第111話  クソガキがお好き?

 1



「それでね、うちの子が初めて女の子連れてきたんだけど、これがまたはっと目が覚めるような美人で」


「あらそう」とさやかは頷きを返す。


「そういう年頃なのかねぇ、『母ちゃんはリビングから出てこないで』なんて言って、お茶とかお菓子とかも自分でこそこそ部屋に持ってくのよ。いつもは何から何まであたしに運ばせるくせにねぇ」


「可愛いわねぇ」


「恥ずかしがるなら連れてこなければいいのにもう全く」


 常連客の奥さんがアイスコーヒーの氷をからから回しながら続ける。


「でもせっかく息子が彼女を連れてきたんだし、ちゃんと挨拶くらいはしたいじゃない? で、部屋に行ってみたら、キスする直前で」


「あらま、中学生なのに早いこと」


「ちょっと前までエロ本こそこそ隠れて読んでたと思ったら、あっという間にそこまで行くなんて、成長は早いのねぇ。それで、もう唇と唇があと一ミリ二ミリくらいの距離だったのよ。もう私びっくりしちゃって」


「もうそこまで進んでるの!?」


「この若さでおばあちゃんになっちゃったらどうしましょう。うふふふふ」


「あっはっは、やだもう」


「それはそうと、勇くんはそういうお相手はいないの?」


「勇? あの子はさっぱりよ。彼女なんてできたことないと思うわ」


「そう? けっこう可愛い顔してるのに」


「そうかしら」


「今時珍しいわねぇ。高校三年でしょう?」


「……たしかに」


 さやかは思う。


 たしかに珍しい、というか、変かもしれない。


 年頃の高校生が彼女の一人もできないなんて、そんなことあるだろうか。早い子は中学生の時分から交際相手がいる時代だというのに。


 親のひいき目抜きにしても、勇の容姿は平均以上ではあると思うし、学校での人間関係も良好だろう。根暗な性格でもなければ、女と会話をすることに慣れていないわけでもない。

 店の手伝いをする際は、若い女性客とも普通にコミュニケーションが取れている。


 それなのに彼女の一人もできたことがない……


「どうかした?」


「あ、いや……なんでもないわ」 


「でも同級生でよかったわぁ。これが小学生の彼女なんて連れてこられたら家族会議待ったなしだもの」


「あはは、そうね」


 さやかの脳裏に不穏な想像がよぎった。



 2



 息子はロリコンなのではないだろうか。


 思春期なのに女っけがなく、彼女を作らないなんて、もうそうだとしか考えられないではないか。

 さやかは天井を見上げる。


 今日も未夜、眞昼、朝華の三人が遊びに来ている。

 よくよく考えてみれば、あの三人といる時の勇は心から楽しそうにしている。勇は一人っ子だから、妹のような存在を可愛がっているだけなのだろう、と思っていた。


 今までは。


 勇がロリコンかもしれない、という前提で過去を振り返ってみれば、色々と納得する場面がある。


 子供たちの方からスキンシップを取っているけれど、本人はそれを嫌がることはない。特に朝華なんかはしょっちゅう抱き着いたりしている。


 子供たちをプールに連れていくことを了承したのは、女児の水着姿を見たかったからで、運動会に顔を出したのは体操服姿を見たかったから?


 夏休みには子供相手に犬の首輪と犬耳を付けて、見方を変えれば変態プレイのようなことをしていたし……


「はっ!」


 そういえば、台風の夜に源道寺家にお泊りをしたことがあったけど、もしかしてあれは小学校一年女児と同じ夜を過ごすために自分で携帯を置き忘れて取りに行ったマッチポンプ……?


 この前の秋祭りも友達じゃなく子供たちと一緒に回っていたみたいだし……


「どうかした?」


「あ、いやなんでもないわ」


 これは、たしかめなくてはいけない。


 休憩時間になったので、さやかは二階に上がった。


 勇の部屋からきゃっきゃと声が聞こえてくる。


 ベランダに出て勇の部屋の窓に忍び寄る。


 そっと中の様子を窺うと、勇は子供たちとテレビを見ていた。勇はあぐらをかいており、その上に眞昼が座っている。そしてその横を挟む形で未夜と朝華が。


 普通の大人だったらあんなふうに過度に子供にべたべたされると鬱陶しく感じるだろうけど、きっとロリコンだったら至福の状態よね。


 勇の様子を観察する。


「う……」


 終始笑顔だ。よく見ると、勇の手は眞昼のお腹の辺りで組まれている。あれはこっそりと女児の下腹部を触ろうとしている……?


