第32話  回りくどくて遠回り

 1


 午後四時半。駅前の広場。


「おっす、勇にぃ」


「こんにちは勇さん」


「おう」


 深緑色のブレザーにチェック柄のスカート。足元は黒いローファー。高校の制服姿の二人は連れ立ってやってきた。


「わりぃな、待ったか?」


「いや、俺も今来たとこだ」


「そっか」


 まるでデートの待ち合わせみたいなセリフだ。人生で自分が口にする瞬間が訪れることになるとは。しかも相手は十歳以上も年下の現役女子高生……



 眞昼が謎の美少女も連れて三人で遊びに行かないか、と提案してきたのが先週の土曜日のこと。

 謎の美少女の名前を探るいい機会だと、二つ返事でOKしたのだが、よくよく考えてみるとアラサーのおっさんが女子高生と一緒に出掛けるなんて、倫理的にいいのだろうか。

 眞昼はともかく、もう一人は名前も知らない美少女なわけだし……

 周りから援交みたいだと思われてないだろうか。


 俺はそういうところに敏感なのである。


「よっと」


 言いながら、眞昼は俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。暴力的なまでの柔らかさが俺の二の腕を襲う。


「なっ、おま、何してっ――」


「なにって、よく手ぇ繋いだりしてたじゃん」


「それは昔の話な」


「別にいいじゃんか、デートなんだし」


「デートじゃねーよ」


 今の眞昼の背丈は俺とほとんど変わらない。むしろ眞昼の方が数センチ大きい。体を密着させると、すぐ近くに眞昼の顔が近づいてくる。

 あっ、けっこうまつげ長いんだな。それに桜色の唇がぷるぷるしてて――






 俺の馬鹿!


 相手は眞昼だぞ?

 いくら美少女に成長したからって、小っちゃい頃から知ってる妹みたいな相手にドキドキしてどうする。


 「じゃあ、私はこっちの手を」


 言って、今度は謎の美少女が空いたもう片方の手をそっと握ってきた。

 小さな手のひらのぬくもりが伝わってくる。


 なんだ。

 俺が何したっていうんだ。

 なんで神様はこんなラブコメみたいな展開を……?

 俺は明日死ぬのか?

 それとも十年間ブラック企業で苦労した分、穴埋めのご褒美をくれたのか?


 文字通り両手に花の状態である。


 そんな俺を、すれ違う人々――特に男――が睨んでくる。



「いやいや、やっぱマズいから。二人とも離れろって」


 無理やり二人を振りほどく。


「むぅ」


「ちぇっ。まあいいか。そんじゃあ、どこ行く」


「特に決めてないが、どこか行きたいところあるか?」


「なんだ勇にぃ、女子高生二人侍らせてるくせにノープランか」


「侍らせるなんて言葉使うんじゃねぇよ」


「あの、私、カラオケ行きたいです」


 謎の美少女が提案した。


「カラオケ? じゃあそこにすっか。いいか? 勇にぃ」


「ああ」


 こうして行き先はカラオケに決まった。


 *



 ふふ、未夜のやつ、焦ってるな?


 つまんないプライドはさっさと捨てないと、自分だけ置いてけぼりになっちまうぞ?


