第79話 クソガキは焼きたい
1
まずはよぉく熱したフライパンに油を敷く。
そして肉かす――豚の背脂――を砕いたものを炒める。
脂の香ばしい匂いが食欲をそそる。
肉かすがカリカリになるまで炒めたら、今度はざく切りにしたキャベツを投入し、これも炒める。
一分ほど炒め、程よく火が通ってキャベツがしんなり柔らかくなったら、真打ちの登場だ。
キャベツを中央に集めて土手を作り、その上にむし麺を広げる。黄色く、パラパラした麺である。そこにすかさず水を加え、麺に水を吸わせるのだ。
この水の量がポイントで、多く加え過ぎるとせっかくの食感が台無しになってしまう。俺は堅めの麺が好きなので、ほんのわずか加える程度。
店で焼く際はキャベツで麺を覆って蒸らすらしいのだが、俺はそんな面倒なことはしないし、俺流の作り方が一番旨いと思っている。
麺全体に水分が行き渡ったら、ソースを多めにかけ、素早く混ぜる。じゅうじゅうと、ソースの焦げるいい匂いが立ち昇る。
あとは皿に盛り、お好みでだし粉や紅ショウガ、七味など、薬味をお好みで加えれば完成だ。
「うーむ、旨そうだ」
今日は店が定休日で父と母は朝からドライブデートに出かけている。ゆえに、俺は自分で昼食を作らなければならない。
料理などあまりしない俺だが、焼きそばは別だ。この街の住民にとって焼きそばの焼き方は必修科目なのである。
さて、食うか。
無人の店内。
カウンター席に陣取り、焼きそばを口に運ぶ――その時、十二時五分、
「勇にぃ」
「勇にぃ」
「勇にぃ」
「あれ? 閉まってるぞ」
「眞昼、今日は休みみたいだね」
「でもほら、お店の中に勇にぃいるよ」
朝華が窓に顔を寄せて笑顔を見せる。
うるせぇのがきやがったな。
こちとら今から飯だってのに。
店の前で騒がれても困るので、仕方なく応対することにする。
「なんだ、おめーら。いまいいとこなんだよ」
「なんか良い匂いするぞ」と未夜。
「この匂いは……焼きそばだ」
眞昼が言う。
店の中にクソガキ共を入れてやる。
「美味しそう、これ勇にぃが作ったんですか?」
「ん、そうだよ。食うか?」
「食う」
「食う」
「食います」
エサを求める鯉のように口をパクパクさせるクソガキ共。その口に一箸ずつ焼きそばを放り込む。
「うまーい」
「うまい」
「美味しいです」
「勇にぃのくせにうまいじゃん」
「勇にぃのくせには余計だ、ほれ」
「うまーい」
「うまい」
「美味しいです」
「はっはっは」
そうやって調子に乗って餌付けをしていたら、
「あっ、もうねぇ」
俺の昼食がクソガキ共の腹に収まってしまった。
「お前ら全部食いやがって、俺の分がなくなっちまったじゃねぇか」
「キャベツが残ってるぞ」
「ちゃんと野菜も食え」
「美味しかったです」
仕方ない。もうひと玉焼くとするか。
そうしてキッチンに向かいかけた俺の服を未夜が引っ張った。
「勇にぃ、私も焼きたい」
2
「手ぇ洗ったか?」
「洗った」
「洗った」
「洗いました」
「よーし、では今からおめーらに焼きそばの極意を伝授するぞ」
「おー」
「おー」
「おー」
クソガキ共が焼きそばの街に住んでいるくせに焼きそばを焼いたことがないと言うので、仕方なく俺が有月勇流焼きそばの焼き方を叩きこんでやることにした。
とは言っても、包丁は絶対に触らせないし、火を使う時も基本的に俺が担当する。
まずはフライパンに油を広げる。火はまだつけない。本当なら、フライパンを温めておくのだが、クソガキたちがいるので安全優先で行くことにする。
「ほれ、じゃあ未夜、油を広げてくれ」
ヘラを持った未夜の体を抱き上げる。
「こう?」
