第54話 クソガキと猫
1
「ねー、ロリコンってどういう意味か知ってる?」
未夜はベッドに寝転がりながら、ぽつりと言う。
「未夜ちゃん、なにそれ?」
「昨日見てたアニメに出てきた言葉なんだけど、お母さんに聞いてもよく分からなかったんだ」
「あー、あたしもなんか聞いたことあるかも。たしかにどういう意味なんだろう」
「調べてみようよ」と朝華はスマホを取り出す。
「どうだ、出たか?」
眞昼が朝華の横にくっついて覗き込む。
「あれー、なんか見れない」
「じょーほーきせーだ」
そんな言葉で検索をかければ有害なサイトが出てくることは言うまでもない。フィルタリング機能がクソガキ共の前に立ちふさがる。なんとか読み込み可能なページを開いてみるも、漢字や扱う
「んー、よく分からないけどたぶん、子供のことが好きな大人、って意味だと思う……?」
「勇にぃのことじゃん」
未夜はがばっと起き上がる。
「なるほど、勇にぃはロリコンだったのか」
眞昼はうんうん頷く。
「あ、勇にぃ帰ってきたみたいだよ」
朝華が窓に飛びつく。外から自転車の音が聞こえてきた。
クソガキ共は春山家から〈ムーンナイトテラス〉に移動する。
「おー、おめーら」
「あれ、勇にぃ、それなんだ?」
未夜は聞く。有月は段ボール箱を抱えていた。
「じゃがいもでも買ってきたのか?」
「ちげぇよ」
「見せろ」
眞昼が箱を覗き込む。
そこには――
「あっ、猫だ」
2
茶トラの仔猫は気持ちよさそうに段ボールの中で眠っている。
「勇にぃ、猫ちゃん買ったんですか?」と朝華。
「拾ったんだよ」
「まだ生後二か月ってところかしら。毛並みもいいし、段ボール箱の中にいたから野良猫ではないみたいね」
足元の段ボール箱を覗きながら母が言う。
「可愛い盛りなのに捨てられちゃうなんて可哀そうに」
テラス席に腰を落ち着け、俺は足元の段ボールとその中身について説明する。
下校途中に通りかかった空き地に見慣れない段ボール箱が置かれていたのを発見したのが十分ほど前のこと。そんなベタなことがあるか、と思いつつ中を検めてみると、仔猫がのんきに眠っていたのだ。
そのまま放っておくのも忍びなく、つい連れてきてしまった。
「可愛いー」
未夜は目を輝かせながら、恐る恐る仔猫の頭を撫でる。触れられた刺激で目を覚ましたのか、仔猫はにゃあ、と鳴いた。
「うわぁっ」
「お前、ビビりすぎだろ」
「未夜ちゃん、猫はね、この顎の下のところとか首の周りをなでなでしてあげると気持ちいのよ」
母は慣れた手つきで仔猫を撫でる。そういえば、母の実家では何匹も猫を飼っていたっけ。母に倣い、クソガキ共も仔猫を愛撫する。
「こうですか?」
「そうそう」
「えへへ、可愛いですね」
「朝華ちゃん上手ねぇ」
眞昼はお尻の方をぎこちなく撫でている。
「眞昼ちゃん、猫は尻尾はあんまり好きじゃないから、こっちの方を撫でてあげて」
「か、噛まないかな」
「大丈夫よ、ほら、こう」
母は眞昼の手を取って、仔猫の顎に導く。
「牛乳飲むかな?」
未夜が言う。
「牛乳はお腹壊しちゃう子もいるから、猫用のミルクが理想ね」
微笑ましい光景だ。
「なーなー、ここで飼うのか?」
眞昼が聞くと、母は微妙な顔になって、
「うーん、本当は飼いたいんだけどー、うちは飲食店だから衛生的に無理かな」
やっぱりだめか。
「大丈夫。貰い手がいなかったら私が貰ってやるぞ」
未夜が高らかに言った。
3
「駄目よ。お父さんが猫アレルギーなんだから」
未来がきっぱり言う。
「えー、いいじゃんいいじゃん」
「だーめ」
「むー」
春山家を後にし、今度は龍石家へ向かう。相変わらず大きいものを携えた明日香が応対する。
「ママ、飼っちゃだめ?」
眞昼が明日香に抱き着く。
「うーん、飼ってあげたいのは山々だけど……」
