第79話「勉強熱心」

 ジーナが本を抱えて俺のそばに戻ってくるまで、意外と時間はかからなかった。

 俺のことが最優先だっただけで、一応目星をつけていたのかもしれないな。


 ローグとメイジの本棚はおそらくそんなに離れていないというのは野暮である。

 俺は知っていても、ジーナが知っている可能性は低いんだから。


 黙々と本を読み終えて顔をあげると、彼女も読み終えたようだ。


「早いな」


「あるじ様をお待たせするわけにはいきませんから」


 彼女は真顔で言い切る。


 大した忠誠心だけど、彼女にかぎって適当に読んで内容が頭に入っていないということはないだろう。


 そういう点で抜かりないのがジーナという少女だった。


「せっかく来たんだから、授業の予習になりそうな本も読んでみようか」


「かしこまりました」


 ダンジョン関連しか読まないでいると、もしかしたら変に思われるかもしれない。


 ここはクライスター伯爵家の管理下なのだから、その気になれば利用者の動向を把握することだってできるだろう。


 ティアという重要人物が出入りしているんだから余計にだ。

 彼女と接触して会話もした俺は、すでに注目されてしまっている可能性がある。


 だったらダンジョンのことしか興味がない男より、勉強熱心な男というイメージを持ってもらえたほうが都合はいい。


 ……ティアがダンジョンに興味あるという情報を、何らかの方法で入手して接触したのではないか、と勘繰られないためだ。


 断片的な情報だけで思考を飛躍しないでほしいのだが、クライスター伯爵家はティア関連になると過剰反応する。


 そのことを友人のクライスター伯爵家の子に愚痴り、家族がストレスをかけてすまないと謝られる一幕があったくらいだ。


 ティアのことは偶然だった可能性をにおわせておいたほうがいいだろう。


 ……考えすぎるなら、転入先でティアと同じクラスにならないことを祈ることも検討するべきかもしれない。


 いや、そこまでは譲歩できないか。

 ティア関連でクライスター伯爵家が神経質になるのは、彼女を守りたいからだ。


 彼女にとってデメリットにならないと判断されれば、警戒はゆるくなるだろう。


 帝国皇子の中で一番出来が悪いラスターって情報が、クライスター伯爵家でどう解釈されるのか、まったく読めないけど。


 とりあえずいくつかの本をジーナと二人で読んでいく。

 日が西にかたむいて、空の色が変わりはじめたところで帰ることにした。


「なかなか有意義な時間だったな」


 建物の外に出ながら、ジーナに話しかける。


「ようございました」


 満足したと言うとジーナがにこりとした。

 ティアとサラはまったく接触してこなかったのは、よかったのかどうか。

 



 

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