第103話 悪夢は続く
直前に思い出した記憶を振り払う様に、俺は無我夢中で剣を振り上げた。地面を蹴るとリーダー変異種へ斬り込む。
―ギンッ―
しかし、奴は何事もないように俺の剣を額の角で受け止める。奴は「フンッ」という呆れた様な鼻息をこぼしながら首を横へ振る。
「クッ! 」
俺はその動きだけで後方へ跳ね飛ばされた。
「クソッ! 」
なんとか両足で着地すると同時に俺は再度奴に向かって駆け出す。
一息で奴との間合いを詰めると左右の剣を出鱈目に振り回す。奴は俺が振り回す剣を器用で角で受け止める。剣が角に当たるたびに火花が散る。だが、剣戟と火花の隙間から覗いていたのは憐れむ様な奴の目――
「クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! チクショォォォォォォッ!!! 」
(何だ、あの目は! バカにしやがってッ! )
カッと目の前が赤く染まる。俺は更に剣を振る速度を上げる。それでも奴は対応してみせる。
「ぐふぉッ!? 」
突然の腹への衝撃。体はくの字に曲がって息が詰まる。見ると奴の長い尾の先端が下から突きの様に俺の腹へと突き刺さっていた。気付いたときには俺の体は宙を舞っていた。そして、墜落。視界は漆黒の夜空から地面へとめまぐるしく変わり、何度も地面を転がる。
「おえっ! ゲホッ、ゲホッ! 」
ボロ雑巾みたいに転がされた体をなんとか起こす。胃液と一緒に口の中に入った泥を吐き出す。
「はぁはぁはぁはぁ、ペッ」
俺は震える足に無理やり力を入れてよろよろと立ち上がる。なんとか顔を上げると数m先に尾を振り回す奴の姿が見えた。
(……こんなに飛ばされたのか……)
ふらふらと辺りに視線を彷徨わせる。幸いにして剣は近くに転がっていた。よろめきながら剣に近付くと腰のポーチへと手を入れる。
「クソ、半分くらいはダメになってるな……」
ポーチの中のポーションは半分ほどが割れてしまっていた。震える手で無事な一本を取り出すと、栓を抜いて息に喉へと流し込む。
(記憶に引き摺られ過ぎだ! これじゃスギミヤさんに言われたとおりじゃないかっ! )
体力が回復すると同時に少し頭が冷えてきた。確かに今の俺では変異種を倒すどころではない。足止めすらまともに出来ていない。
(この前スヴェアさんと戦って感じたばかりじゃないか! あのときを思い出せ! )
足元に転がる剣を拾う。
「ふぅぅぅぅぅ」
俺はあのときを思い出しながら体の中の熱を全て吐き出す様に長く、長く息を吐く。
「よしっ! 」
一つ気合いを入れると俺はリーダー変異種に向かってゆっくりと歩き始めた。
奴はスギミヤさんと戦っている小変異種を気にする様子もなく、余裕のつもりなのか尾をゆらゆらと揺らしながら俺の様子を見ていた。
奴との距離が2mを切ろうとしたところで俺は一気に加速する。
「ッ!? 」
何故か奴の顔に驚愕の色が浮かぶのが見えた。俺自身の感覚では今までと変わらない。なので奴が何をそんなに驚いているのか分からないがこれはチャンスだ。俺は一息で奴の懐の中に入る。奴の顔は未だ正面を向いたまま、その首元へ下から右手を左から右へと薙ぐ。
「ッ!? 」
漸く自分の懐にいた俺に奴は再度目を見開く。だが、奴は俺の剣が喉を捉える直前で首を振る。剣が首を掠める。同時に奴の尾が俺の右脇腹へと迫る。俺は慌てて右手を引き戻し、左の剣と交差させることでなんとか奴の尾を受け止める。
「クッ、重い」
ズルズルと両足が地面を引き摺り押し込まれる。
「コォォノォッ!! 」
後ろにした右足に力を込める。大地が抉れ、足が沈む。俺は更に両腕に力を入れ直すと、地面を蹴る力と合わせて強引に奴の尾を弾き飛ばす。しかし、奴の攻撃は止まらない。尾が弾かれた遠心力を利用して体を半回転させると、頭上から角を振り下ろす。
「チッ! 」
重心が前のめりになっていた俺は躱すのを諦め、剣を頭上で交差することで辛うじて奴の角を受け止める。するとうねる尾の先端が再び突きとなって俺に迫るのが見えた。
「次から次へと鬱陶しいッ!! 」
俺は膝の力を抜いて沈み込む。奴の体勢が崩れて軌道が変わった尾が俺の脇を抜け、後ろの地面を抉る。
