第22話  乙女心は難しい

  1



「いやぁ、勇にぃ全然変わってなかったよなー。ちょーっと髪の毛が薄くなってたくらいかな? ハハハッ」


 駅前のマ〇ドナルドの窓際の席である。


 眞昼はポテトをつまみながら、未夜のものより格段に大きな胸をテーブルに乗せ、バレーで鍛えたむちっとした足を無造作に組んで座っている。


 ただそこにいるだけで、男どもの視線を集める魔性の存在。

 現に今も、あちらこちらのテーブルから卑猥な視線を感じる。




「見ろよ、あの二人、めちゃくちゃレベルたけぇ」

「おい、お前声かけて来いよ」

「いやお前が行けよ」





「はぁ」


 興味のない男の視線なんて今はどうでもいい。声をかけてきたところで、いつものように無視してやるだけだ。

 そんなことより、もっとが目の前に立ち塞がっているのだから。



「なんで眞昼にはすぐ気づくの!」


 未夜は身を乗り出した。



 おかしいじゃない。

 私の時はいろんな作戦を駆使しても全然だったのに、眞昼と再会した時は一発で気づくなんて。



 差別だ!


 陰謀だ!


 理不尽だ!



「なんでって、あたしに聞かれても……」


 言いつつ、ナゲットに手を伸ばし、むぐむぐする眞昼。


「まあ、未夜は昔とキャラ変わったしな。控えめになったっていうか、落ち着いたっていうか」


「眞昼はずっと眞昼のまんまだしね」


「どういう意味だそれ。っていうかさ、最初に会った時に言えばよかったじゃん、『久しぶり勇にぃ、未夜です』って」


「ぐぅ」


 正論である。しかし、正論で解決できないからこその乙女心なのだ。


「だって……駅で偶然会った時、私の方はすぐに気づいたのに、勇にぃは気づかなかったんだよ? 同じ日にまた会った時だって。そんな状況で自分から名乗ったら……そしたら」


「そしたら?」







「まるで私が気づいてもらいたくて必死みたいじゃん!」








「いや、そうじゃん」



 眞昼はシェイクに手を伸ばす。


「違うもん」


「なんちゅー面倒くさい女だ」



「面倒くさくないもん。私はただ、泳がせておいた勇にぃがいざ気づいた時の動揺や驚いた様を楽しみたいだけなんだから」



「うわぁ、こじらせてんなー。でも向こうは完全に別人だと思って接してるわけだろ? 何のヒントもないままだと多分ずっと気づかないんじゃないか?」


「それは分かってるよ」


 眞昼は二箱めのポテトに手を伸ばす。


「大人の十年と子供の十年じゃ、が違いすぎるって。子供はするんだから。親戚の子供とか一年会わないだけでびっくりするくらい変わったりするもん。ま、あたしは勇にぃに気づいてもらえたけど」


「だから、それについてはね、一応やってることがあるの」


「やってるって何を?」


 そうして、例の名前当てゲームについて説明すると眞昼は青ざめた顔で、


「……え? そんなことしてんのか」


「ちょっと、眞昼引かないでよ」


「いや引くわ」


「ともかく、これからは眞昼にも色々協力してもらうからね」



 2



 眞昼は思う。


 未夜は昔から意地っぱりなところがあるからなぁ。

 性格はおとなしめになったけど、そういうところは全然変わってないんだよなぁ。


 多分あたしが助け舟出して名前をリークしたらめちゃくちゃ怒るだろうな。


 ま、面白いからほっとくか。



 それにしても十年ぶりの勇にぃ。


 過去の思い出が脳裏に浮かぶ。


 いろんなことをして遊んでもらったっけ。


 今になって思い返せば、けっこう迷惑をかけてたなぁ。


 胸に手を当てれば有月の顔の感触が蘇る。


 心臓が激しく脈打つ。


「……」


「眞昼、今なんかえっちなこと考えてるでしょ」


「は? 違うし」


「ていうかさ、なにいきなり勇にぃにおっぱい押し付けてんの? 痴女じゃん」


「いや、あれはただ抱き着いただけだって」


「抱き着く必要ある?」


「そりゃ、十年ぶりに会ったんだから気持ちが高ぶって抱き着くくらいするだろ」


「し、しないから!」


「昔は未夜もよくくっついてたじゃん」


「あれは子供だったから……って、変なこと思い出させないで」


「今になって振り返ってみれば、あたしらけっこうなクソガキだったよな」


「うん」


「でも、楽しかったよな」


「……うん」


 窓ガラスの向こうの雑踏を眺めながら、二人は有月との思い出話に花を咲かせた。

 

 

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