 やっぱり……そうなの?


 自分の子供がどんな性癖でも愛せるけれど、子供に手を出したらそれは犯罪だ。


「……いや」


 まだ判断をするには早い。


 決定的な証拠がまだないのだ。


「そろそろ外で遊ぼうぜ」


 眞昼が立ち上がり、ぐっと体を伸ばした。勇の視線の位置に、眞昼のお尻があることになる。


「勇にぃ、行きましょう」


 朝華が勇の手を取る。


「おう、待て待て」


「ちょっとトイレ行ってくるから」


 トイレ?


「はっ!」

 

 まさか、今の女児のぬくもりを忘れないまま……


 よからぬ想像が浮かんだが、それは杞憂に終わった。勇はものの十数秒でトイレから出てきたからだ。


 さやかはほっと息をつく。


「よしよし、行ったわね」


 四人が外に出るのをベランダから確認すると、さやかは勇の部屋に入った。


「さて」


 さやかはまずベッドの下のケース箱を引っ張り出した。


 その時、ベッドと壁との境目から何かが落ちる音がした。元々その隙間に何かが挟まっていて、今ケースを引っ張り出したことで落ちてしまったのだろう。


「何かしら」


 確認してみると、それは小学校低学年の女児向けの雑誌だった。


「あの子、こんなものを」


 女児が好きすぎるあまり、その手の雑誌まで愛読するようになってしまったのか。


「ん? なんだ、未夜ちゃんのか」


 よく見ると、裏表紙にマジックで春山未夜と書いてあった。おそらく未夜が持ち込んでベッドで読んだのだろう。そして騒いだ拍子に壁とベッドの隙間に落ちてしまったとか、そんなところか。


「あーびっくりした」


 さて、仕切り直して本命のケース箱に取りかかろう。


 中には冬物の服が入っている。それをかき分け……


「あ、やっぱりここだ」


 ビンゴ。


 前に部屋に入った時、なぜかこのケースがちょっと外にはみ出ていたのだ。冬物はまだ出さないはずなのに。そしてその時、勇は慌てていたようにも見えた。


 ごてごてとした出会い系の広告が一面を埋めるエロ本の裏表紙が姿を現す。男の子なのだから、こういうものは絶対に隠し持っているはず。問題はその内容だ。


 もし、それがロリコン向けだったら……


 さやかは震える手でエロ本一式を取り出した。


 大丈夫。


 息子を信じてる……


 そしてエロ本を表に向けた。



 3



「はぁ、ただいま」


「おかえりー」


 母がキッチンから声を投げる。


 今日も今日とて疲れたぜ。


 未夜のやつ、目を離した隙にブロック塀を登って降りられなくなりやがって、猫かあいつは。


「あっ、勇。そろそろ寒くなってくるから、冬物出しときなさいよ」


「ん、ああ」


「あんたがやんないならあたしがやっちゃうわよ」


「自分でやるから」


 俺は素早く部屋に戻り、冬物の服が入ったケースを引っ張り出す。


 この中には俺の秘蔵のエロ本コレクションが封印されているので、自分でやらなくては。それに加え、別の保管場所に移す作業も同時並行で行わなくてはいけないのだ。


「ん? あれ?。表にしたっけ?」


 前に観た時、表紙を上にしてしまっただろうか。よく憶えていないが。まあいいか。


 俺はエロ本を取り出す。


 ふっふっふ、厳選に厳選を重ね、少ない小遣いで手に入れた珠玉の品々だ。


『爆乳天国』


『巨乳美少女 制服スペシャル』


『獰猛な乳 DVD付き』


『乳を訪ねて三千里』


 さて、どこにしまおうかな。


 クソガキ共の目につかない場所が最優先事項だ。クローゼットの奥の棚の裏にでもしまおうか。




 *




 つまるところ、ただの子供好きってとこかしら。


 さやかは遠い目をする。


 息子はロリコンではなかったけれど、おっぱい星人だった。


「まあそっちの方が男の子としては健全だけれど」


 えっちな本に出てくるような巨乳なんてそうそう現実にはいないのよ、と夢見る息子に教えてあげたい。


 胸に対する理想が高すぎて彼女ができないのだろうな、とさやかは結論付けた。



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