第99話  クソガキハロウィンナイト

 1



「よかったわねぇ、肩の荷が下りたわ」


 母が神妙な面持ちで言った。


「だからって、卒業まで遊び惚けてちゃだめよ」


「分かってるって」


「それにしても東京なんて……」


 からんころんと呼び鈴の音が鳴る。


 入口を見やると、いつものクソガキ共が。


 そのはいつも通りではないが。


「あらー、可愛いわねぇ」


 母が歓声を上げる。


「いくよ」という未夜の呼びかけの後に、三人は声を揃えて、




「トリックオアトリート!」

「トリックオアトリート!」

「トリックオアトリート!」



 *



 今日は十月三十一日。ハロウィンである。


 古代ケルト人の祝祭が起源とされ、秋の収穫を祝い、悪霊を追い払う目的で行われていたそうだ。

 古代ケルトにおいて十月三十一日が一年の最終日となり、この日は死者の魂や悪霊、悪い魔女などが街をさまようため、それに対抗して仮装や魔よけの焚き火を行って身を守っていたという。


 現代では宗教的な意味合いは薄れ、完全に仮装を楽しむイベントと化している。日本においても近年ではその存在感が強まってきており、秋の風物詩として定着しつつある。


 町内会でも今年から秋の行事にハロウィンを取り入れることになった。


 子供たちは仮装をして町内の家々を巡り、お菓子を貰うのだ。〈ムーンナイトテラス〉も今日はハロウィン仕様である。テラス席にはジャックオランタンが置かれ、店内にもカボチャや蝙蝠をモチーフにした飾りつけを施してある。

 ハロウィン限定のかぼちゃパイやパンプキンシェーキなども数量限定で販売中だ。


「どうだ、勇にぃ」


 未夜はくるりと回って見せる。

 大きなとんがり帽子に生地の薄いひらひらとした服。袖口はかなり広く、だぼついている。カボチャの形の丸いミニスカートが可愛らしい。靴下はオレンジと黒のしましまである。


「ほー、魔女か」


「そうだ」


 手に持った小さな箒をこちらに向ける。目元には黒いラインが引かれ、よく見ると爪も黒く塗ってある。


「どう? 可愛い?」


「……まあまあだな」


「えへへ」


「あたしは猫だにゃ」


 眞昼はひっかくまねをする。


 頭に猫耳カチューシャを付け、首元には鈴のついたチョーカーを巻いている。黒いメイド服を着ているところを見るに、テーマは猫耳メイドだろう。両手に猫の手を模した手袋をはめ、スカートの後方には尻尾が生えていた。


「くらえ、猫パンチ」


 手袋のおかげか、手ごたえは全くなかった。


「全然効かんぞ」


「くっ」


 眞昼にしては珍しいガーリーなスタイルだ。


「で、朝華は?」


「ふっふっふ、噛みついちゃますよ」


 朝華もカチューシャを付けているが、こちらは小さな蝙蝠の羽のような飾りがついている。白いブラウスに黒いマント。ちらりと覗いた犬歯が物々しく尖っている。ブラウスの胸元に赤い点々がついているのは、吸血の跡を表現しているのだろうか。


「ヴァンパイアです」


「すげぇな、その歯、付けてんのか」


「はい」


 そう言って朝華は俺の手を取り嚙みつく真似をする。あの尖りようは本当に痛そうだ。


 三人は白い布袋を持っている。


 この袋にお菓子を集めるのだろう。


「さあ、勇にぃ、悪戯をされたくなかったらお菓子をよこせ!」


 未夜が高らかに言う。


「おかしいな、悪戯はいつもされてるんだが……ほれ」


 個包装のお菓子の小袋をクソガキ共の布袋に入れてやる。


「それにしてもよくできてるな。全部未来さんが作ったのか?」


「そう」


 春山未来は地元のとある劇団の衣装係として働いていたそうで、服や衣装を自作するのが趣味らしい。


「勇にぃのもあるぞ」


「あ?」



 2



 クソガキ共に連れられ、お隣の春山家へ。


 なぜこんなことに。


「よく似合ってるよ、勇くん」


 未来が心なしか半笑いで言った。


「あの、俺もう高校生なんすけど」


 カボチャの形の被り物は三角の目と鼻、ギザギザの口の形にくりぬかれている。麻色のぼろぼろのマントにアンティークなランタン。


「かぼちゃのおばけにゃ」と眞昼。


 俺が着させられたのはジャックオランタンのコスプレである。マントは全身を包むポンチョのような形である。


 動きにくいこともさることながら、なにより視界が狭い。


 なんせ、三角に切り取られた穴から覗いているのだから。


「勇にぃ、似合ってます」


 顔が隠れるから誰が着ても同じなような気がするが。


「じゃあみんなをよろしくね」


「うす」


 そうして俺たちはハロウィンの街へ繰り出した。


 夕暮れ時の町内には、仮装をした子供たちで溢れていた。その種類はハロウィンの定番である欧米の怪物系にとどまらず和風の妖怪、アニメのキャラクターなど、様々だった。


 イベントに参加している家は軒先に特注のジャックオランタンの人形が飾られており、子供たちはそれを目印にして家を訪ねるのだ。


「トリックオアトリート」

「トリックオアトリート」

「トリックオアトリート」


 家々を回り、脅迫してお菓子を強奪する。なんと暴虐的な祭りだ。


「あっ、未夜ちゃんたちだ」


 時折、同じ小学校の友達と遭遇し、仮装した姿を見せあっていた。微笑ましい光景である。


「ねぇ、このカボチャの化け物誰?」


「これ? これは勇にぃだよ」


「あれ、未夜ちゃん、お兄ちゃんいたっけ」


「私のけんぞくだよ」と朝華が付け足す。


「?」


「こいつらがいつもお世話になってます」


 俺はぺこりと頭を下げた。


「ママ―、かぼちゃさんがいるー」

「あらあら。やる気満々ねぇ」


 子供のお守りとして保護者が同伴しているところが多いが、その保護者まで仮装しているのはどうやら珍しいようだ。顔が隠れているからまだいいが、なんだかちょっと恥ずかしくなってきた。


