第4話 憂鬱な天気

「おー、結構コントロール出来るようになってきたな」

 エリックは少し感心したように言った。

 魔法の練習を始めてから二日が経って、僕はなんとか体内の魔力をコントロール出来るようになった。これで常時魔力が漏れ出しているなんて状態から抜け出せるわけだ。

「これだけ……やってたらね……」

 僕は息を少し切らしながら、恨みがましい視線をエリックに送る。

 エリックはそれに気づいて、苦笑いを浮かべる。

「いや……時間が……な?」


 エリックが魔法なんて一週間で習得できると言っていたから、最初の方は軽い気持ちで練習に臨んでいた。説明を聞いて、魔法って意外と簡単そうだな、なんて思っていた。

 だけどそんな考えは、一昨日の夜には捨て去った。練習を始めたその日の夜にだ。もしかしたら僕は短時間で意見を変える才能もあるのかも知れないと思った。だとしたら要らなさすぎる。

 何があったか。別に難しい話ではない、いたって単純明快である。

 練習時間が長い、ただそれだけのことだ。

 なんだそんなことか、と言われるかも知れない。僕の忍耐力がなさすぎるだけなのかも知れない。でも、言わせて欲しい。これは常軌を逸している。

 エリックの言っている一週間と、僕の思っていた一週間には、大きな齟齬があった。

 もし三日前の自分に会うことが出来るなら、一週間で簡単に習得できるほど魔法は甘くないと涙目で伝えたい。じゃないと今の僕みたいに、現実とのギャップの谷に落ちて死にかける。

 魔法が一週間で使えるようになるのは、エリック指導のもと、死にかけながら練習したときだけだ。今の僕が危険だと思うのは魔獣でも何でも無くて、エリックのスパルタ度合いだった。冗談じゃなく、過労死している未来が見える。

 僕が想像していた時間の倍は練習しているんじゃないだろうか。睡眠と食事以外の時間は、全て魔法の練習に使っていると言っていいだろう。休憩する時間はほとんどないに等しい。太陽が昇れば、ここに来て練習を始め、月明かりに照らされながら帰路につく。

 太陽が沈んで暗くなっても、エリックはわざわざ魔法を使って辺りを照らしてくれるので、練習をやめずに済むわけだ。いやあ、なんてありがたいんだろう。エリックって本当に気が利くなあ!!

 体の調子が良い訳でもないのにここまでさせられるとは、考えてもみなかった。当たり前の話だけど、体の各所にはまだ痛みが残っているのだ。

 最初に来た時は素晴らしいと思えたこの野原も、出来ることなら一生来たくないと今は思う。

 ひどすぎる労働環境だ。もはや三日目にしてやめたいと感じている。

 いや、僕が悪いのか?

 記憶が無いせいで、何が普通なのかが分からなくなっている気がする。


 ……とまあ、ここまで長さについて散々愚痴ったけれど、実は今日から少し休憩時間が増えるんじゃないかと密かに予想している。

 というのも、昨日、一昨日とやった練習のほとんどは体内でコントロールするだけで、魔力の消費がほぼなかった。つまり、魔力が切れるなんてことはないので長時間の練習が可能だったわけだ。

 でも今日から始める具現化の練習、カノン魔法弾トーチカ魔法盾には魔力の消費がある。魔力が切れればその時間はなにも出来ないはず。そうなればきっと休憩できる時間が増えるだろう。いや、絶対そうだ。

 そう思うと、心機一転頑張れるような気がしてきた。魔法が使えるようになること自体は嬉しいし。

 うん、頑張ろう。



「違うって! 相手をよく見て、刃の向きをもっと意識して振るんだ。刃筋を立てないと強い攻撃にならないぞ」

「あー! もう嫌だ!! 無理!!」

 僕は気がついたらそう叫んでいた。

 昨日、心機一転頑張れるような気がしたのは、やはり気のせいだったみたいだ。

 休憩時間が増えるという僕の予想というか期待は、エリックによってしっかりと裏切られることになったのだ。

 正直に言えば昨日の朝、家を出た段階から、なんとなく嫌な予感はしていた。少し違和感を感じていた。どうしてエリックは剣を二本持っているの? って。でも、なるべく深く考えないようにしていた。そんなことは無いって信じていたかった。だけど、勿論そんなことはあった。

 魔力が切れるまで具現化の練習をして、魔力が切れると剣を握らされた。そして魔力が回復すると、また具現化の練習をする。地獄のループの完成だ。一昨日までの方が全然マシだった。むしろあんなことで文句言っていたなんて、僕も忍耐力が無いな。

