ラブコメ短編集

としぞう

失恋の傷に幼馴染のお姉さんが優しく塩を塗り込んでくる

――ごめんなさい、裕哉(ひろや)のこと、そういう風に見れなくて……。


 それが俺の人生初告白への回答だった。


 めでたく高2の春、俺は告白童貞を捨て、告白成功率0割バッターへと転向を果たした。未だ彼女いない歴=年齢は継続中だ。


 正直成功すると思ってた。周りもイケるイケると背を押してくれていたし、俺だってある程度成功のイメージが見えたからこそ行った。

 けれど、現実というのは厳しい! 俺が特別仲が良いと思っていた彼女は、まぁ実際に特別仲良くあったんだけれど、それは異性ってより家族という感覚だったらしい。


 なんたって、俺が告白したのは、幼稚園に入る前からずっと一緒にいた幼馴染だったのだから。


「あーっ!!!」


 思い出すだけでツラくなる。あの時の彼女の「信じられない……」という顔が脳裏に浮かんで、俺はただひたすら布団に頭を突っ込んで叫び続けていた。近所迷惑対策、大事。


「裕哉」


「っ!? お、お母様!?」


「なによ、お母様って」


 いつの間にかマイルームにお母上が降臨していた。いつの間にったらいつの間にだ。


「仕事じゃないんですか……?」


「今日は休み。これから出かけるけどね。あぁ、明日の夜まで帰ってこないから食事とかは適当にやって」


 ちぇっ、息子が失恋の傷に嘆き喘いでいるというのになんとも優しくない限りだ。

 いや、いくら母親でも息子の失恋を知っていたら嫌だけど。


「それと、おばあちゃんちからジャガイモ届いたから、深山(みやま)さんちにもお裾分けお願い」


「ええっ!?」


「別にいいでしょ。お隣さんだし、幼馴染じゃない」


「いや、だから――」


「だから?」


「いや……なんでもない」


 つい昨日、その幼馴染に告白してフラれたなんて言える筈もなく、抵抗して察されるのも怖くて、俺は情けなく頷くしかなかった。



◆◆◆



 嫌なことは最初に済ませろ。それが我が家の家訓だ。

 

