第2話 提案と決断

 ひどく狼狽した様子のエリックは急に椅子から立ち上がると、僕の両肩を少し乱暴に掴む。

「ユイト! お前、魔法の才能があるぞ!!」

 魔法の才能……? なんだそれは。

 エリックの態度の豹変ぶりに僕は少々動揺を隠せないでいる。

「ちょっ、痛い。そんなに興奮すること?」

「ああ、悪い! でもこんな事があるなんて思わなかった!」

「それはそうだが一旦落ち着きなさい。ユイト君がびっくりしているだろう?」

 ルークさんにそう言われて、エリックは倒れた椅子をもとに戻して座り直す。

「……いいか? 魔法を使える人っていうのは本当に希少なんだよ。例えばこの村の中だと俺だけ……いや、今は俺とユイトの二人だけってことになるな」

「へー……」

 この村の人口がどの程度なのかは分からないけれど、とりあえず僕が珍しい才能を持っているということは理解した。でも、だからと言ってそこまで興奮することなのだろうか。

 そんなことを思っていると、次にエリックの口から出てきた言葉は衝撃的だった。

「だからさ、俺の仕事を手伝ってくれないか?」

「うん。……え? 今なんて?」

 あまりに突然の提案に思考が停止する。言葉は理解できるけど、その意味が脳に全く届かない。

「最近、魔獣が異常に増えているって話をしただろ? だけど、その原因はまだ分かってないんだよ。分かってることと言えば、北の村からその傾向が広まっているということだけでさ」

 うん……?

「だから俺は仕事の一環として、その原因を調査しようと思ってたんだよ。一人で行こうと思っていたから、もしユイトが協力してくれるならすっげー助かる」

 混乱していた僕の思考がようやく動き出す。

「いや無理無理! そんなの絶対無理だって!」

 というか、そんなこと急に言われて誰が受け入れられるのか。

「なんでだよ? お前は魔法が使えるんだぜ!? 短期間でも鍛えれば絶対に強くなれるって!」

「強いとか弱いとかそういう問題じゃないんだよ! 一緒に戦ってくれって、そんなこと……急に言われても困る」

「…………悪い。そうだよな……。興奮して冷静じゃなかった。今のことは……忘れてくれ」

 エリックは憮然ぶぜんとした表情を浮かべる。

 ……そんな顔しないで欲しい。僕が悪いみたいじゃないか。

 エリックは黙ってパンをかじる。

 僕も、それ以上は何も言わなかった。言えなかった。

 気まずい沈黙が流れる。その重圧は僕の味覚を押しつぶす。

 僕は残っていたパンとソーセージを、機械のように咀嚼し、飲み込む。僕は逃げるように階段を駆け上がった。


 僕はすっかり暗くなってしまった部屋でひとり考える。

 先程のエリックの顔が暗闇の中に浮かぶ。

 ……僕は断るべきではなかったのだろうか。でも、僕にそんな役割が務まるとは到底思えなかったのだ。自分のことを何も分かっていないような奴に頼む仕事ではないだろう。

 そもそも魔獣だとか魔法だとか、そんなことを急に言われてもあんまり実感がわかない。僕を巻き込まないで一人で勝手にやって欲しい。誰かを守るために戦おうなんて、僕はこれっぽっちも思わない。僕はエリックほど人間が出来ている訳ではないのだ。

 だけど…………。だけどそれとは別に、僕はこれからどうやって生きていくというのか。

 このまま何もせずルークさんのお世話になるなんてことは出来ない。生きるためには何かをしないといけない。だけど今の僕は、自分に何が出来るのかを知らない。

 そんな時、エリックは僕を求めた。それは、不安定な今を、安定に変える事の出来るチャンスだったんじゃないだろうか。

 もちろん、魔獣狩りなんて危なそうなことを僕は全くもってやりたくない。

 でも、今の僕に出来ることはそれしかないんじゃないか?

