第135話 証人集め
1
頭の上で花火が咲き乱れる。その度に辺りから歓声が上がり、夏の夜を盛り上げていく。
「綺麗だなー」
うちわを扇ぎながら、眞昼は空を見上げた。普段は活発な彼女も、うちわを片手に浴衣を着ている姿は艶やかで絵になっている。コーラの缶に口を付ける様も、いつもより色っぽい気がする。
「ああ、綺麗だ」
「勇にぃ、今眞昼のこと見ながら言わなかった?」
未夜がじろりとこちらを睨む。
「ああ? ばっか、そんなことあるか」
「ふーん、あたし綺麗じゃないんだ」
そう言って眞昼は俯いてしまった。
「いや、そういう意味じゃなくてな。みんな浴衣が似合ってて綺麗だぞ」
「くくく、からかってみただけだよ」
眞昼は笑いを堪えるように口元をうちわで隠した。
「この野郎……」
一杯食わされ、俺は顔が熱くなる。
「勇にぃ、はい」
朝華がお酌をしてくれた。とっとっと、とビールが泡を押し上げながら注がれていく。
「サンキュー」
絶えず鳴り響く痛快な破裂音。盛大に開花した夜の花は、ぱらぱらと淡い光になって散らばり、また新しい花火によって上書きされる。
「未夜、垂れてる垂れてる」
眞昼が声を飛ばす。未夜の持っていたアイスが溶けていたのだ。それに気づかないほど花火に夢中になっていたらしい。
「わわっ……セーフ」
未夜は急いで垂れたところを舐め取った。
「未夜ちゃんも何か飲む?」
「ん、じゃあ麦茶」
「はい。そうだ、勇にぃ、ちょっといいですか?」
打ち上げ花火の第一陣が終わったところで朝華が切り出した。なんだか神妙な面持ちである。
「ん?」
「実はさっき二人には話したんですけど」
未夜に麦茶の缶を渡すと、朝華は俺の横にちょこんと座った。
「なんだなんだ、改まって」
「いえ、そんな真面目な話じゃないんです。来週辺りで、うちの別荘に遊びに行きませんか?」
来週、八月の最終週だ。
「いいけど。あっ、湘南のとこか?」
「はい。夏休みもあと少しですし、みんなで思い出作りをしたくて」
「そりゃいいな」
海の見える別荘で夏の最後の思い出作りか。前に朝華に会いに訪れたのはもうひと月以上前だったな。あの時はさわやかな初夏だったが、夏のピークでは趣も異なるだろう。
「そういや、まだ四人で海には行ってなかったな」
キャンプ、プール、登山に夏祭りと、夏を遊びつくしたと思っていたが、まだ真打ちが残っていた。
夏といえば海、海といえば夏。
「いいじゃんか」
「あそこの海、ちょー綺麗なんだよねぇ」と未夜。
「勇にぃは前に行ったことあったんだっけ?」
眞昼が聞く。
「ああ。夏休み前に朝華に会いに行った時な。その時は華吉さんも一緒で――」
「別荘? 私も行きたいー」
と、そこへ未空が割り込んできた。
水風船合戦は終わったらしく、びしょ濡れのTシャツ姿である。
「ちょっ、未空、濡れてるままじゃん」
「いいじゃん、どうせすぐ乾くし。それより、朝華ちゃん、私も行きたい」
「いいよ。未空ちゃんも来る?」
「え、いいの?」と未夜が眉をひそめる。
「わーい」
「いいよー、未空はうるさいだけだし」
「うるさいのはおねぇでしょ」
「なんですって」
「まあまあ、未夜ちゃん。未空ちゃんだけじゃなくて、おじさんとおばさんもお誘いする予定だったし」
「え!? お父さんとお母さんも?」
「うん、眞昼ちゃんのところはどう?」
「うち? うちはどうかなー」
なんだなんだ? てっきり、キャンプの時のように四人だけだと思ったが、だいぶ人数を集めるつもりのようだ。
「朝華、俺たちだけじゃないのか?」
「はい。勇にぃのところも、おじさんとおばさんをぜひ」
「うちの父さんと母さんもか?」
「はい。大勢で集まった方が楽しいですから」
これはまた大所帯になりそうだ。あの別荘は大きかったので、人数的な問題はないとは思うが。
「ねーねー、朝華ちゃん、龍姫と芽衣も呼んでいい?」
「こらっ、未空、調子に乗るんじゃ――」
「いいよ」と朝華は二つ返事でオーケーする。
「わーい」
未空はばんざいをし、龍姫と芽衣の下へ駆けていく。
「い、いいの? 朝華?」
未夜は困惑した顔を作る。
「うん」
朝華はにこやかに微笑みを返した。
「まあ、朝華がいいなら私もいいんだけど」
「あとでおじさんとおばさんにも相談してみてね」
「うん、分かった」
「おっ、始まったよー」
眞昼が声を上げた。
再び空に花火が描かれる。
第二陣が始まった。
2
「いやぁ、疲れたぁ」
疲れ顔の光がやってきた。
「下村、お疲れだな」
「もう今日は朝からあっちこっち回ってくたくただよ」
光の父は町内会長を務めており、光も今回の祭りの運営側として各出店の手伝いや打ち上げ花火の準備など、大忙しだったという。
「大変だったな」
「大変なんてもんじゃないって。この後ビンゴ大会の司会もやんなきゃだし」
「光さん、ビールでいいですか?」
朝華が俺と光の間に割って入り、コップを光に手渡した。
「朝華ちゃんありがとー」
注がれたビールを一息に飲み干す。
「ぷはぁ、女子高生にお酌してもらえるなんて最高だねぇ」
「おっさん臭ぇぞ」
「うるさい、有月くん」
「うふふ」
朝華は二杯目を注ぐ。
「ねぇねぇ、ママ」と龍姫が光に飛びつく。
「わっ、どうしたの龍姫……って、なんでそんな水で濡れてるの!」
「えへへ、さっき水風船合戦してた」
「全くもう。ちゃんと片づけた?」
「片づけたよー。あのね、朝華ちゃんがね」
と、別荘の招待の件について話題にあげる。
「それで、私と未空と芽衣も行っていいって」
「ええ、そんな悪いよ朝華ちゃん」
「いいんです。よろしければ、光さんもどうですか?」
「私も?」
「人数は多い方が楽しいですから」
「えー、うーん」
二杯目を飲みながら、光は悩むそぶりを見せる。
「ねー、いいでしょー」
龍姫が母親の肩を揺さぶる。その後ろで、未空と芽衣はSwi〇chで遊んでいた。
「はぁ!? なんでそこできゅうしょにあたるわけ?」
「へっへ~。あと一匹ぃ」
少し離れたところでは母と父が太一未来夫婦と歓談をしながら酒を飲み交わしていた。
各所がわいわいと賑わっていて、こういう一体感のある喧騒はなんだか居心地がいい。
「なぁなぁ、バーベキューしようぜ」
眞昼が言う。
「水着も持ってこうね」
未夜が言った。
「あとでみんなの都合がいい日を教えてね」
朝華は穏やかな笑みを浮かべた。
夏の最後にみんなで海辺の別荘に小旅行か。
これはいい思い出になりそうだ。
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