に怒られちゃうんだよ!先生にも怒られちゃう……それくらい、いけないことだよ!それでも……いいの?」


「いいよ」


「え……?」


 僕は美里ちゃんの返事に驚いた。僕はお母さんや先生に怒られることなんて……したくないし、お母さんに怒られることを美里ちゃんが頷くはずが無いと思っていた。まだ冗談だと思っていた。美里ちゃんが悪いことだと気がつけずにいて、何かを分かっていないだけと思っていた。オシャレとルールの境目が見えなくなってしまっただけだと思っていた。言ったら落ち着くと思っていた……。でも違う。本気だ。そして、怒られることと分かっている。いや、そうだ、最初から美里ちゃんがそれに気がつかないはずはない。気がつかない人ではない。そうだ。そうだよ。でも、でも、そしたら、なぜ怒られてまでしなければいけない事なのか。どうしてわかっていて、やろうとするのか……。僕はだんだん分からなくなって、混乱の渦を作る。


 すると、美里ちゃんは真剣な顔で僕に強く言葉を投げ始めた。


「ねぇ、湊くんは考えたことある?なんで親が怒るのか」


「え?」


「なんでピアスしちゃいけないか、考えたことある?」


「え……そういうルールだから……親が悲しむから……」


「はぁ……」


 僕が当たり前の事を言うと、納得いかないムスッとした表情で美里ちゃんはため息を吐く。僕……正しいことを言ってるよね?何も変な事言っていないよね……?当たり前の回答をしているよね?なぜそんな風な態度になるのか、疑問が増えたままだが、僕は美里ちゃんを止めようと思考を回す。しかし、美里ちゃんは強い主張を続けてくる。


「本当に悲しむかな?もし、私がピアスをしたらさ、近所の人に私のお母さんはこう言われるの。あなたの家の娘はだらしないわねって。それがお母さんは嫌なのよ」


「そりゃ悪いことだもん……言われても……仕方ないよ……」


 だって悪いことだもん……。そりゃ言うさ。美里ちゃんは何を言っているんだ?


「つまりさ……周りの目を気にして私を〝良い子〟にしたいんでしょ?周りの評価がほしいんでしょ?」


「美里ちゃん……?お母さんは美里ちゃんのことを思って……言って……」


「本当にそうかな?」


「……え?」


 僕は美里ちゃんがおかしなことを言い続けるからどんどん混乱してきた。今僕は何を話しているのだろうか。いけないことをいけないんだと当たり前に話しているのではないのか?何が間違っているんだ?


「ねぇ〝良い子〟ってなに?本当に私は〝良い子〟なの?」


「良い子だよ!美里ちゃんは本当に優秀で……」


「それって、親が〝良い子〟って言ってるだけでしょ?親にとっての〝良い子〟でしょ?〝良い子〟にしていれば将来は幸せだと思う?言うこと聞いてれば幸せ?良い子大学、良い会社……その為だけに生きて幸せ?」


「幸せだよ……だって良い事だもん」


「ねぇ、湊くんはその〝良い子〟の意味をわかってる……?」


「……」


 僕は黙ってしまった。何を言われているのか分からないどころか、思考が停止してきた。考えたことも、聞かれたことも無いことを美里ちゃんが言い始めたからだ。


「ねぇ、親が私たちに決めつけてるだけじゃないの?良い子にしてたらどう良い子になるか自分でわかるの?」


「…………わからない……」


 良い子にしてれば〝良い子〟になるとしか考えたことしかない。良い大学に良い会社に……良い人生が待っていて……良い道へ行くことが出来て……。


「湊くんは犬のままでいいの?はいはい、良い子にしますって……親の言うことを聞き続けるの?大人になってもそう生きるの?」


 美里ちゃんは止まらない。僕は何も言えないまま……ただ聞いていた。美里ちゃんの言葉が頭の中で何度も繰り返す。しかし、何度も何度も繰り返しても、言葉は頭をぐるぐると回って戻ってきてしまう。


