第29話 急転


 誘拐については避難民が中心ということであまり話が広まっていないようだったが、奴隷商人についてはここ2週間程で頻繁に街に入ってくるようになったという話だった。


 元々バルビエーリでは奴隷商はそれほど一般的ではないそうで、彼らが来たこと自体が非常に目立ったらしい。にもかかわらず彼らは頻繁にこの街に出入りしているそうだ。


 特に『オスバルド』という商人が頻繁に商人ギルドの幹部と会っているという情報があったので利用している宿の場所を聞き込んだ。


 このオスバルドと頻繁に会っているという商人ギルドの幹部が副会長をしている『ギジェルモ』という男だそうだ。


 この男のことは酒場の親父に聞いた。


「アイツは元々別の街の出身らしいんだけどいつの間にか副会長になってたんだよ。次の会議で会長を狙ってるって噂だ」


「何の商売をしてるんですか?」


「元々は北西部の方でアーリシア大陸から仕入れた物を行商してたって話だ。それがここまで流れて来たらしいんだが、いつもニコニコした人あたりの良さそうな顔してるけど裏じゃ金貸しなんかもしてるって噂があるな」


「どこの都市にいたか分かりませんか?  」


「確かサルガドのそこそこ大きな商家の三男とか聞いたことがあるな」


 サルガドはアルガイア北西部にある沿岸部の地域のはずだ。


 俺は更にサルガドについて知っている人がいないか聞いて回った。するとサルガド周辺は奴隷商売が盛んな地域なのが分かった。


 なんとなく話が繋がってきたように思うがそろそろ時間なので待ち合わせ場所の東の詰所へ向かうことにした。





 東の詰所前にはすでにスギミヤさんが待っていた。


「すいません! 遅くなりました」


 俺はスギミヤさんに頭を下げる。


「構わない。それで何か分かったか? 」


 スギミヤさんに俺が聞き込んだ奴隷商オスバルドと商人ギルド副会長ギジェルモ、北西部のサルガドの話をする。


「つまりそのギジェルモって副会長とオスバルドって奴隷商が組んで何かしてるってことか? 」


 スギミヤさんが聞いてくる。


「俺の予想ですが恐らくはサルガドも絡んでるんじゃないかと思います」


 俺の話にスギミヤさんが考え込む。


「スギミヤさんのほうは何か分かりましたか? 」


 俺は考え込んでいるスギミヤさんに聞いた。


「ああ、俺の方ではギルドや冒険者なんかに話を聞いてみたがギルドを通さないで護衛を募集している商人がいるらしい。あまり素行が良くないパーティーがあちこち声を掛けているそうだ」


 攫った人たちを連れて街を出る算段を始めているのかもしれない。とはいえ俺たちが集めた情報はどれも噂や憶測、状況証拠しかない。これだけでは衛兵に訴えても強制的に取り押さえるのは難しいだろう。


「とりあえずこれ以外に何か分かったことはないか聞いてみましょう」


「そうだな」


 俺とスギミヤさんは詰所に何か新しい情報は入ってないかを聞くため、建物の入口に近付いた。すると中から男性の大きな声と何やら揉める声が聞こえてきた。


 中に入ると痩せた男性が衛兵に詰め寄っていてお付きらしき人が宥め、対応している衛兵は困惑していた。


「すぐに捜索の人員を出してくれっ !」


 男性が声を荒らげる。それに対して、


「人は出しますが通常の範囲を越えては無理です! 」


 対応している衛兵も言い返す。


「レティシアが攫われたんだぞっ! とにかくすぐに捜索してくれっ! 」


 どうやら誰かが攫われたようだ。


「都市長、落ち着いてください! 娘さんはまだ攫われたと決まった訳じゃないでしょう? 聞けば護衛を撒いたという話ですし家出ということも……」


 どうやら詰め寄っている男性はバルビエーリの都市長らしい。スラリとした長身の男性で品のいい服装をしている。普段はきちんと整えられているであろう茶色の髪が今は乱れていて相当慌てていることを物語っている。


「今までだって護衛を撒くことはあったがこんな時間まで帰ってこないことはなかった。何かに巻き込まれた可能性は高いはずだ。最近は人攫いが増えていると聞く。オルティス衛兵長っ! すぐに手配したまえっ!! 」


「さすがに都市長の娘さんを誘拐するとは思えませんっ! とにかく落ち着いてくださいっ! 」


 どうやら娘さんが行方不明らしくかなり冷静さを欠いているようだ。確かに普通に考えれば都市長の娘を誘拐するとは思えないが、女の子が1人だったのであれば知らずに攫った可能性もある。俺はスギミヤさんを見る。スギミヤさんも俺を見て頷くので、俺はヒートアップする2人に話し掛けた。