 昨日の今日で幼馴染に会いに行くのはなんとも精神を削られる行為であるが、喉元を過ぎなければ熱さを忘れることもできない。

 母の言いつけを無視していても、明日にはジャガイモいっぱいの段ボールが見つかり、怒られ、会いに行くハメになるのだから。

 失恋の痛みを引きずって届けに行くのを渋ったと知られると実にダサい。


 そんな様々な方向から自身を鼓舞し、俺は立ち上がった。


 そして玄関に置かれたジャガイモ入りの段ボールをよっこらせと持ち上げ、家を出た。


「暑ぃ……」


 まだ梅雨が明けたばかりだというのに、真夏のように照りつける太陽に辟易しつつ、隣の家へ。

 このクソ暑い中、件の幼馴染の家が同じマンションの同じ階のお隣さんというのは数少ない救いだ。


「…………」


 一瞬、インターフォンを押すのに躊躇した俺だったが、暑いし、ジャガイモは重いし、待っていても解決しないしと、様々なネガティブに背中を押され、そのボタンを指で押す。


「はーい!」


 扉の向こうから声。

 若い女の人のものだが、幼馴染のものとはちょっと違う。彼女は――


「あ、ひーくんじゃん」


「香奈さん……こんにちは」


「こんにちはって、まだ10時だよ。10時だったらおはようございますでしょ」


 ケラケラと笑う彼女はキャミソールにショートパンツというザ・部屋着姿だった。


 深山加奈――俺が告白した幼馴染の実の姉だ。今は社会人2年目だったかの、年の差6年のお姉さんである。

 一応彼女も幼馴染になるんだろうけど、俺が赤ん坊だった時にはもう小学校に入るくらいだった彼女を幼馴染と呼ぶのは少し抵抗があった。


「それ、ジャガイモ?」


「はい。母方の祖母から送られてきて」


「うはー、大量だねぇ! あ、ほら、上がって上がって」


「いや、でも――」


「ひーくん、もしかしてこのあたしの細腕にそれ運ばせるつもり? おねーさん悲しいなぁ。ずっと可愛がっていた男の子がこんなに冷たくなっちゃってさぁ」


「う……分かったよ。お邪魔します……」


「はいっ、どーぞどーぞ」


 本当は幼馴染の家になんて上がりたくなかったが、香奈さんには逆らえない。

 もしも出くわしたらと思うと気が気でなかったけれど――


「ああ、ちなみに妹は出掛けてるよ」


「え?」


「ふふん、気になってたんでしょ」


 香奈さんは見透かすようにニヤッと微笑む。


 俺はこの大人の余裕みたいなものが昔から苦手だった。

 本当に心を読まれているみたいに、香奈さんは俺のことを察し、からかってくるのだ。


「よいしょっと」


「なぁに、オッサンぽー」


 キッチンに段ボールを置いた俺の言葉一つ拾い上げてはケラケラと笑う香奈さん。こういうところは子どもっぽい。


「じゃあ、香奈さん。俺はこれで――」


「ちょっちまっちー」


「ぐぅっ!?」


 さっさと帰ろうと踵を返すと、襟首を掴まれ強制的に止められてしまう。


「こんなにジャガイモ置いてかれてもさ、困っちゃうじゃん?」


「運ばせといて……」


「だからなんか作ってよ」


「香奈さんがやればいいじゃん」


「あたし料理とかできないもん。あっ、あたしアレがいいなー。ニャッキだっけ?」


「ニョッキのこと?」


「どっちでもいいけど、そんな感じのやつ!」


 ニョッキってあれだよな、ジャガイモを潰して丸く捏ねてパスタみたいにするやつ……


「はいっ、レッツクッキン!」


「はーい……」


 やっぱり俺は香奈さんには逆らえないのだ。



◆◆◆



「そーいえばさー」


 ジャガイモをレンジで温め、小麦粉や片栗粉と一緒に捏ね繰り回すのを眺めつつ、不意に香奈さんが口を開いた。


「ひーくん、うちの妹にフラれたんだってー?」


「ブッ!!?」


「わっ、凄い唾。ジャガイモ、ビニールに入れててよかったねぇ」


 ニヤニヤと笑いつつ、背後から抱き着くように体重を預けてくる香奈さん。

 大人らしい柔らかな膨らみが背中を押してくるが、正直それも味わえないくらい、俺は彼女の言ったことに動揺していた。


「ど、どうしてそれを……!?」


「聞いたから」


 まぁ、予想はできたけれど……誰からなんて聞くまでもないだろうけど!


「可哀想だねー、可哀想なひーくん。失恋の痛みはまだ癒えないかい?」


「う、ぐぅ……香奈さん、酔ってます?」


「お酒は飲んでないよ? まだ、ね!」


 まだ、ということはこれから飲む予定はあったということか。社会人って……


「それよりもお姉さんは若い現役高校生の甘酸っぱい恋愛話を聞きたいなぁ」


「もしかして……最初からそれが目的でした?」


「んふふ」


 やはり、そういうことらしい。

 香奈さんは女性らしい甘い香りを漂わせつつ、妖しく誘惑するように笑っていた。


「ねぇ、ひーくん。ひーくんはうちの妹が好きだったんだー?」


「そ、そうですよ。悪いですか」


「本当に?」


「え?」


 どこか彼女の声色が変わった気がした。

 気のせいといわれれば気のせいかもしれない。けれど、どこか甘さが抜け、逆に苦みが増したような、そんな感じが――


「本当にひーくん、好きだったの?」


「う……す、好きでしたよ……!」


 何故、フラれた後にその姉に改めて想いを伝えなければいけないのか。

 けれど、言わなきゃ開放してくれない感じがして――うう、また失恋の痛みが……


「あいつとはずっと一緒だったし、だから――」


「それはさぁ、家族的な好きとは違うの?」


「ち、違いますよ! だって、だって俺は……」

「結婚する約束を子どもの頃にしてたし……って?」

「うっ!!」


 確かに、俺は子どもの頃、将来大きくなったら結婚しようという、漫画さながらの約束を幼馴染と交わした。

 もちろん、子どもの言っていることだ。本気にする方が難しいかもしれないが――


「それさぁ、本当に妹とした約束だったのかなぁ?」


「……え?」


「それ、そろそろいいんじゃない?」


 その言葉の意味が分からず、つい聞き返す俺に対し、香奈さんは露骨に話を逸らしてくる。

 彼女の言う通り、ジャガイモはもう十二分に捏ねられていた。


「楽しみだなぁ、ニャッキ」


「――だからニョッキですって」


 やっぱり、香奈さんは苦手だ。

 飄々として、6歳も年上のくせに子どもっぽい無邪気さを出して、人のまだカサブタもできていない傷にぐりぐりと塩を塗り込んでくるのだから。



◆◆◆



「んー! 美味しーっ! 天才だよ、ひーくん! お店出せるよー!」


「出せませんよ」


 有り合わせでクリームソースを添えたニョッキは、まぁまぁ及第点といった味だった。そりゃあスマホで調べたレシピ通りだし、特別感動もない。


「んー? もしかして、怒ってる?」


「怒ってませんけど……」


「えー? 怒ってるでしょ」


 パクパクとニョッキを口に運びつつ、無邪気に笑う香奈さん。この笑顔がやっぱり怖い。


「さてはひーくん、恥ずかしいんだなぁ?」


「そりゃあ恥ずかしいですよ。失恋したなんて……」


「うーん、だとしたらお姉さん、悪いことしちゃったかなぁ?」


 絶対そんなこと思ってないだろ……という思考が視線に現れていたのかもしれない、香奈さんは俺を見て、悪戯を思いついた子どものようにニンマリと悪い笑顔を浮かべた。この人、笑顔にどんだけバリエーション持ってんだよ……。


「でもさ、恥ずかしいって思うってことは、相当自信があったってことだよね?」


「え」


「だって失敗するはずないって気持ちが大きくなかったら、恥ずかしくならないもん。駄目で元々ってわけじゃなかったんでしょ?」


 グサッ!

