第3話 ふわふわ

 僕たちは朝食を食べ終えた後、コトハ村の近くの森を抜け、開けた場所にやってきた。足元には青々と茂った草が一面に広がっている。

 大きく息を吸って、そしてゆっくりと吐き出してみる。

 すぅーっ、はぁー。

 …………。

 澄明な空気に体が、心が気持ちよくなる。そして、生を実感する。

 家を出てから二十分くらい歩いたんじゃないだろうか。思ったより遠くて、足が少しだるい。太陽の光にさらされて、体中からじんわりと汗が滲み出ている。だけど、そよそよと吹く風が心地よいおかげで、汗の不快感を感じることはない。蒼天を仰ぐと、自由に空を駆け回る鳥たちが見える。彼らも気持ちよさそうだ。

 ああ、こんなにも素晴らしいと思える場所があるなんて……。出来ることなら、いつまでもここに居たいくらいだ。

「はいこれ、首にかけて」

 …………。

 何の趣もなく、エリックは昨日の魔法石を僕に向かって投げる。

 いや、まあ……こちらがメインなのは分かっているけれど。できればもう少し感慨に浸っていたかった。

 太陽の下では少し分かりづらいけれど、手に持つとやはり魔法石は昨夜と同じように光を放ちはじめた。そしてそれをしばらく見つめていると、一つ新しいことに気づいた。

「これ微妙に温かくなってない?」

「そう。それが魔力と魔法石の関係性だよ」

「どういうこと?」

 考えてみれば、魔法を使う時に必要ということ以外、特に教えてもらっていなかった。そもそもどうして魔法を使う時に必要なんだ?

「ユイトがどこまで知ってるか分かんねえから、基本的なことから説明するぞ」

「うん」

「まず魔法の才能がある人っていうのは、体に魔力を宿すことが出来る人のことな。その魔力自体は目で見ることが出来ないけど、存在してるってことは確かだ。ちなみに、どの程度魔力を体に宿すことが出来るかが、どの程度魔法を扱えるかに直結する」

 なるほど。感覚的で分かりやすい。

「それでその魔力を具現化するための媒体が魔法石ってことだ」

 うーん……?

「そもそもの質問していい? 魔力を具現化、もとい魔力ってなに?」

 と言うか、エリックはその説明を一番初めにするべきじゃなかっただろうか。

 今までなんとなくのイメージで聞いていたけれど、どうやらそれとはかけ離れていそうだ。僕的には、えいっ! と念じるだけで物が浮いたり、炎が出たりするものかと思っていたのだけど。

「あー……そっか。当たり前のこと過ぎて忘れてた。さっきも言ったけど、魔力っていうのは目に見えない、言わば不可視のエネルギーだ。で、不可視のエネルギーの構造に変化を与えるとそれが可視的な別の何かに変わる」

 多分丁寧に説明してくれているのだろうけど、僕にはまだ難しすぎて分からない。

「不可視のエネルギーって……なに?」

「分かりやすく言えば、この世界に存在するものになる前の何か、もしくは源……って感じだな。今は何物でもないけど、何にでもなれる存在的な。それで、この世界では存在できないものを、存在できるものに変換してくれるのが魔法石って感じ」

 何にでもなれるって、それは言いすぎじゃないか? それだと生物だって作れそうな気がするのだけど。

 うーむ、分かったような、分からないような……。魔法は僕が思っているよりよっぽど複雑らしい。

「だから魔力を体に宿しているかどうかは、魔法石が無いと分からない。魔法石があって初めて観測されるものなんだよ」

 エリックは僕の右手に視線を落とす。

「今ユイトが持ってる魔法石に、ユイトの体内にある魔力が流れて、ようやく目に見える、存在する状態に変わってるってことだ。だから、魔法石を通して魔力が実際に存在するようになれば、そのエネルギー分の光と熱を放つ」