「私はもう〝良い子〟が全てだとは思わない。今まで親の言うことが全て正しいと思ってた。この世界の全ての人間がそう思ってるかのように親の言う全てが正しいと思い続けてきた。でもね、親はひとりの人間なの……親の考えは私の親だけが持つ考え」


「ピアスをするのは……身体に穴を開けるのは……ありえないことだって親は言うのよ。親がそう言えば私もそう思うの?親というひとりの人間が考えただけのことなのに?」


「親が言う全てに従って〝良い子〟に生きて……自分の考えなど持たずに……親の考えに流されて生きていきたい?」


「全ての人間がピアスなんかしてはいけないなんて思ってる?ありえないと思ってる?違うでしょ?世界はそうなの?違うでしょ?」


「……」


「大人になっても親の全てを信じてそれにのっかって……そのまま生きていくの……?それで自分が満足してると思う?親が勝手に考えた〝押し付け〟なのに!」


 あれ……僕……良い事をちゃんと聞いて……生きてきたんだよね?良いことをしてきたんだよね……良い事……?


「私は犬じゃない。人間よ。もう、親の言うことなんか知らないわ。自分で考え、進むの。親の押し付けを信じて進んで……それが間違っていた時、誰が責任を取ってくれるの?それを信じて進んでしまった自分に自分で責任を持てるの?」


「私は気づいた。親は私の為に〝良い子〟って撫でるんじゃない。自分の為に〝良い子〟にしてるのよ」


「歯痒いと思わない?」


 僕は言葉がでなかった。


 僕は自分が間違ってるなんて思ったことはない。良い子だから僕はみんなに愛されて、それは素晴らしいこと……そう思ってた。



 でも……あれ?僕は…………。



 ぐるぐる考えていると、僕の横で美里ちゃんは穴を開ける為に、消毒液を出してティッシュを濡らし、耳を拭き始めた。


 僕はまだ止めなければと思ってしまっている。いや、止めていいはずなんだ。止めなくちゃ……ダメなんだ……。そうだ。止めるんだ。


「今からでも……遅くない……ピアス開けるの辞めない?」


 僕は恐る恐る聞く……すると。


「止められないわ!もう私の道は始まってるもの!」


 もう、怖くて見ていられなかった……。僕は薄暗く変わりゆく、夕方の空の遠くを見つめ……美里ちゃんの言っていたことの意味を頭で理解しようと整理する。しかし、ぐるぐるになった美里ちゃんの言葉を、すぐには整理整頓できそうにない。


「痛いかもよ……とっても。怖くないの……?」


 夕闇になる遠くを見つめながら、僕は聞いたが、そんな言葉は届かなかった。そして、美里ちゃんは強く叫ぶ。


「親の考えに全て頷いて……自分を殺して……それに不安を抱えながら生きていくことを考えればこんなもの痒くもないわ!」


 そして気がついた時には…………バチンッという音がした。少し美里ちゃんはびっくりしながら…………。


「みて!入った!可愛い?」


 嬉しそうにこちらに顔を向けるので、僕は言った。


「うん、本当の美里ちゃんだね」


 耳で丸い銀が光っていた。


「そうよ、今日から私は私で生きるの。親の生き方が私ではないわ。私は私の道を行くわ」


 そう言う美里ちゃんはとても……綺麗で……今までのどの美里ちゃんよりも輝いていた。


 片方だけ開いているピアスが、美里ちゃんのこれからの人生を表しているように見えた。







「失敗した時用に……予備でもうひとつ買ってあるんだけど……使う?」


 にこにこしながら……冗談を言う時のような顔で、美里ちゃんがピアスを開けるための物をこちらに向けて差し出した。


 ──ヒューヒュー


 冷たい風が吹き、落ち葉が舞う。夕日が沈み夜へと……辺りは暗くなり変わっていく。


 僕の心に入り込むように……矢のような風が刺していた。

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