「グギャァァァァァッ!! 」
奴が苛立たしげな声を上げる。
「なんだ?怒ったのか? 」
俺はなんとなく挑発する様に奴へと言葉を放った。
「ッ!! グォォォォォォォッ!!!! 」
バカにされたことが伝わったのか奴が更に咆哮を上げる。尾をムチの様にうねらせ、バシッバシッと何度も地面へと撃ちつける。
「おっと」
出鱈目にうねる尾が迫り、俺は左へと跳ぶ。だが、奴がそれを許さない。跳んだ俺を奴の左手が追い掛けてくる。俺は慌てて身を屈める。「ブォンッ」という音とともに奴の爪が頭上を過ぎる。
「ッ!? 」
奴の攻撃はそれだけではない。身を屈めた俺の狙って横から再び尾が迫る。俺はカエルの様に跳び上がって躱すが今度は横から奴の鋭い牙が待ち構えていた。
「クソッ! 」
躱せない!そう思った俺は無理な体勢から咄嗟に強引に靴底で奴の体を蹴った。チッと音がして奴の牙が俺の頬を掠めるが、蹴った勢いのまま俺の体は後方へと飛んでいく。
「痛ッ! 」
俺は体勢を戻せないまま地面へ落ちた。
「痛てて……ギリギリだった……」
すぐに体を起こす。なんとか受身だけは間に合って怪我らしい怪我はしていないようだ。奴の牙が掠めた右頬を触ると僅かだが指先にぬるっとした感触。少しだが切れてしまったらしい。俺は手の甲で頬を拭う。
奴との間に距離が出来て再び睨み合う。奴は尾をくねらせて「フゥー、フゥー」と息を吐いていたが、長い舌が先ほど俺の頬を掠めた牙を舐めると目を細めて歯を剥き出しにした。
(俺の血を舐めて笑ってやがるのか? )
ぶるりと背中に悪寒が走る。だが、心のどこかでは安堵している自分もいた。『ああ、そうか。本当にもう彼は人ではないのだな』と。
「グギャァァァァァァッ!!!!! 」
「えっ? 」
俺たちが睨み合いを続けていると突然横から絶叫が響いた。俺は慌てて視線を動かす。そこでは俺たちから少し離れてスギミヤさんと小変異種が戦っていたのだが、ちょうどスギミヤさんの剣が小変異種の尾を半ばから斬り飛ばしているところだった。
尾が宙を舞い、血が噴出す。のた打ち回る変異種、よく見れば体のいたるところから血を流している。やや距離を空けて剣を構えるスギミヤさんは不用意に飛び込まず冷静にトドメを刺すタイミングを窺っている様だ。
(よし! 勝てる!! )
そう思ったとき、正面からバチバチともバリバリともつかない音が聞こえて俺は慌てて視線を戻す。すると奴の額の角が紫電を纏わせて発光しているのが見えた。瞬間――
「カッ!!!! 」
奴が口を大きく空けるとエネルギー弾の様なものが放たれた。
(魔法ッ!? )
そんな考えが頭を過ぎるが考察している時間はない。俺は慌てて横へ転がる。奴が放った魔法のようなものはバチバチ、バリバリと音をさせながら大地を抉り、間一髪飛び退いた俺の脇を通過していった。
「痛ってぇ、なんだったんだ……ハッ! 奴はッ!? ――スギミヤさんッ!! 」
地面へ転がった俺は顔を上げて一瞬だけ奴が抉った地面を見た。そのため一瞬だけ奴を見失ってしまう。慌てて周囲を見回して奴を探す。すると奴は仲間を助けるためなのか、小変異種とスギミヤさんへ向かって駆け出していた。俺は慌てて叫ぶ。
「なにッ!? 」
突っ込んできた奴を躱すためスギミヤさんが地面へと転がる。俺は慌てて彼へと駆け寄った。
「大丈夫ですかっ! 」
「ああ、ギリギリだったがな」
「俺が奴から目を離したからです。すみません……」
「反省は後だ。今は奴を――」
何故かそこでスギミヤさんの言葉が止まる。
「スギミヤさん? 」
俯いていた俺がゆっくり顔を上げると、スギミヤさんは目を見開いて固まっていた。
「スギミヤさん? 」
俺はもう一度問いかけながら彼の視線の先を追ってゆっくりとそちらへと顔を向ける。
「なッ!? 」
目に飛び込んできた光景に俺も言葉を失う。
―バリバリバリバリ、ボリボリボリボリ、バキバキバキバキ―
喰っていた。仲間を助けるためにスギミヤさんへと突っ込んだと思っていたリーダー変異種が、のた打ち回っていた小変異種の喉元へ喰らいついていた。
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