第142話「サティ」

「スリはどうするんだったかな」


 さすがに国のルールの細部までは覚えている自信はない。

 サティを仲間にする方法に関しては覚えているものの、あれは主人公だからだ。


 俺が同じやり方でこの子を仲間にできるのか、何とも言えない。


「官憲に引き渡せばよいと思います。あるじ様が被害を受けたとなると、外交問題に発展しうるでしょうし」


 とジーナは答える。

 俺が狙われたくらいで帝国は動くのか?


 疑問は浮かんだが、政治的材料に利用するくらいは普通にやるか。

 ジーナの言葉を聞いたサティはビクッと体を震わせる。


「官憲に引き渡されるのがいやなら、俺の要求を呑め」


 と告げた。

 ジーナはぴくっと眉を動かしたものの、反対はせず様子を見守る。


「な、何だよ? あたしは何も持ってないよ? 娼館にでも売り飛ばす?」


 サティの反応は怯えているのか、やけくそになっているのか、判断しづらい態度だ。


「そんなことはない。俺の頼みを聞いてくれるなら駄賃をやる。盗みをせず食えるなら、お前にとっても悪い話じゃないはずだ」


 俺はかがみこんで彼女に話しかける。


 ジーナに拘束を解くように言わなかったのは、自由になればすぐに逃げだすと思うからだ。


「う、うそだ、そんなこと言って、あたしをだますつもりだろう」


 まあいきなり信じるほうがどうかしている。

 俺の身分を明かしたところで、信頼してくれるタイプでもない。


「そんなことはしない。俺はラスター。帝国の皇子のひとりと言ってもお前にはわからないだろうな」


 と俺はかがんだまま話しかける。

 このときのサティは貴族に関する知識なんて持っていない。


 主人公の仲間になっていろいろと教わっていく。


「おうじ? けっ」


 サティは必死に強がっているが、ジーナはカチンときたのか力を込める。


「ぐっ」


「お前が断るならほかの子に頼むだけだ」


 そう言って俺は王国の銅貨を彼女の前に置く。


「あるじ様、この子に報酬を払うなら食べ物の現物支給のほうがよいかと存じますが」


 するとジーナがサティを拘束したまま言う。


「……それもそうだな」


 サティは基本的にスリや窃盗以外でお金を持つことはないだろう立場だ。

 報酬を銅貨で払ったところで、店で使えるか怪しいか。


 俺は銅貨を引っ込める。


「ジーナ、パンを買って与えてやれ」


「よろしいのですか? パンを持って逃げるだけと思いますが」


 指示を聞いたジーナは最もありそうな可能性を指摘した。


「そのときは他の子を探すさ。俺の言うことを聞いているかぎり、パンをもらえると理解できる子をな」


 サティに逃げられたところで俺は大して痛くない。


「かしこまりました」


 ジーナも納得したようで、彼女の手を離す。

 

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