 もはや自分を嘲ることでしか、自分を保つことが出来ない。

「そう言うなよ。な? もう少しだけ頑張ろうぜ? カノンもトーチカも少しは出来るようになってきたんだしさ」

 エリックは僕が投げ捨てた剣を拾って差し出す。

「分かってるよ……。ただちょっと……そう、吐き出したくなっただけ」

 記憶だけでなく、心も壊れてしまいそうな辛さだけど、ここで投げ出すなんてことはしない。エリックは、僕に付きっきりで魔法と剣術を教えてくれているのだ。僕は今、そんな期待に出来るだけ応えたいと思っている。



 六日目の朝。僕は、ばらばらと雨が地面に打ち付ける小気味よい音で目を覚ました。

 起き上がって窓の外を見ると、そこには灰色の空が広がっていた。一日の始まりの象徴として人々を照らしてくれる太陽は、雲に隠れてどこにも見えない。

 こんな雲だらけの空、僕はあんまり好きじゃない。朝起きて空が暗いと、なんだか憂鬱な気分になる。でも、雨の音はどちらかと言えば好きだ。なんとなく心が落ち着く気がする。

 時々、太陽が出ているのに雨が降る日がある。僕はそういう雨、天気雨が一番好きだ。いつもは地味な雨粒が太陽に照らされ、きらきらと光って落ちてくるのが、とても素敵だと感じる。そんな時、僕はそんなふうに思わせてくれる太陽の偉大さを知るのだ。

 唯一の欠点は、その天気が長くは続かないということかな……。儚い幻の天気。

 雨の日がいつもそんな感じなら良いのにと思う。太陽が照らし続けてくれたら僕は幸せになれるのに。

 それか、雨粒自体が光れば良いのかも知れない。そしたら曇り空でも明るくやっていけそうだ。

 なんて、馬鹿みたいなことを考えてから部屋を出た。現実逃避をしていても何も始まらない。


「おはよ」

「おう、おはよ」

 いつもと同じように、エリックは僕より先に起きて朝食を食べている最中だった。エリックは今日も朝が早い。ちなみにルークさんはまだ寝ている時間だ。

「今日は雨だねえ。朝から雨だと憂鬱にならない? まあそんなこと関係なく、今日もやるんだろうけど」

 別に休みだって良いんだよ、という意味を込めて言ってみる。

 まあ、雨だからって休みをくれるエリックではないだろうけど。エリックの指導熱はこの雨を蒸発させてしまいそうなくらいだから。

 あれ、もしかしてエリックなら魔法を使って雨雲を吹き飛ばしたり出来るのか? もしそうだったら少し引く。

「いいよ、別に」

「へ?」

 予想していなかった返答に、つい拍子抜けしたような声が出てしまった。

「え、いいってどういう?」

「いや、別に休みでもいいよって」

 え? え?

 エリックは何でも無いような顔をして、普通に水を一口飲むと、またパンを齧る。僕のことなんて、まるで気にしていない様子だ。

 求めておいてなんだけど、いざ、いいよって言われると少し困惑する……。

「えーと……なんで?」

「なんで、って嫌なのか?」

「いや嬉しいよ! でも、昨日までは少しの休みもくれる気配がなかったじゃん?」

「思ったよりセンスが良かったから……かな。それに、俺も焦りすぎてた。これだけ早く形にできるんだったら、もうちょいゆっくりやっても良かったかもな」

 それは早く気づいて欲しかったな……。でも、センスが良いと言われたのは素直に嬉しい。

 いやー、五日間本気で努力した甲斐があった。

 …………あれ、もしかして五日って別に多くはない? というか少なくないか?

「……いやいや、頑張った」

「ん? なんか言ったか?」

 口に出して自分に言い聞かせる。そもそも、体の調子が良くはない状態で、五日間地獄のような練習を続けたんだから、誇ってもいいはずだ……多分。

「もう既に話したけど、出来れば明後日には出発したいから、今日は休息日も兼ねて、その準備の為に使おうと思う」

「あー、確かに。僕、何も持ってないからね」

 剣も魔法石もエリックのものを貸してもらっていたから、自分の物は何一つない。だから、出発する前に自分の装備を揃えることが必要なのだ。

 そろそろ本当に出発か……。魔法の練習は頑張ったつもりだし、エリックにも実戦で使えるレベルだって褒められたけど、見たこともないノアと実際に戦うことを想像すると、やはり怖いと思う。

 調査に同行することが段々と現実味を帯びてきて、より憂鬱な気持ちになった朝だった。

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