第109話 詰所にて
詰所の扉を勢いよく押し開ける。バン。勢いあまってドア止めにぶつかり大きな音が響き渡った。何事かと一斉に立ち上がる詰所の警備兵に俺は怒鳴った。
「ティアナはどうしたっ?!」
なんとも言えない空気が漂う。心なしか警備兵の目が冷たい。
警備兵の奥で誰かがぴょんと飛び跳ねた。褐色の顔が見える。チーチが大きく手を振った。
「ティアナは無事だよ~」
俺が中の方に入って行くと警備兵が道を開ける。
ティアナが椅子に腰かけていた。俺が駆け寄ると立ち上がってひしと抱きついてくる。そしてしゃくりあげ始めた。空いた椅子にチーチが座る。
「ハリスの顔を見て気が緩んだんだね。さっきまでは真っ青な顔をして震えてるだけだったんだけどさ。あ、心配しなくても驚いただけで怪我もなにもしてないよ」
静かにすすり泣くティアナの髪の毛を撫でてやる。
「何があった?」
「んー。なんか誘拐されそうになったみたい」
俺は歯ぎしりした。
「犯人はどうした?」
自分でもびっくりするほど冷たい声が出てティアナがびくっとする。深呼吸をして声調を整えた。
「どんな奴らだ? どっちに逃げた?」
警備兵はお互いに顔を見合わせるが返答はない。
「すまない。順序が逆だったな。ティアナを助けてくれて礼を言う」
「いや、俺達は別に」
「犯人達は奥の牢に放り込んであるけど」
「いい腕してるじゃないか」
俺の賞賛の言葉に警備兵はますます困惑の表情を浮かべた。
「あんた達が助けてくれたんじゃないのか?」
皆の視線が1点に注がれる。
そのチーチが膨らんだ袖を引っ張りながら視線を泳がせた。
「えーとねえ。あたいは馭者役をひっぱたいただけかな。後はうちの下女たちがね。あ、このワンちゃんもガブっとやってた」
チーチの足元で寝そべるニックスが間抜け面をあげた。その微妙な空気の中へ、バタバタとキャリーを先頭にパーティメンバーが駆け込んでくる。
ティアナが落ち着いたのでジーナに預け牢を見に行くと、鉄格子の向こう側の連中はひどい有様だった。まさにズタボロといった感じ。呻き声をあげる連中を牢番と共に見張っているのはリュー、ノール、フランの3人組。俺とチーチに気が付くと頭を下げる。俺の脇をチーチがつついた。
「あ、ああ。ティアナを助けてくれたそうだな。ありがとう」
一番年かさのリューが手を振り早口で何かを言う。
「言われたとおりに動いただけで、お礼を言われるほどのことじゃないってさ。言うならあたいにだって」
俺はチーチに礼を言い頭を下げた。
チーチはケラケラ笑う。
「これじゃ、あたいがお礼を催促したみたいだね。ま、いっか。それで言葉だけじゃなくて態度で示して欲しいな」
俺がもう一度頭を下げようとするのを止める。
「そうじゃなくてさ。こういうときは別の方法があるでしょ?」
チーチは両手を広げ目をつぶって首を伸ばす。牢番がこっちを見ないふりをしながらしっかり見ていた。3人組はふりすらしない。俺はチーチの耳元にささやく。
「みんな見てるだろ」
「あたいは気にしないけど」
「俺がするの」
「意外に純情なんだね。可愛いっ」
チーチはガシっと俺に抱きついてくる。
一瞬だけ背中に手を回してやってから振りほどいた。予想に反して素直にチーチは俺から離れる。
「ちぇ。まあ今は勘弁してあげる。あとで濃厚なのお願いね」
チーチは鉄格子の向こうの連中に冷ややかな視線を送ると俺の腕をとって元の部屋に戻った。
騒がせた詫びを言って警備兵の隊長に聞く。犯人達は王都に護送されることになるそうだ。
「あの連中、かっぱらいのつもりでいるので強気です。どうせ罰金で釈放だとぬかしてますね」
「背後関係はしゃべりました?」
「口は割らないですが、どうも雰囲気からするとマールバーグの連中のようですな。どうも金で雇われた感じですよ」
くそ。警告を受けていたのにチーチやエイリアの件でティアナにまで気が回らないとはぬかったな。これはきっとアイシャの依頼だ。
「これからどうなると思います?」
「チーチ殿に刃を向けたので死刑は免れないでしょう。王族に準ずる扱いをすることになるでしょうからね。まあ、私どももチーチ殿に怪我が無くて良かったですよ。何かあったらどやされるだけではすまないですからな」
隊長は顔を引き締める。
「チーチ殿。今後はできれば危ない真似はやめて頂くようお願いする」
「あたいは自分の身を守っただけだから」
「あの連中はわけの分からない女が襲ってきたと言ってますよ。少なくともあなたを略取するつもりはなかった」
「そうかなあ。あたいもあの時は急なことだったからびっくりしちゃって、あたいも襲われてるんだと思っちゃった。まあ、以後気を付けます」
チーチはちっともその気はなさそうな軽い調子で言ってのける。
外に出て家に帰ろうとするとティアナが首を横に振った。
「食事の買い物がまだなんです。こんなに早く戻ってくるとは思ってなくてすいません」
「気にするな。ちょっと凄いのに出くわして早々に引き上げてきたんだ」
「凄いのって?」
急にティアナが心配そうな表情になる。
「お怪我はないですか?」
「大丈夫だ。あ、そうだ。ギルド長に報告しなきゃいけないんだった」
「それは私に任せて。リーダーは買い物に付き合ってあげなさい。さ、行くわよ」
キャリーがシルヴィアを連れてギルドの方へ向かう。
「それじゃ、買い物してくか。でも、無理しなくてもいいんだぞ」
「もう平気です。ご主人様の顔を見たら元気が出てきました」
そのセリフに嘘は無いようで、食料品店に着くとおかみさんと食材について話を始める。おかみさんが小ぶりの魚を見せて何か言っているのを熱心に聞いていた。
俺は酒の棚を物色する。ここ数日の騒ぎに飲まなきゃやってられない気分だった。ジーナはティアナと俺の側から離れようとしないチーチを交互に眺めている。そこでふと思いついた。
「なあチーチ。ティアナが誘拐されるのを傍観するつもりはなかったのか?」
酒の容器をしげしげと眺めていたチーチが振り返る。
「あ、そのこと? そんなことしたら永遠にあたいはハリスの心をつかめないでしょ。思い出で美化された相手と戦うなんて勝ち目が無いじゃない。それに、助けたら間違いなくハリスの好感を得られるんだから。ラッキーとは思ったけどね」
そう言ってチーチはニコリと笑った。
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