 俺のハートにその口撃は効くぞ……!?


「成功して当たり前だったから恥ずかしいんだよね? うちの妹ならイケるって」

「う、ぐ、うぅ……!?」


 まったくその通りだ。香奈さんの言葉は一切的を外れることなく、ど真ん中を超速ストレートでぶち抜いてくる。

 俺はイケると思っていた。そう確信していた。そしてフラれた。そりゃあ恥ずかしいよ。穴があったら入りたいよ。


「でもさぁ、そんな打算混じりで、いざフラれたら恥ずかしいなんて思っちゃって――それで本当に好きだったって言えるのかな。好きだったらもっとさ、悔しいとか、悲しいとか、そういう方向に行くんじゃない?」


 言葉も出なかった。

 俺が気が付かない――いや、直視しようとしなかった醜い感情をズバズバと言い当ててくる。

 その口調はどこか優しくて、暖かいけれど、やってることはただただ俺の傷に塩を業務用レベルの量塗り込んできていた。傷口に塩釜作るの? ってくらい塗り込んでくる……!


「ああ、ごめんね。傷つけるつもりはなかったの」


「いや、嘘でしょ……」


「うん、嘘」


 あ、認めるんだ。

 俺のような年下を揶揄って楽しいのか、香奈さんは実につやつやした良い表情を浮かべている。

 社会人ってストレスが溜まるっていうし、俺は体のいいサンドバッグにされたってことか……


 がくんとテーブルに項垂れる俺を見て、香奈さんは「あら」なんてすっとぼけた声を上げた。

 妹にフラれ、姉にはそれを弄られる――まぁ、これで逆に吹っ切れられるかもな。これ以上落ちることはないだろう。


 そんな風に思い、滲み出てきそうになる涙を必死に堪えていると、スタスタと足音が聞こえてきた。

 香奈さんが立ち上がり、こちらに歩いてきている音――どあっ!?


 香奈さんは先ほどと同じく、背中から俺を抱きしめるように体を寄せてきていた。

 いや、先ほどとはちょっと違う。俺が伏せている分、香奈さんが乗っかる形になって、余計に感触が――っていうか、この感じ、もしかしなくても香奈さん、ノーブr……いやいやいやいや!!


「ごめんね、お姉さん、からかいすぎちゃったみたい。お姉さんもね、ちょっと嫌なことがあったの」


「い、いえ、全然……あはは、社会人も大変ですよねー……?」


「今はお姉さんのことはいいの。あっ、そうだ! ひーくんの傷に塩塗っちゃった分さ――」


 香奈さんの吐息が耳に当たる。

 それが妙に熱く、くすぐったく、俺は反射的に逃れようと身を捩るが、彼女はがっちりと俺の身体をホールドして逃がしてはくれない。


「大好きだよ」


「ッ――!!!?」


「あはは。塩ならぬ、砂糖!」


 う、わぁ……告白されたかと思った。いやいや、ないないない!

 あの香奈さんが俺なんかにいきなり告白するもんか!


 香奈さんはもの凄い美人で、面白くて、誰とでも仲良くなれて、要領も良くて――俺からしたら憧れの人だ。テレビの向こうのタレントくらいに遠い。

 そんな人がいきなり告白なんてしてくるか! もっと現実を見ろ、俺!!


「昔なんかで見たけどさ、傷口には砂糖を塗ると治りが早くなるらしいよ? だから、たっぷり砂糖塗り込んであげる」


 そんな、悶々とする俺のことなんか気が付かないように、香奈さんはまた俺の耳元で――


「好き」

「大好き」

「食べちゃいたい」

「愛してる」

「結婚しよ?」


 何度も、何度も、そんな甘い嘘を吐き続けた。


「か、香奈さん……!?」

「ねぇ、ひーくん……昔、幼馴染と結婚する約束、したんだよね?」


 “幼馴染”という、何故か形式ばった言い方に少し引っ掛かりつつも、すっかり香奈さんの甘い言葉で熱された俺はただ頷くことしかできない。


 そんな俺に、香奈さんは余計に腕に力を込め、もう完全に、思いきり抱き締める形で、


「あの約束――まだ時効じゃないよ」


 そう、今までで一番甘く、とろけるように囁いた。


「……え?」


 思わず首を捻り彼女の方を見る俺。


 当然耳元で囁いていたのだから、香奈さんの綺麗な顔がすぐ近くにあって――


「ッ――!! い、いきなり見ちゃ駄目っ!!?」


 香奈さんはそう首元まで真っ赤にし、目にうっすら涙を浮かべながら叫ぶのだった。

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