 この村で何とかして働き口を見つけるというのも一つの手ではあるだろう。でもこのままこの村に居たって何も変わらないと思う。

 僕は、僕という人間が誰なのかを知りたい。

 これは精神的な問題なのだ。自分が誰なのか分からないという、漠然とした不安と恐怖から解放されたい。一人で居るという状況が、とてつもなく怖い。

 もし調査のために色々な場所を訪れれば、おのずとなにか思い出すんじゃないかという淡い期待を胸に抱いてしまう。この恐怖から解放される近道なんじゃないか、そう思ってしまう。

 嫌だけど、やってみる価値はある。

 それが僕の出した結論であり決意だった。とんでもない決意だとは思うけれど、そもそも記憶がない時点で既にとんでもない状況なのだ。協力しようがしまいが殆ど変わらない、もうどうにでもなれの精神だ。そんな楽観的なことを思ってから僕は眠りについた。



「お、おはよ。ユイト」

「あ……、おはよう」

 昨夜のことをお互い気にしているせいで、ぎこちない挨拶を交わした。

 ぎこちなくとも、こうして誰かと話すという行動は、精神的孤独の恐怖を少しは和らげてくれる。

 朝食を食べていたエリックは何か言いたげだったが、その感情を押し殺しているように見えた。

 きっとエリックはこのまま何も言ってこないだろうから、僕の方から話を切り出すしかない。本当は向こうから聞いてほしかったけれど、昨日強く断った手前、それを求めるのは筋違いだろう。

「あ……あのさ、昨日言ってたことなんだけど」

「ん? どうした?」

「やっぱり、手伝ってもいいかなって思った」

 エリックは朝食を食べていた手を止めて、僕の方をまじまじと見た。

「マジで言ってる?」

「うん、真面目に言ってる」

「えっと、それは嬉しいけど……なんで急に?」

 あまり納得がいっていないようで、心から喜んでいるようには見えない。まあ、それは当たり前のことだろう。一日、いや一夜で意見を百八十度変えたら誰だって困惑する。

 僕は昨夜考えたことを簡潔にエリックに話した。僕に出来ることならやる、そう伝えた。

「ユイトがそう言ってくれて嬉しいよ。俺も昨日考えてたんだ、自分が誰かも分かっていないような奴に突拍子もないこと言ったなって。でも、言ってよかった」

 そう言ってエリックはニコっと笑う。

「それじゃあ最低限の魔法が使えるように練習しないとな。ま、魔法なんてほとんど感覚だからな。一週間くらいあれば多分行けんだろ」

 一週間って……。いくら何でも早すぎじゃないか? 魔法って……そんなものなの?

 僕の魔法に対するイメージが崩れさった瞬間であった。


「あ、あと魔獣のことについてもっと教えて欲しい。どのくらい被害があるのかとか」

「ああ、それはそうだな――」

 そう言ってエリックは魔獣の外見や特徴、その被害について事細かに説明してくれた。

 「ノア」というのが魔獣の通称だそうだ。ノアの見た目はかなり不気味で、光を反射することのない漆黒の体毛、異常な数の眼と脚は見ただけで不愉快になるらしい。一つ目だったり四つ目だったり、三本脚や六本脚など例を挙げればきりがないようだが、想像するだけで気持ち悪い。

 それに体の大きさもバラバラだそうだ。人の半分くらいの大きさの奴もいれば、倍以上の奴もいるらしい。

 加えて、眼や脚が多かったり、体が大きいノアほど強力で、戦うときに気をつけなければいけないとも言っていた。一度だけ六本脚のノアと戦ったことがあるそうだが、その時は本気で命の危機を感じたそうだ。

 次にノアの被害について。

 最初にノアの異常が確認されたのは約一ヶ月前、北の海沿いに位置するカガモワという村で起こったそうだ。

 貿易が盛んでそこそこ大きな村であったが、今までにない速度でノアが出現し続けたため一、二週間で住民全員が他の村に避難したらしい。そしてノアの増加はカガモワ村を起点に段々と広がっていったのだと。

 そこまで説明された所で、僕が昨日ルークさんに聞かれた質問の意味を理解した。「どこから逃げてきた?」という質問はきっと、ノアの被害がどれほど広がっているかを把握するためのものだったのだろう。

「――と、まあこんな感じだ。他になにか聞きたいことはあるか?」

「多分、大丈夫」

「よしじゃあユイトも飯食って、そっから魔法の練習だ。昨日の今日で悪いけど、あんまり時間がある訳じゃないんだよな。事態は急を要するっていうか、原因を特定するのは早いほうがいい」

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