第62話  クソガキとかくれんぼ

 1



 夕方の公園は、大勢の子供たちで賑わっていた。


 西の空がオレンジ色に染まり出し、肌に触れる空気がひんやりとし始める。


 公園で遊ぶ子供の年齢は幅広く、上は小学校高学年から下は幼児まで、様々な世代が入り混じって遊んでいた。


 アスレチック遊具で飛び回る者、砂場で独創的な作品を作る者、携帯ゲーム機を持ち寄って対戦してる者、端の方でキャッチボールをする者、カードが汚れるのも顧みず、地べたでデュエルをしている者などなど、子供の数だけ遊びの幅がある。


 周囲には保護者がたむろし、我が子を見守りながら雑談をしている。


 公園の前の道路は買い物に向かう車でちょっとした渋滞が起き、時折、歩道を緑の蛍光ジャケットを着た地域パトロールが横切った。


 昔から変わらない、夕方の風景だ。


「鬼さん鬼さん、何色ですか?」


 鬼である眞昼が高らかに宣言する。


「赤」


 俺たちは赤いものを探して公園を駆け回る。朝華は消防車を模した遊具にタッチする。ほかに赤いもの、赤いもの……そうだ。


 たしか公園の入口にポストがあったな。


 そう思い立って入口の方へ向かうと、すでに未夜がポストを触っていた。


「無駄だ。これはもう私のものだ」


「糞」


 振り返ると、目の前には眞昼の勝ち誇った顔があった。


「あっ」


 じりじりとこちらに近づく眞昼。


 俺は彼女の赤いTシャツをつまんで、


「あ、赤……なんちゃって」


「だめだー!」


 眞昼は俺のお腹に飛びつく。


 ですよね。


「はい勇にぃ捕まえた」


「くっ」


「また勇にぃが鬼?」


 未夜が呆れた風に言った。


「色鬼のセンスがないんだ、勇にぃは」


 なんだ色鬼のセンスって。


「次は勇にぃが鬼ですか?」


 朝華が合流し、俺の手を握る。


「なんか色鬼も飽きてきた。二回に一回は勇にぃが捕まるんだもん」


 未夜が鉄棒に寄りかかりながら言う。


「次は何する?」


 眞昼は俺を見上げる。


「帰るにはちょっと早いよね」


 朝華が時計台を見る。四時十五分になるところだ。


 秋の日は釣瓶落としというように、この時期は五時を過ぎる頃合いから一気に暗くなる。もう少しだけ遊んで、あまり遅くならないうちに帰してやらねば。


「普通の鬼ごっこでもするか?」


 俺が聞くと、未夜は小難しそうに首をひねって、


「走り回るのはもう飽きたからー、かくれんぼでもしよう」


「かくれんぼか、いいな」


「賛成」


 眞昼と朝華も同意した。


 かくれんぼと聞いて俺は心の中でほくそ笑んだ。


 ……馬鹿め。


 かくれんぼは俺の最も得意とする遊びだ。


 色鬼などというマイナーな遊びでさんざん馬鹿にしてくれたな?


