第34話 ソロ充の俺が島流されたらリア充になりました
恭平がソロ充からハーレム充になっている頃。
剣崎健司、三屋光利、今鳥鳥夫、柳凪彦は、山の中をあてもなく駆け回っていた。
「クソォッ、痛ぇ、痛ぇよぉ、ぐぁあああぁ」
「なんでオレがこんな目に、げぶぉ……がぁ」
「最悪だ死ね、死ね、とにかく死ね」
「ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな」
激痛と不快感と恥辱に塗れながら、四人は思いつく限りの悪態を吐き続けた。
四人は、いずれもかなり強力な戦闘能力を持つ超能力者だ。
アクションマンガの主人公然とした、そして他者の命をすきにできてしまうチカラに酔いしれ、自分らは選ばれし存在で、この世界に君臨する使命を帯びて生まれたのだ。他の有象無象共は、全て自分の資源、消耗品と思い、輝かしい栄光の未来を信じて疑わなかった。
なのに、彼らの現実は、全てを奪われ、傷つき、惨めな敗走の憂き目に遭っている。
どうしてこうなった?
どこで間違った?
この後、まさかの逆転劇があるんだよな?
誰かなんとか言えよ!
そんな妄執で精神を保ちながら山の中を走っていると、四人はソレに出くわした。
頭上から、毛むくじゃらの巨体が落ちてきた。
四人は悲鳴を上げて、その場に尻もちをついた。
クマのように巨大なソレは、ズラリと並んだ白い牙を光らせ、人間と同じ目で、四人を見据えた。
『聖域ニ、入ル者ニ、死ヲ……我ハコノ山ノ神ナリ』
かつて、三郎だったものに、四人はただ怯え、恐怖し、涙と尿を漏らしながら絶叫した。
もはや、彼らには一片の救いも残されてはいなかった。
ケダモノ共の汚れた魂は、野獣の爪と牙に刈り取られ、その役目を終えた。
◆
その日の夜。
祝勝会の焼肉パーティーが終わると、俺は大浴場にお湯を張ってから、午前中に戦った耕作放棄地へ向かった。
そこで、思いつく限りの氷像を作った。
こんどはゆるキャラではなく、ペガサスとか、騎士とか、踊る子供たちとか、お洒落なものだ。
今は、こういうのを作りたい気分だった。
この島に来て良かった。
その幸せな気持ちが、俺を一夜限りの芸術家にさせた。
とか、恥ずかしいことを考えいる間に、畑は氷像で埋め尽くされてしまった。
「そろそろ、女子風呂の時間も終わったかな?」
そう思い、帰ろうとすると、誰かの声が聞こえてきた。
「わぁすごーい、これ全部ハニーが作ったのかな?」
「だと思うよ。氷を使えるのは恭平だけだから」
声の主は、赤音(あかね)と伊舞(いぶ)の二人だった。
どうやら、俺がいることには気が付いていないらしい。
声をかけようとすると、伊舞は言った。
「ねぇ赤音。貴女、一夫多妻制が望みなんだよね?」
「うん、そうだよ」
あまりな話題に、俺の足が止まった。出て行ってはいけない気がする。
「だってみんなハニーが好きなんでしょ? ハニーのことが好きなみんなでハニーをシェアして、みんなでずっと仲良く暮らすの。ね、素敵だと思わない? 伊舞だって、ハニーのこと好きでしょ?」
「どうかな。私はまだわかんないや。この気持ちが恋愛感情なのか、それとも、ただの信頼なのか」
明るい赤音と違って、伊舞の声は、酷く冷静で、大人びていた。
その伊舞の答えに、俺はちょっと気持ちが沈んで、そんな自分に驚いた。
――俺……伊舞のことが好きだったのかな?
「でもね、恭平のことは、人として大好きだよ。私たちを守るために戦ってくれて、私を助けるために狩奈を連れてきてくれて、すごく嬉しかった。私は恋なんてしたことないけれど、もしも結婚するなら、恭平みたいな人がいいなって思う」
その言葉一つで、沈んでいた気持ちが持ち直す。
どうやら、俺は伊舞のことが好きらしい。
でも、素直に認められた。
だって、伊舞はそれぐらい魅力的な女の子だから。
優しくて、勇気があって、弱さを克服しようとする強さがあって、公平で、俺をかばってくれて、こんなにいい奴に会ったことはない。好きになって当然だ。
「だよね。ほんと、ハニーって最高だよね。だから伊舞、ボクと一緒にハニーをシェアしようよ。ボクらが協力したら、ハニーはめろめろで、もう二度とボクらから抜け出せないよ。そう思わない?」
はしゃぎながら伊舞の両肩をわしづかんで、赤音は熱弁する。
また、トンデモないことを提案するな、と思った矢先、伊舞が言った。
「そうすれば、恭平から捨てられないから?」
俺は自分の耳を疑った。
赤音は、氷像のように瞳を凍り付かせて、口をつぐんだ。
「一夫多妻でもいい。それはわかるよ。でも赤音は一夫多妻のほうがいい。無理やりにでもハーレムにしようとするよね? それで考えたの。一夫多妻で赤音が得することってなんだろうって。これがその答え。一夫一婦制なら、恭平が赤音以外の女の子を選んじゃうかもしれない。選んでもらっても、他の女の子に乗り換えちゃうかもしれない。でも、一夫多妻でハーレムにしちゃえば、そんな心配はなくなる。ずっと、合法的に恭平の愛され人でいられる……違う?」
赤音の白い手が、伊舞の肩から腕に、そして手首へとすべり落ちる。
アルビノ特有の真紅の瞳を濡らしながら、赤音は湿った声を震わせた。
「初めてだったんだ……ボクの白い髪にも、赤い目にも、ルベルにも怖がらなかった人……初めてだったんだ……ボクに劣情じゃなくて、心酔した視線を向けてくれる男の子って……ハニーの目を見て、思ったんだ……あぁ、ボクこの人と結婚するんだって……笑う?」
「ううん、笑わない。すっごく、素敵な気持ちだと思うよ。むしろ羨ましいよ。でもね、保険をかけるように、いやいやみんなとシェアするなんてダメだよ。だから」
伊舞は手の平を返して、赤音と両手を合わせて、指を絡ませ、真摯な眼差しで見つめ合った。
「ちゃんと恭平を信じて、みんなのためにシェアを望まないと、自分に失礼だよ」
――【自分に失礼】……そこは【みんなに失礼】、じゃないんだな。
でも、素直に納得できた。
相手が自分を愛してくれるかわからないからシェアを望む。確かに、自分の恋心に失礼だ。
「伊舞……ありがとう。ハニーがキミに夢中な理由がわかったよ」
赤音の瞳から、涙がこぼれた。
「大好き」
そう言って、赤音は伊舞に抱き着いた。
背は赤音のほうが高いけれど、その時の赤音は子供のようで、彼女を抱きしめる伊舞は、聖母のように優しい顔だった。
この島に来て良かった。
きっと、俺も、赤音も、みんなも。
普通、ここはクールに立ち去るべきなのかもしれない。
でも、俺はあえて出て行くことにした。
俺の気持ちを、二人に伝えるために。
その日、俺は眠るときに思った。
彼女たちに出会えて良かったと。
立場逆転・島流されたらスクールカーストが崩壊しました 鏡銀鉢 @kagamiginpachi
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