第66話  クソガキとプロレスごっこ

 1



「ふっふっふ」


「……行くぞ」


「来い!」


「くらえっ」


 眞昼が細い腕を伸ばし、ラリアットを俺に叩き込む。


「たぁっ!」


 ぺしっとへなちょこな音が鳴った。


「やったか?」


「ふんっ」


 こんなもの、痛くもかゆくもないわ。俺の腹筋は眞昼を跳ね返した。


「効かんなぁ? 全っ然効かんぞ」


「くっ」


「眞昼、いったん下がれ。たいせーを立て直すんだ」


 未夜に手を引かれ、眞昼はベッドの端に移動する。


「え、えい」


 ベッドの外に居た朝華が反対側から俺に体当たりをくらわせる。しかし体重の軽さもあってか、これまたダメージは全くない。


「ふはははは、読めておるわ」


 俺は腰にくっついた朝華を抱き寄せ、毛布にくるんで捕まえる。


「うわあ、助けて」


 もごもごと動く朝華を毛布ごと軽く押さえつける。眼鏡をかけているので、顔の辺りはフリーにしてやる。


「朝華を離せ」


 未夜が俺に飛びかかり、その隙に眞昼が毛布を除けて朝華を救出する。


「はぁ、はぁ」


「大丈夫か、朝華」


「う、うん」


「どうした? お前ら、この程度か?」


「勇にぃのくせに生意気な。未夜、朝華、横から挟み込め」


「おう」


「うん」





 ――ここは源道寺家、朝華の部屋。


 キングサイズのベッドの上で行われているのは俺VSクソガキのレイド戦である。


 勝敗の基準がいまいち分からないが、子供のたたかいごっこの延長のようなものだろう。


 事の発端は一時間ほど前。テレビでプロレスの特集が流れていたのだが、それを目にしたクソガキ共がやってみたいと言い出したのである。



 2



 大画面の中で、汗にまみれた男たちが肉体をぶつけ合う。

 飛び散る汗がライトの光を反射して、きらきらと輝いている。


「うわぁ、あれ、痛くないのか?」


 眞昼が言う。


 ちょうど月面水爆ムーンサルトが決まった場面だった。

 コーナーの角に立った巨漢の男が宙を反り返り、ダウンしている男の上に着地する。


 プロレスは実は技を仕掛ける方も痛いんじゃないか、と思う技が多い。


 エンターテイメントに特化した格闘技である以上、技の応酬と派手さが重要となる分、レスラーにかかる負担は相当のものだろう。

 それでも、技を避けずにきっちり受けて、観客を楽しませるのだからすごい。


 その後、見ていて心配になるような大技のやりとりが続き、試合は終盤へ。


 そこで――


「あ、なんだこいつ」


 未夜が大声を上げる。


 黒いマスクをかぶった乱入者がリングに上がり、不意打ちのドロップキックをお見舞いした。


 黒マスクのレスラーは片方のレスラーを倒すと、マイクを手に、残った一人を煽る。どうやら黒マスクは人気のあるヒールレスラーのようで、観席からはブーイングと歓声が飛び交い、会場のボルテージはマックスに。


 そういうなのだろうが、子供はこういうものをに捉えてしまう。


「こんなやつやっつけちまえ」


「ずるいやつだ」


「倒しちゃえー」


 プロレスにすっかり引き込まれた三人はやいやい応援する。


 その後、闘い合っていた二人が協力して黒マスクのヒールを倒すという、少年漫画もさながらの友情展開で試合は幕を閉じた。


 放送が終わってからもクソガキ共のプロレス熱が冷めることはなく、実際にプロレスをやりたいと言い出すまでに、そう時間はかからなかった。


 そんな次第である。



 3



「もうちょっと気分が欲しいね。朝華、さっきのやつの……なんかあの黒マスクみたいなのってない?」


 未夜が聞く。


「頭がすっぽり入るやつ?」


「うん」


「えーっと……ないかも……あっ、待ってて」


 そう言って朝華はとことこと部屋を出ていく。


 どうやら俺をさっきの放送に出てきたヒール役に仕立てあげたいらしい。


 ややあって、朝華が黒い布切れを持って戻ってきた。


「マスクはないけど、これを頭に巻けばそれっぽくなります」


 渡されたのは毛糸の生地の黒い布――マフラーだ。


「上も脱げ」


 眞昼が俺のシャツを引っ張る。


「わ、分かった。伸びるだろうが、引っ張んな」


 そうして布面積だけはレスラーに近づいた俺は、再度クソガキと闘う。


「おりゃっ」


 未夜が見よう見まねのドロップキックを繰り出す。


 が、全然飛距離が足らずに俺に命中する前に墜落した。


「うわわ」


 そこをすかさず狙う。


 未夜の体に覆いかぶさり、押しつぶすマネをする。


「未夜から離れろ、このへんたい」


 眞昼がぽかすか殴り始める。


「未夜ちゃん、待ってて」


 朝華が俺の背中にひっつく。俺は背中に手を伸ばして朝華のお腹を取り押さえると、そのまま体の下に引きずり込む。


「きゃ」


「お前も来い」


「うわっ」


 眞昼の手を引っ張り、こいつも引きずり込んだ。三人のクソガキが俺の腕の中で暴れる。


「はっはっは、負けを認めるか?」


「認めるか!」

「離せ、へんたい」

「でも、どうやって出よう」


 ふはははは。


 脱出できるものなら脱出してみろ。


 たまには俺の力をクソガキ共に分からせてやらねば。



 4



「朝華、ただいまー……!」


 久々に仕事が早く片付き、愛娘の顔を見ようと部屋のドアを開けた源道寺華吉は戦慄した。


「え?」


 上半身裸で頭に黒い布を巻いた男が、ベッドの上で三人の女児を組み敷いている。


 それにベッドの上は大きく乱れ、荒らされているではないか。


「あ、朝華!」


「え?」


「貴様、朝華を離せ!」


「ち、ちがっ」


 華吉は不審者を子供たちから引き剥がし、取り押さえる。


「おお、乱入者だ」

「すげぇ、さっきの試合みたいだ」

「お父さんもプロレスやりたいんですか?」


「あ、朝華のお父さんですか? お、俺は――」


「この変態め」


「おい、お前ら、ちゃんと説明してあげろ」


「朝華、みんな、早く逃げて。大人を呼んで、それから警察に電話をするんだ」


「違うんです、誤解なんです」


「この、暴れるな、ロリコン野郎」


「違うんだああああああ」



 *



 この後めちゃくちゃ誤解は解けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る