第127話 心のブレーキ
1
初めて彼女たちを目にしたのは、中学三年のゴールデンウィークだった。
あれは祖父母の家に帰省し、親戚が営む喫茶店に遊びに行った時のこと。
壁際の席で漫画を読みながらうとうとしていた夕陽は呼び鈴の音に反応し、反射的に入口に目を向けた。
その瞬間、後頭部をトンカチで殴られたような鋭い衝撃が走り、夕陽は一気に眠気が吹き飛んだ。いや別に痛いっていうことじゃなくて、衝撃の度合いの話なんだから。
「……」
そこには二人の美少女がいたのだ。
「おばさん、コーラね」
「私はアイスコーヒーで」
「はいはーい」
一人は背の高い黒髪ボーイッシュ美少女で、すごく胸が大きかった。もう一人は清楚な感じの茶髪の美少女で、こちらも胸が大きい。
二人は手を繋ぎながらカウンター席に向かっていく。
芸能人? それともモデル?
二人の放つオーラは圧倒的で、夕陽はあっという間に心を奪われてしまった。 その可愛さもさることながら、二人の親密な様子に夕陽は胸の高鳴りを抑えきれない。
二人は付き合っているのかな。ただの友達っていうには、ちょっと距離感が近い気がする。
店に入って来た時も手を繋いでいたし、さっき飲み物をシェアしてもいたし……
百合センサーにビビっときた。
あの二人の表情は、ただの友達という関係ではない。より親密で、強い絆で結ばれていると推測する。
これはもしかするともしかするかもしれない。
*
子供の頃から女の子が好きだった。
男と違って優しいし、可愛いし、柔らかくて温かい。一緒にいると心がふわふわとするのだ。
ただ、この気持ちはできるだけ隠しておかないといけない。普通ではないことは理解している。
夕陽はやりたいことや欲しいものに一切妥協はしない女だけど、こればかりは相手の気持ちも考えないといけないことだから……
でもいい。
美しい花を見て癒されるように、女の子が仲良くしている様子を眺めるだけで心が満たされるのだから。
「眞昼、明日部活だっけ?」
「そうそう。でも午前だけだから――」
ここの常連だろうか。
有月の伯父さん伯母さんとも仲がよさそうだ。
二人が帰った後で、夕陽は伯母さんに聞いてみた。
「あの二人? 未夜ちゃんと眞昼ちゃんよ。うちに昔から通ってくれてるの」
「高校生なの?」
「そう。北高よ。上の方にある、大きな学校」
「何年生?」
「二人とも一年生よ」
夕陽の一個上か。
ということは、来年夕陽が入学してもまだ在籍している……
「ふーん。あの二人って彼氏とかいるの?」
夕陽は何気ないふうを装い、聞いてみる。
「彼氏? いや、いないと思うけど……え? なんでそんなこと聞くの?」
「いや、別に」
あれだけの美貌を持つ現役女子高生に男がいないはずがない。それこそ、エサに群がる蟻のように男が集まってくるはず。それなのに彼氏を作らないということは……やっぱり、そういうことなんじゃない?
「夕陽ちゃんも来年は高校生でしょ?」
「うん」
「行きたいところは決まってるの?」
「……うん、今決まった」
「へ?」
高校なんて、どこに行ったって一緒でしょ。別に地元の高校に通わないといけない決まりなんてない。
こうして、私は志望校を決めた。
2
「うぅ、頭痛い」
「おえ……おえ」
「み、水ぅ」
午前七時。
台所周辺で二日酔いになった親戚たちがゾンビのように徘徊している。昨夜は深夜まで宴会が続いていたからな。
懐かしい光景だ。
そんな中で、母は一人だけしゃっきりしており、みんなの介抱をしながら祖母と朝食を作っていた。
俺は庭を散歩しながら起き抜けの体を目覚めさせる。俺は早々に酒は切り上げたので、全くアルコールは残っていない。
やはり酒は適量をたしなむのが一番だ。
「うーん」
いい天気だ。朝食の前にドライブにでも行ってこようかな。駐車場の方へ向かうと、玄関から夕陽が出てきた。
黒いTシャツにデニムの短パン。頭には黒いキャップを被っており、活動的な服装だ。
「やあ、夕陽ちゃん、おはよう」
「なんだ、勇か。おはよう」
夕陽はナチュラルに俺を呼び捨てにした。昔もそうだったから気にはならないが。
「どこか出かけるの?」
「ん、ちょっとコンビニにね」
そう言って脇に停めてあったママチャリにまたがる。こんなだだっぴろい高原ではコンビニに行くにしても「ちょっと」という距離ではないだろう。ちょうどドライブに行こうと思っていたところだ。
「へぇ、じゃあ送ってってあげるよ」
「いいよ、別に」
「いいからいいから。遠いだろ?」
「うーん」
夕陽は少し悩んだ顔を見せたが、すぐに自転車のスタンドを立てた。
「夕陽は車酔いしやすいから、安全運転でお願いね」
「おっけー」
助手席に夕陽を乗せ、シビックを走らせた。
3
そういえば、勇って有月家――すなわち、〈ムーンナイトテラス〉の人間なんだよね。
ってことは、未夜や眞昼はあの店の常連だから、当然、店員として二人の対応をすることもあるわけで……
はっ!
二人の可愛さによからぬ感情を抱いて、店員と客以上の関係になろうとするかもしれない。
男ってのは女子高生が好きで好きでたまらないやつばっかりなんだから。
あんな可愛い女子高生と接する機会があれば、誰だってお近づきになろうとするに決まってる。
夕陽が北高に入学してからも、あの二人が彼氏を作ることはなかった。というより、意図的に男を避けているようにも見えた。
やっぱりあの二人はそういう関係なんだと思う。
あの二人に近づく男は許さないんだから。
勇が変な気を起こす前に釘を刺しておかないと。
*
夕陽がじろりとこちらを見る。
「勇さぁ」
「ん?」
「彼女いるの?」
「い、いや、いないけど」
「やっぱり」
やっぱりとはなんだ!
「分かってると思うけどさぁ、勇ってもうアラサーなわけでしょ?」
「まあ」
「おっさんが女子高生に手を出すのって犯罪なんだからね」
「は?」
いきなり何を言うんだ。
もしかして今の状況が下心丸出しだと思われたのか?
親戚であることを理由に若い女に近づくスケベ親父みたいに思われたのだろうか。先日の覗き事件(誤解)のこともあるし、俺にその気はなくとも夕陽はそう感じたのかもしれない。
「いや、その、別に夕陽ちゃん、そういうわけでは――」
「別に夕陽に限った話じゃないよ。例えば、お店のお客さんとかでも女子高生来るでしょ?」
「あー。まあ、来るには来るけど」
未夜たちを筆頭に〈ムーンナイトテラス〉学校帰りの高校生のお客も多い。
「そういう娘たちに手を出したら、それこそ本当に警察のお世話になっちゃうんだからね。気を付けないと」
「ああ、うん」
俺みたいなおっさんを女子高生が恋愛対象にするとも思えないが、言っていることは正しい。しかしながら、お客としてやって来た女子高生をナンパする勇気は俺にはないので、たぶん大丈夫だと思うが。
やがてコンビニに到着した。俺は缶コーヒーを買い、先に車に戻った。
「ふう」
先ほど夕陽に言われたことがなぜか頭から離れない。
女子高生に手を出すのは犯罪、か。
そんなこと、俺だって分かってるさ。
飲みなれたコーヒーが、やけに苦く感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます