第124話 開店! クソガキマート
1
日曜日。
鼠色の雲が空を覆い、少し冷たい風が吹いている。せっかくの休日だが、こんな天気では外に出る気は起きないな。今日は家の中でじっとしていよう。
そんな決心をした途端、眞昼がやってきた。さすがの眞昼も今日は長袖長ズボンだ。
「なんだ、今日はお前一人か?」
「違う。勇にぃ。今日は未夜の家で遊ぶぞ」
どうやら俺を呼びに来たらしい。外でないのが幸いだ。
眞昼に手を引かれ、隣の春山家へ向かう。
やはり寒い。だんだんと冬に近づいている。
「おお、さびぃな」
「全然寒くないぞ」
「ほれ」
眞昼の首筋に手を当てる。
「ひゃっ」
びくっと体を震わせ、眞昼は飛び上がった。
「はっはっは。冷たいだろ」
「もう馬鹿」
眞昼にぽかぽかと叩かれながら春山家へ入る。
「いらっしゃい、勇くん」
「お邪魔します」
未来に挨拶をし、未夜の部屋へ。
そこには――
「連れてきたぞ」
「なんだぁ、おめぇら」
「勇にぃ、よく来たな」
ひっくり返した段ボール箱の向こうで未夜が言う。
「勇にぃ、いっぱい買ってください」
少し離れたところにもひっくり返した段ボール箱があり、朝華がその奥にいる。
「なにやってんだお前ら」
「はい、勇にぃこれ」
眞昼は紙の束を俺に渡すと、同じように段ボールの奥に移動した。都合三つの段ボールが三角形を作っている。それぞれ、箱の上に折り紙で作った作品(?)を並べていた。
眞昼に貰った紙の束に目を通す。長方形に切り取られた厚紙には子供っぽい字で「千円」と書かれている。
中には丸く切った紙もあり、これは硬貨のようだ。
床には折り紙や厚紙の残骸、セロハンテープにはさみ、色鉛筆などが雑多に放置され、工作作業の跡が窺える。
ああ、なるほど。
「おみせやさんごっこだよ」
「おみせやさんごっこだぞ」
「おみせやさんごっこです」
そういうことか。
2
「いらっしゃい、安いよ安いよ」
未夜が手を叩いて鳴らす。
未夜の店はデザート屋のようだ。
折り紙で作ったフルーツ、板チョコなどが無造作に並んでいる。プリンの空き容器を使ったパフェなど、凝った作りの商品もあった。
「これはなんだ?」
黄色い折り紙が円錐状に巻かれている。
「これ? これはソフトクリームだよ」
そう言って未夜は円錐を逆さに持ち、くしゃくしゃにしたティッシュを上に乗せた。なるほど、折り紙部分がコーンでティッシュがアイスか。
「おお、考えたな」
「千円になりまーす」
「なに!?」
なんという強気な価格設定だ。
俺はしぶしぶ千円を払う。
「ありがとうございましたー」
次は眞昼の店を見てみよう。
「これは……ハンバーガーか?」
拙い字で書かれたメニュー表が箱の上に置かれていた。
「へいっ、らっしゃい。お客さん、注文は?」
「なんだそのキャラは……えっと、じゃあこの『まひるバーガー』で」
「あいよ」
眞昼は景気のいい返事をし、バンズを取り出す。
「今から作るのか?」
「うちは出来立てしか出してないんでね」
このバンズ、折り紙で作ったにしてはやけにふっくらしてるな。そこに茶色い折り紙製のハンバーグ――これもふっくらしている――を置き、赤、黄、緑の折り紙を重ねる。最後にバンズを乗せ、これで完成のようだ。
「へい、お待ち。二千円になりやす」
「なんだと!?」
相場の二十倍はするぞ。
「ほれ」
俺はなぜかあった三千円札を渡してみる。
「なんだよ三千円札って……普通は二千円札だろ」
「二千円札なんかないぞ」
「それがあるんだよ、俺も現物を見たことはねぇけど」
「はい、えーと……おつり千円」
「よく計算できたな」
「これくらいできるし」
千円札とまひるバーガーを受け取る。
赤、黄、緑の折り紙はそれぞれトマト、チーズ、レタスを表しているらしい。
「……あっ、そういうことか」
バンズと肉は中にティッシュが詰めてあった。なるほど、これなら形も崩れないし手で持ってもへこまない。
子供のくせになかなか考えるじゃないか。
「勇にぃ、こっちも来てください」
朝華に呼ばれ、俺はそちらに足を向ける。
「朝華は何屋さんなんだ?」
「えへへ、お花屋さんです」
丁寧に折られた、色とりどりの花。チューリップに薔薇、ひまわりなど、難易度の高そうなものばかりだが、しわ一つなく綺麗な仕上がりだ。
特に薔薇は立体的で、緑色の折り紙を細長く巻いた茎まで付いている。
「朝華は手先が器用だな。じゃあこの薔薇を貰おうかな」
「五千円になります」
「なにをっ!?」
薔薇の相場はよく分からんが、ぼられていることだけはたしかだ。俺はしぶしぶ五千円札を渡す。
「ありがとうございましたぁ」
「勇にぃ、こっちにも来て」
「あたしのとこも新商品出したぞ」
「分かった分かった、順番に行くから待ってろ」
そうしてクソガキ共の店で法外な料金をふんだくられ続けること十数分。
「あっ、もう金がねぇぞ」
資金が尽きた。
*
「全く勇にぃは、無駄遣いするからそうなるんだよ」
未夜が呆れたようにため息をつく。
「でもお金がないとおみせやさんごっこ続けられないよ」
朝華が不安そうに言った。
「しょうがない、お金づくりするか」
眞昼がはさみを持つ。
「ちょっと待て、お前ら」
「なに?」
「なんだ?」
「なんですか?」
「別に金は作らなくていいぞ。それよりちょっと、そうだな、十五分くらい待ってろ」
俺はそう言って未夜の部屋を飛び出し、我が家へ帰還した。 父も母も忙しそうに働いている。そんな二人をしり目に、俺はキッチンに忍び込み、目的のものを探した。
「おっ、あった、あった」
3
「あっ、勇にぃが戻って来た。はい勇にぃ、お小遣い」
「結局お金作ったのか。いいよ、それはお前らの小遣いにしとけ」
「へ?」
「勇にぃ、なんですかそれ?」
「ふっふっふ、この段ボール借りるぞ」
未夜の部屋に戻り、俺は未使用の段ボールを拝借する。
隅の空いているスペースに陣取り、逆さにした段ボールの上に商品を置く。
「おらお前ら、有月マート開店だ」
「わっ、鉄砲だ」
「かっけぇ」
「勇にぃが作ったんですか?」
「うちの自信作だぞ」
昔懐かしい割り箸鉄砲である。
「いくらいくら?」
未夜がはしゃぐ。
「そうだな、千円でいいぞ」
「買った!」
「あたしも」
「私も欲しいです」
「ほれ」
三人に割り箸鉄砲を売りさばく。
「ねぇ、これどうやって撃つの?」
「ここに輪ゴムをひっかけて、ここまで伸ばして、ここにひっかけるんだ。あっ、人に向けて撃つなよ」
「はーい」
「はーい」
「はーい」
ぺしぺしと輪ゴムが宙を飛び交う。
「面白ーい」
「あー、お前ら、有月マートではこんなサービスもやってるんだなぁ」
俺は折り紙を切って作った的を壁に貼り付ける。
「射的ですか?」
「この赤いハートに当たったら一万円、黄色い星は五千円、緑の三角と青い四角は千円だ」
「やるやる」
「参加料は千円で、三回撃てる。撃つのはベッドの上からな」
「よし、一発で当てちゃうもんね」
「誰が一番最初に当てるか勝負だ」
「うー……難しそう」
クソガキ共は射的に夢中になったが、そう簡単に大当たりなど出るはずがない。
さんざん俺から搾り取りやがって。クソガキ共め、巻き上げてやるぞ。
くっくっく。
俺は再び家に戻り、材料を調達する。
「だめだぁ、全然当たんねぇ」
「眞昼ちゃん、もうちょっと上を狙った方がいいんじゃない?」
やはりというか、大当たりはまだ出ない。
「あー、お前ら、有月マートは新商品を出したんだが」
「わっ、おっきい銃だ」
未夜が叫ぶ。
「新商品、割り箸スナイパーライフル。
「いくら?」
「五千円だ」
「買った!」
「あたしも」
「うぅ、もうお金ないです」
「朝華、お金がない時はどうするんだ?」
「射的で大当たり狙います」
「違うだろ……あっ、そうだ。俺、ひまわりの花が欲しくなったなぁ」
「お買い物ですか? えっとぉ、五千円です」
こうして無事に三人の手にスナイパーライフルが渡った。
「えい。あっ、当たった。当たったよ」
しばらくして、未夜が赤いハートに命中させた。
「すごいな未夜」
「すごい未夜ちゃん」
「わーいわーい」
「大当たり! ほれ賞金の一万円」
「あたしもやるぞ」
「私も」
スナイパーライフルの性能ゆえか、それともこいつらの腕が上がったのか、的に命中させる頻度が多くなってきた。
こちらの支払いが多くなり、俺の資金も目減りしていく。ここらで荒稼ぎをしなければ。
「あー、お前ら。金を生で持ち歩くのは危険なんじゃないかぁ。うちで新商品を出したんだが」
「あっ、財布だ」
折り紙製の財布だ。購買意欲を煽るためにビーズやビニールテープで装飾も施してある。
「これはなぁ、限定商品だからなぁ、三万円!」
「そんなにないよ」
「もうちょっと安くしろ」
「あと六千円かぁ」
「お金がないなら働けば……」
「よし、大当たり目指すぞ」
「おー」
「おー」
「……」
そうして三人全員が財布をゲットするまで、射的もとい、おみせやさんごっこは続いた。
4
その夜。
「馬鹿!!! 在庫の割り箸全部使っちゃってどうすんの!」
母の怒声が空気を震わせる。
「まあまあ、さやか。発注しておいたから」
「そういう問題じゃないの。あなたは黙ってて」
「はい」
「いったい何に使ったの!」
「えっと、割り箸鉄砲を」
「割り箸鉄砲を作るのにそんなに割り箸使うわけないでしょ」
「いやその、割り箸スナイパーライフルを」
「はぁ?」
その後、母のガチ説教は一時間続いた。
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