 大人の本気を思い知らせてやるぞ、クソガキ共。



 2



「二十七、二十八――」



 かくれんぼ。

 日本の伝統的な遊びの一つで、その名の通り隠れることを主体とした遊びだ。


 鬼が近くまで迫ってきた時の臨場感や、気づかれずにやり過ごした時のドキドキは、ほかの遊びでは決して味わえないだろう。

 そういったスリルこそが醍醐味の遊びである。


 鬼に見つからないように参加者は頭をひねって隠れる場所を吟味するのだが、見つかるか見つからないかは運も大きく関わってくることは否めない。


 そんな中で、俺はこのかくれんぼのを編み出した。


 隠れる側限定だが、未だかつてこの必勝法を破った者は存在しない。


「二十九、三十。もういいかい?」


 鬼の未夜が叫ぶと、


「もういいよ」


「もういいよ」


 眞昼と朝華の声が重なる。俺も同じように返事をした。


 いよいよスタートだ。


 隠れていいのは公園の中だけ、最初に見つかった者が次の鬼というシンプルなルールだ。


 未夜は視線を様々な方向に投げたのち、遊具の周囲から探し始めた。


 ほかの遊んでいる子供たちの間をうまい具合にするするすり抜けながら、黙々と探す。その姿はさながら逃げた獲物を探す猫のようである。


 ややあって、未夜は声を張り上げた。


「眞昼、見っけ」


 眞昼は外周の茂みの中に隠れていた。が、服の色味が全く溶け込んでおらず、眞昼の赤いシャツが隙間から透けて見えていた。


 開始から三分と経たぬうちにもう一人見つけるとは、なかなかやるな。


「ちくしょー、いきなり見つかったか」


「すぐ分かったよ。服が見えたから」


 見つかった者は鬼と一緒に残りのメンバーを探し回る。


「勇にぃはでかいからすぐ分かると思うんだ」


 言いながら、眞昼は少し上の方へ視線を向ける。


 二人は遊具を一つ一つしらみつぶしに調べていく。


 その途中で――


「おっ、朝華、見っけ」


 眞昼が朝華に抱き着いた。


 朝華はアスレチック遊具の内側の入り組んだところに隠れていた。壁の板が死角になり、外から一見しただけでは見つけられなかっただろう。


「見つかっちゃった」


「よし、これであとは勇にぃだけだな」と未夜


「勇にぃのくせに最後まで残るとは生意気な」


 眞昼が眉根を寄せて公園を見回す。


「ふん、勇にぃなんてすぐに見つけてやるぞ」


 未夜が拳を高々と揚げると、二人もそれにならって手を伸ばした。。


「おー」

「おー」



 3



「おーい、勇にぃ、どこですかー」


「駄目だ、全然見つからん」


「えー、おかしいな」


 クソガキ三人は園内を右往左往しながら俺を探している。


 しかし、未だやつらが俺を見つけることはなかった。


 ふっふっふ。


 それもそのはず。俺はかくれんぼの必勝法を駆使しているのだから。


 クソガキたちが再び遊具の方へ移動したのを確認すると、俺はその背後を取るようにして同じ方向にした。


 常に鬼の背中の延長線上にポジションを取り、鬼と同じように動き続ける。障害物があるとなおよい。万が一、鬼が引き返してきた場合はに隠れてやり過ごす。


 同じ場所を二度探すことはほとんどないので簡単にやり過ごせる。


 そうやって鬼の視界の外に居続ける。


 これこそがかくれんぼの必勝法だ。


 隠れる側が動いてはいけないというルールは少なくともこの地域には存在しない。


 参加者はじっと隠れ続けるという先入観を逆手に取ったこの戦法を破った者は、十八年生きてきた中で一人としていない。


 まあ、隠れ鬼や缶蹴りと違ってあくまでかくれんぼなので、俺の姿が見つかった時点でゲーム終了となるのだが。


 さて、クソガキ共は俺を見つけることができるかな?


「うーん、マジでいないな」


 眞昼は腕を組んで地面を見つめる。


「もしかして、公園の外に隠れたとか?」


 朝華が言うと、眞昼はうんうん頷いて、


「あり得るな。勇にぃはたまに姑息な手を使う男だ。あたしたちの隙をついて公園の外に行った可能性がある」


「たしかに。アルバムの時も卑怯な戦法だったぞ」と未夜。


「勇にぃめ、見つけたらとっちめてやる」


 あのクソガキ共、言いたい放題言いやがって。


「じゃあ、その辺見てこようよ」


 三人は住宅街の方の出入り口から公園の外に出た。


 その後を追い、俺も公園の外に出る。


 一定の距離を保ち、時折、電信柱や曲がり角に身を隠しながら三人の後をつける。


 そうやって俺たちは五分ほど公園の周囲を徘徊し、入口に戻ってきた。その間俺の気配に気づく様子は微塵もなかった。


「おかしい、ほんとにいない」


「もしかして帰っちゃったとか?」


「おーい、勇にぃ」


 不安になったのか、三人の声が弱弱しくなる。


 そろそろいいか、あんまり心配させてもかわいそうだ。後ろからばっと飛び出て脅かしてやろうではないか。



 そうして三人の下に駆け寄ろうとした俺の手を誰かが掴んだ。




「え?」




 見ると、緑色の蛍光ジャケットを着たパトロールのおっさんが、険しい表情で俺を見つめていた。右腕の腕章には『防犯』という文字が見える。


「あ、あの?」


 おっさんは訝しげに俺を見据え、


「君、さっきからずっとあの子たちの後をつけてるけど、今、何をしようとしたんだね?」


「いや、その――」


「君、まだ学生さんだよね?」


「いや違うんです。あ、いや学生なんですが……」


 そうこうしているうちにクソガキ共は公園の中に入っていく。


「子供を狙う犯罪が増えてきてるからねぇ。ちょっと一緒に来てくれるかな?」


「いやだから……おい、未夜、眞昼、朝華っ! 俺はここだ」


「あっ、暴れるんじゃない、すいません、誰か来てください。不審者が――」



 *



 三人が俺に気づいて戻ってきたので誤解は解けたが、かくれんぼの必勝法がこんな形で破られるとは思ってなかった。



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