明日香はちらっと家の中を振り返り、
「もうワンちゃんが三匹いるからなぁ……ちょっと余裕ないかも。ごめんね」
龍石家でも難しそうだ。
「うちもお母さんかお父さんがいいって言えば……でも今日は帰ってこないんですよね」
朝華が申し訳なさそうに言う。
「うーん、どうしたものか」
拾ったことに対する責任として、母から引き取り手探しを命じられた俺は、クソガキ共と一緒に近所の商店街や知り合いの家を訪ねて回ることにした。
だが、仔猫を引き取ってくれる相手は見つからず、時間ばかりが過ぎていく。拾った場所に返したところで、根本的な解決にはならないし、餓死してしまうだろう。保健所に連れていけば最悪の場合殺処分になる恐れがあるし……
そんな時――
「あれ、有月くん」
「ん、おお」
「偶然だね」
「そ、そうだな」
偶然出会ったクラスメイトの下村
4
セミロングの黒髪によく日焼けした健康的な肌。スレンダーで引き締まった体には余分な脂肪は一切ない。女子テニス部のエースにして、クラスのマドンナ的存在の光はクソガキ共を見回して、
「へぇ、有月くんって三人も妹いたんだね」
「いや、違うって。こいつらは近所のクソガキで――」
「勇にぃの友達か?」
未夜が聞く。
「んー、三人とも可愛い!」
光はしゃがみ込んで、
「はじめまして、下村光です」
「おら、おめーらも挨拶しろ」
「はじめまして」
「はじめまして」
「はじめまして」
「あれ、下村って家この辺だったか?」
「いや、今から買い物に行くとこ……ってそれ何?」
俺が抱えている段ボールを見上げ、光は首をかしげる。
「猫だぞ」
未夜が言うと光の目の色が変わる。俺は段ボールの口を開いて見せた。
「あ、茶トラだぁ。どうしたの? まさか捨てる気?」
「逆だよ逆。さっき猫を拾ったんだけどさ、うちじゃ飼えないから引き取ってくれるとこを探してて――」
「へぇ、じゃあ、うちで飼うよ」
光はあっさり言った。
「え? いいのか?」
「うん、うちの家全員猫好きでさ、一匹くらい増えても全然問題なし」
光は立ち上がり電話をかける。
「あ、お母さん。あのさぁ、友達が仔猫を拾ったんだけどさぁ――」
そうしてとんとん拍子に話が進んでいく。
「いいって」
「いいのかよ」
「やったぁ」
「サンキュー」
「ありがとうございます」
貰い手を探すために歩き回った苦労が報われた嬉しさからか、クソガキ共はテンション高めで礼を言った。
「案内するよ、ついてきて」
「やったな、勇にぃ」
未夜が俺の腰をばんばん叩く。
「勇にぃ、ねぇ」
光はにまっと口角を上げる。
「なんだよ」
「仲いいなって思って。有月くん、子供の相手するの好きなんだね」
「いや、好きっていうか、こいつらが勝手にまとわりついてくるだけで」
「勇にぃはロリコンだからな」
「……え?」
空気が凍り付いた。
「は? おい待て眞昼。お前そんな言葉どこで……」
「……あ、有月くん?」
光の声が硬くなり、目から生気が失われる。彼女は俺から一歩距離を取った。
「ち、違うから」
「彼女作らないのおかしいなって思ってたけど、そういうことだったんだね」
「そうことじゃないから! おい、お前ら、ロリコンの意味分かって言ってんのか?」
「子供のことが好きな人のことでしょ?」と未夜。
「勇にぃのことじゃんか」と眞昼。
「もしかして勇にぃ、私たちのこと嫌いなんですか?」と朝華。
ああ、もう。
「……有月くん?」
こいつら、俺を社会的に殺したいのか?
なんて説明すればいいんだ。
修羅場をよそに、段ボールの中で仔猫がにゃあと鳴いた。
*
その後、なんとか誤解は解けたが、猫を拾っただけこんな大変な目に遭うとは思わなかった。
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