第87話 めいたんていクソガキ
1
「あっ、スプーン入ってねぇ」
俺はレジ袋の中を覗き込む。中には、カップのアイスが一つ入っているだけ。
「はっはっは、勇にぃは家まで我慢だな」
チョコアイスバーを舐めながら未夜が笑う。
「いや、カップのアイスを歩きながら食うアホはいねぇから」
「あたしたちみたいにそのまま手で持てるのにすればよかったのに」
眞昼がモナカアイスをかじる。
「うーむ」
どのみち家で食おうと思っていたので問題はないけれど、なんだか損した気分になるのは貧乏性か?
「勇にぃ、一口食べますか?」
チョコミントアイスバーを朝華が差しだす。
「いいのか?」
「気をつけろ、勇にぃの一口は朝華の三口分はある」
眞昼が言う。
「そんなねーわ。あむ、うん、美味い。よしよし、じゃあ朝華にもあとでこいつを一口やろう」
「わーい」
「え? じゃあ私も一口あげる」
「あたしも」
クソガキ共からアイスを一口ずつ貰い――そもそもは俺が買ってやったものだが――、口の中がキーンとなる。
「そういえばさぁ、あれやりたいよねぇ」
未夜が残りのアイスを一気に食べて言った。
「あれ?」
「たんていだんをつくろう」
「探偵?」と眞昼。
「事件を推理して解決してやるんだ」
「ほぉ、面白そうだな」と眞昼。
「うん、面白そう」
朝華も同意する。
やれやれ、今度は何に影響されたんだ?
「おめーら、探偵団って何するんだ?」
未夜はにやりと口角を上げて、
「そんなの決まってるじゃん、殺人事件を解決するんだ」
「この街にすくー悪をあたしたちが逮捕してやるんだ」
「それは警察の仕事だな」
というか、殺人事件なんてそんなもん、そうそう起こってたまるか。
とはいえ、探偵団という響きは推理小説好きの俺の胸をときめかせた。
やがて俺たちは〈ムーンナイトテラス〉に到着する。
「じゃあ、俺はアイスを家に置いてくるから、とりあえず未夜の部屋で待ってろ」
「はーい」
「はーい」
「はい」
午前十一時十二分。
俺は家に入った。
2
午前十一時二十九分。
未夜の部屋に上がる。
「真実はじっちゃんの名にかけて!」
「お前は完全にほーいされている!」
「探偵が諦めたら、そこで試合終了ですよ」
こ、こいつら、決め台詞の練習をしてやがる。
まだ事件を解決してもないのに。
頭が痛い。
「よし、来たか助手」
「誰が助手だ」
「じゃあ美少女探偵団出動だ。行くぞ」
未夜が拳を振り上げる。
「おー」
「おー」
「まあ、探偵だけいてもしょうがねーから、とりあえず街をぶらついて事件を探そうぜ」
こうして見た目は子供、頭脳も子供のクソガキ探偵団は、街を散策しながら事件の匂いを手繰る。
「どこかで殺人事件が起きてないかなー」
「あっ、パトカーだ」
「事件か!?」
「ありゃただのパトロールだろ」
「殺人鬼が逃げてきたらあたしが倒してやるのにな」
「ねぇ、未夜ちゃん、よく考えたらやっぱり怖い……かも」
「大丈夫だって。こっちには勇にぃがいるし」
「でも勇にぃあたしより弱いからなー」
「いいか、お前ら。推理ってのは、暴力じゃなくてちゃんと論理的にやるもんだからな?」
「論理的?」
未夜が首をかしげる。
公園に差し掛かった。普段と変わらない、平穏な風景が広がっている。
「――例えば、ちょっと来てみろ」
俺は地面に足で絵を描く。
長方形に底辺に二つの丸をつける。
「いいか、これはバスだ。このバスが右か左か、どっちの方向に進むか分かるか?」
「分かるわけないじゃん」
未夜がぷくっと顔を膨らませる。
「それが分かるんだな」
「答えはどっちですか?」
「右だ」
「なんでですか?」
「バスってのは必ず乗り降り口がついてるだろ? 車は道路の左側を走るから、乗り降り口がある面が左側を向いていることになる」
「でもこれには書いてないぞ」
眞昼が抗議する。