「そうそう、まんべんなくな」
つたない手つきではあるが、油はなんとかフライパン全体に行き渡った。
「じゃ、次は眞昼、肉かすを入れて、ヘラで割って」
今度は眞昼を抱っこする。
「おりゃ、おりゃ」
「そうそう、よし、おめーら離れて、皿の準備しといてくれ」
ここでようやく火をつけ、砕けた肉かすを炒める。
「よし、じゃあ朝華、キャベツを入れてくれ」
火を止めて朝華を抱きかかえる。朝華が一番軽いな。
「はい、入れました」
「よしよし」
フライパンをキャベツが埋め尽くす。
「わー、なんかもう良い匂いしてきた」
未夜が鼻をクンクンさせる。
「勇にぃ、あたしも焼きたい」
「ああん? 危ねぇから駄目だ」
「焼きたい!」
「しょうがねぇな」
火を止め、再び眞昼を抱きかかえる。
「ほれ、素早くヘラを動かすんだ」
「う、うん」
「ほれ、のろのろしてると焦げちまうぞ」
「分かってるって」
厳密には焼いてないが、真似事でも十分満足したようだ。
「次は私だ」
「私も焼きたいです」
眞昼を下ろした途端に未夜と朝華が飛びついてくる。
「も、もういいか」
カッカッ、と小気味よい音が響く。
「まだ」
正直こいつらを長時間抱きかかえているのは疲れるし腰にくる。
「勇にぃ、次は私です」
「あたしももう一回やりたい」
「……マジか」
こうして代わりばんこにキャベツを炒めさせ、次のステップに進むまでに十分ほどの時間を要した。
焼きそばはスピードが命だってのに。
「よし、じゃあ、麺を入れるぞ。未夜、麺」
「はい」
軽くほぐしてから、麺をキャベツの上に乗せる。
「そういえば、夏休みに熊本のじいちゃんちに行った時に食べた焼きそば、あんまり美味しくなかったな」
眞昼が思い出したように言った。
「なんかふにゃふにゃしてて歯ごたえがなかった」
「カップ麺の焼きそばも柔らかいよね」
未夜が同調する。
数年前に全国的な大会で優勝し、町おこしにも使われたこの街の焼きそばは、コシのある独特な歯ごたえが特徴的だ。
生まれてからずっとこの焼きそばを食べ続けてきた身としては、自分たちの食べてきた焼きそばが特殊なものだという認識はない。ぶっちゃけ、ペヤ〇グの方が好きだ。
「よし、水入れるぞ」
「ほいよ」
「未夜、これじゃ多すぎる。もうちょい減らせ」
「こんくらい?」
「もっと」
「えー、これじゃあ、底にちょびっとしかないじゃん」
「いいんだよ、キャベツからも水分出るし、ソースもかけるんだから」
水を麺に吸わせ、さらに炒める。
そして仕上げのソースだ。
「いい匂いー」
「うまそうだ」
「美味しそうです」
火を消し、皿に盛る。
「よし、できたぞ」
クソガキ共が店内の方へ運んでいくのをしり目に、俺は簡単な片づけを済ませた。
やれやれ、これでようやく昼飯にありつける。
もう一時前じゃないか。
焼きそば一つ焼くのにこんな苦労をするとは。
「あっ!」
「うまーい」
「あたしは料理の天才だな」
「自分で作ると美味しいねぇ」
「お、お前ら、全部食ったのか?」
クソガキ共に蹂躙され、皿の上にはキャベツと肉かすの残骸だけが無残に残されていた。
口元にソースをつけたクソガキたちは満足そうにお腹をさすると、
「よし、じゃあ遊ぶぞ」
「未夜、今日はレースのやつやるぞ」
「勇にぃも早く行きましょう」
二階へと駆け上がっていく。
「あいつら……普通全部食うか?」
やつらの食べ残したキャベツと肉かすを食べながら、俺はどうやって復讐してやろうか、と考え続けた。
*
結局もう一食焼いた。
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