 ……宇宙のようななものだろうか。

 宇宙が生まれる前の「無」の状態は観測できないけれど、その「無」の中には宇宙を構成できる何かがある……みたいな。それが宇宙に変われば、もちろん観測できる。

 ……合ってるか? まあ何でもいいか。そういうことにしておこう。

「うーん、なんとなく分かった気がしなくもないかも。じゃあどうやって攻撃に使うの?」

「一つは魔力を具現化、つまり実在的なエネルギーに変えてそれを放つ。いわゆる、カノンがこれに当たる」

「カ、カノン?」

 そこだけ皆さんおなじみの、みたいな感じに言われても……。

「魔法弾、って言えば分かるか?」

 あー、そう言ってくれればイメージしやすい。

「で、二つ目は魔力を物理的な存在に変換させる。変えられるのは四元素のうちのどれかだ。さすがに四元素は分かるよな?」

 四元素……。記憶は曖昧だけど、世界を構成する四つの要素、火、水、土、それと空気か風のことだったはずだ。確か、空気の中に風が含まれていたんだっけな……。

 四元素が世界を構成しているのだから、魔力が四元素に変換できる時点で、何にでもなれるという説明が一応正しいことになるのか。現実的には、複雑に絡み合って構成される生物などを作ることは出来ないのだろうけど。

 でも、魔法で炎を出して攻撃したら強そう、という僕の単純なイメージは特に間違っていなかったらしい。

 一回くらい手から炎出してみたかったんだよな。魔法って感じがしてかっこいいし。

 あれ、そう言えば僕の魔法に対するイメージってどこから生まれたんだろう。実際に見たことがあるのか、聞いたことがあるのか、それとも本で読んだりしたことがあったのだろうか。

 思い返してみるとどうやら、一般的な知識や常識は覚えているけど、特定の状況や情報が思い出せないみたいだ。

 状況からして、崖から落ちたのは確かだと思うけど、それでどういう頭の打ち方をしたんだろうか。それとも、記憶喪失はこういったケースのほうが多いんだろうか。まあ何にせよ、崖から落ちて死ななかった時点でこのくらいの代償は安いっちゃ安い気がするけど。

「もちろん、攻撃以外にも使い道はあるけどな。魔力を他人に干渉させれば、傷の治癒をしたり、呪いみたいに相手を内側から蝕むことも出来なくはない」

「呪い!? 怖っ!」

 急に物騒になった。内側から蝕むなんて、聞いただけで寒気がしてくる。

 多分、昨日までの僕なら笑って聞けただろうけど、魔法の存在を実感している今はもう笑えない。他人事じゃないからちゃんと怖い。

「大丈夫大丈夫。呪いなんてそう簡単にかけられるものじゃないからな」

 若干引き気味の僕を見て、エリックは笑って言った。

「ちなみに四元素に変換するのもめちゃくちゃムズイから、ユイトが練習するのはカノンと、同じく魔力を具現化して作るトーチカっていう盾だけな。魔力を具現化させるのは割と簡単だから、さっき言ったみたいに一週間あれば大丈夫だと思う」

 あ……、そう。

「ちなみになんで難しいの?」

「感覚が掴みにくいんだよ。それに対して魔力を具現化するのは感覚的に出来るからな。一番習得が早い」

 感覚が掴みくい、か。確かに、体内から魔力を出すっていうのはなんとなく想像出来るけれど、それを火とか水に変える方法は想像がつかない。

「まあ一応、練習しなくても変換できる方法はあるんだけどな……。悪いけど、俺は詳しくないから教えられない」

「えー、そうなの? ちょっと残念だな。でも、頑張ってカノンとトーチカ? は使えるように頑張るよ」

「俺もうまく教えられるように努力する。じゃあ、とりあえず魔法石を首にかけて」

 そうだった。

 僕は魔法石についている紐を持って首にかける。

「はい、次は何すればいい?」

「今ずっと魔法石が光ってるだろ? それって魔力が漏れてるってことだから、魔力が勝手に漏れないようにコントロールする方法を教えるぞ。今体内にある魔力は何ていうか、ふわふわした状態だから、それを固める感じ」

「なるほど、固める感じね…………ってそれで本当に分かると思って言ってる!?」

 つい大きな声になってしまった。でもその説明で理解できる人は皆無だろう。

 始まったばかりだけど、もう既に先が思いやられる……。果たして僕は本当に魔法が使えるようになるんだろうか。

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