 勇にぃの腕、ごつごつしてて温かかったなぁ。


 あたしはそっと胸に手を当てる。

 心臓はブレザー越しでも分かるくらいにバクバクいってた。



 2



 近場のカラオケ店にやってきた。受付のお姉さんに訝しげな目をされたが気にしないことにする。


「えっと、三人でフリータイム。あ、二人分だけ学割できるんですか? じゃあ――」


「……!」


 俺の目が光る。


 チャンスだ。


 姑息だと思われるかもしれないが、偶然見えちゃうのは不可抗力だよなぁ。

 せめて一文字くらいは見えてもばちは当たらないだろう。


 なんせ見ず知らずの人間のフルネームを当てろなんて難問、こういうを使わなくては到底答えにたどり着けないだろう。


 眞昼と謎の美少女が学生証を取り出す。その横で、俺は体をさりげなく揺らす。


 くっ、もう少し頭を横にしてくれ。


 ああもう、手元が眞昼の胸でちょうど隠れる位置だから全く見えん。


 うーむ。


 そうだ、受付カウンターの奥に鏡がある。あれに反射させて見えないだろうか。


 そう思っていたら、鏡の中の美少女と目が合った。


「あっ」


「カンニングしようとしましたね。めっ、ですよ」


 美少女が人差し指を立てて言う。


「勇にぃ、姑息だぞ」


 ぐう。バレてしまった。


「勇さんはタバコ吸います?」


「いや」


「じゃあ、禁煙の部屋でお願いします」


 ドリンクバーで飲み物を用意してから部屋に向かう。


「あー、あー。よし。歌うぞ!」


 女子高生らしく、眞昼は最近流行りの歌手の恋愛ソングを中心に選曲していた。昔は一緒に男の子向けのアニメばっかり見てたのに、やっぱり女の子なんだなぁ。


 手ぶりを交えながらノリノリで歌う眞昼。

 なかなか上手いぞ。

 声がハキハキしてるからよく通るし、リズム感もいい。


 眞昼の歌をノリながら聴いていたら、画面に懐かしい曲の予約表示がされた。



『Butter-Fly』


 おっ、と思う。


 俺が後で歌おうと思ってたんだが。

 二十代男子はカラオケに来たらこいつを歌わないと帰れないという研究結果もあるくらいだ。


「ん? 入れたの眞昼か?」


「違うぞ」


「え? じゃあ……」


「私です」


 謎の美少女がマイクを持つ。


「へぇ、よく知ってるね。これ俺が子供の頃のアニメの曲なのに。二十年以上前の曲だよ?」


「ふふ、昔、の家でよく聴きましたから」


 男性ボーカルの曲だが、美少女は見事に歌いきる。


 俺は思わず拍手をしてしまう。


「えへへ」


 それからも、謎の美少女の選曲は懐かしいと感じる曲ばかりだった。


『カサブタ』


『心絵』


『Catch You Catch Me』


『渇いた叫び』


『メリッサ』


『風といっしょに』



 自然と子供の頃が思い出される。


 学校から帰って、宿題もやらずに遊びに行って、友達の家でゲームをして……

 


 *



 どうよ勇にぃ。

 懐かしいでしょ。


 再放送だったり、勇にぃが借りてきたDVDだったり、一緒に観たアニメの曲ばっかりだよ?


 憶えてる?

 こうして懐メロばっかりで攻めれば、あの頃の記憶が蘇って、




『そういえば、どれも未夜たちと一緒に観たような……この年頃の子がこんな古い曲を知ってるなんて、あれ、もしかして君、いや、お前――未夜か?』


『やっと気づいてくれたんだね、勇にぃ』


『お前がこんな美少女に成長するなんて』






「くくく」


 ちらりと勇にぃの様子を窺う。






「うぅ、ぐす」





 ええ!?

 泣いてる!?


 な、なんで?


「あの頃は……楽しかったなぁ。何もストレスがなくて……毎日が楽しくて……友達もいっぱいいて……ぐす」


 し、しまったぁ。

 私が思い出してほしい時代十年前をさらに遡って、勇にぃの子供時代二十年くらい前まで飛んじゃってる。


 っていうか、子供時代のこと思い出して泣くなんて、東京でどれだけ辛い思いしてきたの?


「ほらほら、勇にぃ」


 眞昼が隣に移動して勇にぃの頭を抱き寄せる。


「うぅ、眞昼――ってよしよしすんな。恥ずかしいわ」


「へへ」


 ちぃ。


 私は心の中で舌打ちをする。


 あのおっぱい、またさりげなく勇にぃに胸を押し付けて……



 『一緒に観てたアニメの主題歌で記憶を刺激作戦』、失敗。






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