「だからこっち側には書いてないということは、乗り降り口は反対側にあるってことだ。よってこのバスの進行方向、つまり正面は右だから、右に進む、とこうなるわけだな」
「でも書いてないよ」
「分かったような分からないような」
「うーん、難しいです」
「公開されている情報を組み合わせて考えることで、未公開の情報を段階的に得たり、矛盾を突くことができる。これが推理の基本だ」
「うーん」
「うーん」
「うーん」
ロジックを積み重ねていくことこそが推理小説の醍醐味なのだが、クソガキ共にはまだ理解できないか。先行きは不安である。
その時、「おーい」と聞きなれた声がした。
ジャージ姿の光が小走りで駆け寄ってくる。ランニングの最中のようで、首元にタオルを巻いていた。
「やっ、今日も仲良しだねぇ」
「なんだ下村か」
「何やってるの?」
「事件を探してるんだ」
未夜が答える。
「うん?」
「光さん、何か事件はありませんか?」
光は分かりやすく困った顔を見せる。
「あたしたち美少女探偵団とその助手が事件を解決してやるぞ」
「ああ~、そういう趣向ね。はいはい。事件ねぇ。うちの猫ちゃんたちが夜になるとたまにいっせいに何もない場所を見つめてる……とか?」
「そ、そういう怖いのじゃなくて、殺人事件みたいのがいい」
「え? 眞昼ちゃん、そっちのが怖くない……?」
時刻はそろそろ十二時を回ろうとしていた。
光と別れ、俺たちはふたたび街をうろついて事件を探す。
しかしながらそう簡単に事件が起きるはずもなく、一時間ほどぶらぶらしたのち、俺たちは〈ムーンナイトテラス〉に戻った。
午後一時九分。
カップを片手に、父がテラス席に出てきた。
「父さん、休憩か?」
「……ん、ああ」
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
「お邪魔します」
「はい、いらっしゃい」
ブラックコーヒーを飲みながら一息つく父を横目に、俺たちは中に入る。
「全然だったなー」
「平和なのはいいことだよ」
「そういえば勇にぃ、あたしたちにアイスを一口食わせろ!」
「ああ、そうだったな」
二階のリビングに向かい、俺は冷凍庫を開ける。しかし――
「あれ? アイスがねーぞ」
冷凍庫の中にはなにもない。
「ゆ、勇にぃ、あそこ」
朝華がテーブルの上を指さす。
午後一時十一分。
空っぽになったアイスの容器が、俺たちの目に留まった。
3
「え……ちょ、ええ?」
「こら勇にぃ、私たちにも一口食べさせる約束だったぞ」
「なに一人で食ってんだ!」
「いや違う。俺じゃない……お、俺のアイス……」
「勇にぃのアイスが誰かに食べられていたって……え? もしかしてこれって、事件じゃない?」
朝華がそうぽつりと言った。
「事件?」
その言葉に反応し、未夜が顔を上げる。
「勇にぃ、安心しろ。勇にぃのアイスを食べた犯人は私たちが見つけてあげる。よし、眞昼、朝華、美少女探偵団出動だ!」
「おー」
「おー」
*
「はんこー現場はこのリビング。被害者は勇にぃのバニラアイス」
未夜はそう言って、いろんな角度から空の容器を観察する。
「未夜、虫眼鏡持ってきたぞ」
「サンキュー」
拡大したところで何かが変わるとは思えないが。
「私たちが外にいる間に誰かが食べちゃったってことだよね」
言いながら、朝華がメモを取る。
テーブルの上にあるのはアイスの蓋と空になったアイスの容器、そして〈ムーンナイトテラス〉のロゴが入った店オリジナルのスプーンだけ。
「うーむ、卑劣な犯行だ。蓋の裏まで綺麗に舐め取ってある。で、勇にぃ、こういう時って次に何やればいいの?」
「そうだな、凶器の出所を調べたり、いやその前にアリバイ調査かな」
「アリババ?」
「塩梅?」
「アリのおばあさんですか?」
「アリバイ調査だ。事件が起きた時、どこで何をしていたかってのを調べるんだ」
「ふーん、よし、じゃあまずは勇にぃ」