「すみません。ちょっとよろしいですか? 」


 言い合っていた2人がこちらを見る。


「何だね、君たちは? 」


 都市長らしき人がギロリとこちらを睨む。衛兵長と呼ばれていた人も怪しげにこちらを見る。


「お取り込み中のところ申し訳ありません。俺たちは旅の者なのですが、先程連れが行方不明になって捜索のお願いをしたので進展を聞きに来たのですが……その、お話が聞こえてしまいまして……」


 俺が言うと都市長は少し気まずげな、衛兵長は怪訝な顔をした。


「そうなのか? 申し訳ないがこちらも娘が行方不明なんだ。もう少し待ってもらえないか? 」


 都市長は申し訳なさそうに、だが、今は譲れないといった様子で返事を返してきた。衛兵長はどうしたものかといった表情をしている。


「いえ、実は行方不明の連れというのが女の子でして、もしかするとそちらの娘さんと同じことに事件に巻き込まれている可能性があります。良ければ少し話を聞いてもらえないでしょうか?」


 俺が言うと都市長と衛兵長は顔を見合わせた。何やらお互い目で会話―というにはいささか険悪な感じだが―をすると俺に頷いてきた。


「では、これはあくまで俺たちが聴き込んできた噂や状況からの推測になるんですが……」


 俺は聞き込んできた情報とそこから考えた推測を話す。話が進むにつれ都市長と衛兵長は難しい顔になる。


「うむ、君たちの話は分かったがやはり噂と状況証拠だけではなぁ……」


 衛兵長が申し訳なさそうに言う。


「確かにそれだけでは……いや、しかし、レティシアが……」


 都市長はどうするべきか迷っている様だ。


 俺はチラッとスギミヤさんの顔を見る。どうやらここは俺に任せるつもりらしく口を出す気は無いようだ。


「そこでご相談なんですが俺に作戦があります。少し強引な方法ではありますが、上手くいけば攫われた人たちも救出出来ますし、奴隷商と副会長も捕まえられるかもしれません。少しお話してもいいですか?」


 俺が言うと2人が頷いたので俺は考えた作戦を話した。一応相手が乗ってこないことも考えて予備の作戦も話す。


「確かに上手くいけば救出出来る可能性があるな」


 衛兵長は乗り気のようだ。


「問題はレティシアが本当にそいつらに攫われているかだが……」


 都市長は娘さんがそいつらに攫われたか確信がないため躊躇っている。


「確かに確実とは言えませんが、もし、攫われたとするなら奴らが犯人の可能性が一番高いと思います。都市長は他に娘さんを誘拐しそうな者に心当たりはありますか? 」


 俺たちだけでもどうにか出来ると思うが、その場合は俺たちが犯罪者扱いされる可能性もある。共和国まではまだ距離があるので出来れば指名手配されるようなことは避けたい。ここは衛兵や都市長の協力が何としても欲しいところではある。


「確かに次の都市長選はまだ先だし犯罪を犯すような下劣な候補者も思い付かんが……」


「もし、奴らが娘さんに気付かず攫っていたとして、それを奴らが気付いたときのほうが拙いのではないですか? 」


 俺は都市長に懸念事項を伝えて決断を促す。


 一応わざと情報を流すことも考えた。ただ、奴らがそれで娘さんを無事解放すればいいが、証拠隠滅のため娘さんに危害を加えたり、街から逃げるのを早めてしまう可能性もあるのであまり使いたくない方法だ。


 俺が内心の焦りを出さないように待っていると、


「分かった。ここは君たちの作戦に乗ろう! 」


 漸く都市長が決断してくれた。


「ありがとうございます。あまり時間もありませんし出来れば今日中に作戦を開始したいので、このまま打ち合わせをしてしまいましょう」


 俺の提案に全員が頷くのを確認するとそのまま別室に移動し作戦の流れを説明した。


 作戦は俺たちと衛兵で行うが衛兵の中に奴らの息がかかった者がいないとも限らない。作戦は衛兵長が選んだ信頼出来る者だけに伝え、あとの者には何も伝えずにちょっとした仕掛けに利用させてもらった。


「それでは俺はこのまま街に行きますのであとは手筈通りに」


 俺がそう言って全員の顔を見回すと全員頷くのを確認した。


 いよいよ捕物の開始だ!

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