 俺が子供の頃はこんなイベントはなかったなぁ。


 時代を感じるぜ。


「お菓子、いっぱいになってきた」


 未夜が布袋を覗き込む。だんだんとお菓子で膨らんできていた。


「次はあそこにゃ」


 眞昼が指さす。


「げっ」


 その先には事務所と一体になった豪邸があり、下村組の看板がでかでかと掲げられていた。


「じゃ、じゃあ、俺はここで待ってるから」


「なに言ってんだ」


 未夜が箒で俺の尻を叩く。


「光さんにも見せてあげましょう。行かないと噛みついちゃいますよ」


「……分かったよ」


 眞昼と朝華に両手を取られ、未夜が先導する。


「トリックオアトリート」

「トリックオアトリート」

「トリックオアトリート」


「あー、みんな」


 光が出迎える。下村家は建設会社を営んでいるようで、源道寺家ほどではないにしろ、なかなかの豪邸である。


 光は仮装はしておらず、普段着のままだ。


「可愛いなぁ、あれ、眞昼ちゃん、それもしかして猫耳メイド!?」


「そうだにゃ」


「きゃわ~」


「にゃにゃっ」


 光は眞昼を抱き上げ、頬ずりをする。ふりふりとしっぽが揺れ、鈴の音がちろちろ鳴る。


「悪戯されたくなかったらお菓子をください」


「朝華ちゃんはヴァンパイアで未夜ちゃんは魔女っ娘ね。二人も可愛いぃ。うんうん、で、そっちのジャックくんは? だいたい予想がつくけど」


「……俺だ」


 被り物を外す。よもや同級生の前でこんな格好を晒すことになるとは。


「うわ……有月くん、ノリノリだね」


 少し引き気味に光は言う。


「ちげーから、断じて俺から望んで着たわけじゃねーから」


「でもハロウィンだからジャックオランタのコスプレって、ひねりがないというか、ちょっと安直すぎだよ」


「ちげぇんだって、これは用意されていたもので――」


 俺は必死に弁明する。子供向けの町内イベントに嬉々として参加していた、などと思われたら厄介だ。


「あー、まあ、そういうことにしておいてあげるよ。あ、そうそうお菓子ね」


 そう言って光は小さな包みを三人に手渡した。


「いい匂いです」


「中身はクッキーだから、割れないように気を付けてね」


「はーい」

「はーい」

「はーい」


 光からお菓子を受け取り、下村家を後にする。


「あっ、有月くん。ちょっと待った」


「あん?」


 光がぱたぱたと駆け寄ってきた。


「はいこれ」


 クッキーの包みを手渡される。


「いや、俺はいいって。ただの子守りなんだから」


「いいからいいから、だよ」


 そう言って光はウィンクをした。


「お祝い……! あー、サンキューな」


「じゃあまた学校でね」


「おう」



 3



「大漁、大漁」


 パンパンになった布袋を抱え、クソガキ共は帰路についていた。この後は俺の部屋でアポなしお菓子パーティーをするという。


「いっぱい貰ったなぁ……あっ、にゃぁ」


「お、重いです」


「勇にぃ、持ってー」


「しょうがねぇな」


 しゃがみ込んで未夜から布袋を受け取る、その瞬間、


「えい」

「えい」


「あっ」


 視界が暗転した。


 ま、前が見えん。


「あはははは!」

「あはははは!」

「あはははは!」


 クソガキ共の笑い声が聞こえる。


 何をしやがった。


「な、なんだ」


 たまらず俺は被り物を脱いだ。


「ひっかかったにゃ」

「成功です」


 見ると、目の穴のところにくりぬいた部分がはめ込まれていた。


 未夜が俺をひきつけ、眞昼と朝華が背後から忍び寄りはめ込んだのだろう。被り物をしていると死角が多すぎて全然気づかなかった。


「びっくりしたー?」


 無邪気な声で未夜が言う。


「びっくりしたー、じゃねぇ」


 未夜のほっぺをぎゅーと横に引っ張る。


「危ねぇだろうが」


「ほめんほめん」


「ったく」


「まあまあ、お菓子を分けてやるから」


 眞昼が言う。


「勇にぃ、早く帰りましょう」


「しょうがねぇやつらだ」


 三人は夜の街を駆けていく。その後ろ姿を眺めながら、俺も急いだ。


 それにしてもこのクソガキ共め、お菓子をくれてやったのに悪戯をするのはルール違反じゃねぇか?


 いいだろう。


 こっちもを仕掛けてやろうじゃねぇか。


 就職のため来年の春に上京することは、引っ越し当日まで秘密にしてやるぜ。


 こいつらの驚く顔が楽しみだ。




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