「俺もか? 俺は被害者なんだが……まあいい。そうだな、今日お前らとコンビニにアイスを買いに行ったのが、十一時ぐらいで。帰ってきたのが十一時十分前後ぐらいか。その時は誰にも会わずにこのリビングに来て、冷凍庫にアイスをしまった」
「それはたしかかね?」
「たしかにしまった。で、十一時半ぐらいに未夜の家に行ってお前らと合流した。それからはずっとお前らと一緒にいたぞ」
俺の証言を朝華が必死に書き写す。
「っていうかさ、普通に考えておじさんかおばさんのどっちかだよね」
眞昼が言う。
「よし、じゃあその二人のアリババ調査もやろう」
俺たちは階下の店に向かった。
4
「あ、あああアイスなんて知らないわよ。お父さんじゃないの?」
母はわざとらしくそう言うと、肘を抱いて斜め上を見つめた。
「ほー、ではおばさん、あなたは今日の十一時十分ごろから今まで何をしていましたか?」
未夜が虫眼鏡をマイク代わりに向ける。
「ええと、お店の仕事をしてたわ」
「二階には上がってないのか?」
眞昼が聞く。
「たしか、十一時半ぐらいに十五分くらい休憩しに行ったわね」
「ちなみに」と朝華がスプーンを見せる。
「これがはんこーに使われた凶器なんですけど、これに見覚えは?」
「うちのスプーンね」
「なぜそれを知っている! ついにボロを出したな」
未夜が叫ぶ。
「いやだってそれそこにあるものだし」
母はキッチンの棚を指さす。
「食器類は全部そこにしまってあるはずよ」
「ふむふむ。ではまとめると、おばさんは十一時半から十五分間、二階にいた、ということでいい?」
未夜の問いかけに、母はうんと頷いた。
5
「そうだね、おじさんは十二時頃に二階に休憩に行ったけど、お店が忙しくなって五分くらいで戻ってきたんだよ」
テラス席で今度は父の事情聴取が始まる。
「一応、五分あればアイスを食べるのには十分だな」
眞昼が言うと朝華は頭を押さえて、
「でも急いで食べると頭がキーンって痛くなるよ?」
「その後は?」と未夜が続きを促す。
「ひと段落ついたのが一時過ぎで、テラスでコーヒーでも飲んで休憩しようと思って外に出たら、みんなが帰ってきたというわけさ」
「なるほど」
「お前ら、こういう時は別の人間のアリバイの裏取りもするもんだぞ」
「?」
「?」
「?」
「母さんの行動を父さんにも聞いて、嘘がないかを調べるんだ」
「なるほど」
朝華のメモを見直し、クソガキたちは父に確認を取る。
「そうだね、たしかにさやかは十一時半ぐらいに二階に上がって、下りてきたのは十五分ぐらい経ってからだったよ」
その後、母にも裏取りをした。
「うんうん、お父さんは十二時くらいに二階に休憩しに行ったけど、すぐお客さんがいっぱいになっちゃって、私が呼び戻したわ」
*
「うーん、よく分からんなぁ」
「どっちが嘘をついてるんだろうね」
「外からベランダに行けば二階に入れるんじゃないか?」
「なるほど」
眞昼と朝華が店のカウンター席でジュースを飲みながら推理をしていた。
「いやいや、ベランダはカギ閉めてあるから入れねーよ」
なんちゅう型破りな推理だ。
「おいおい、お前ら、真剣に考えてくれよ?」
未夜は椅子に座らず、うろうろと店内を歩き回りながら、片手に持ったスプーンをじーっと見つめている。
「はぁ、クソガキ探偵団でも解決できねーのか」
俺がそう言った瞬間、だった。
未夜は歩みを止め、俺たちを振り返る。
「分かった!」
未夜の表情に満足そうな光が灯る。
してやったり、という顔だ。
「そうか、そういうことだったのか」
一同の目が未夜に注がれる。
「未夜、分かったの?」
「だ、誰なの? 未夜ちゃん」
「ふっふっふ、落ち着きたまえ、ちみたち」
そして未夜は、スプーンをある人物に向けた。
「犯人はお前だ!」
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