第96話 告白の方法

「いや。まったくひでえ目にあったぜ」

「兄貴。どうしたんすか?」

 関係を迫られたとかは言えないだろうなあ。

「お前のお袋さんに大量に飲まされてな」


「お袋も酒豪なんすよね。なかなか自分とサシで飲める相手がいないってよく嘆いてるっすよ」

「そうだろうな。なかなかの飲みっぷりだったぜ」

「それでどんな話が出たんすか?」


 コンバが馬上で揺られながら期待を込めた目線を送ってくる。

「ああ。うまく話の流れがつかめてな。ジーナを推薦しといてやったぞ。悪くない感触だったと思う」

「ありがとうございます。さすが兄貴っす」


「水を差して悪いが、まだ本人を口説いたわけじゃねえんだからな」

「そうなんすよね。どうしたらいいっすかね」

「それくらい自分で考えろよ。俺の真似をしてもお前にうまく合うとは限らないし」

「とりあえず兄貴ならどうするっすか?」


「ジーナはもう立派な大人だし、知り合ってそれなりに時間が経ってるしなあ。焦がれるような恋愛と言うよりは心地よさ路線だろう。まずは好意をもっていることをアピールするところからじゃねえかな。冒険者仲間からいきなり告白されても、何それになりかねん。とりあえず、ジーナの喜びそうなものをプレゼントするとかかな」


「なるほどっす。で、ジーナさんの好きそうなものって言ったら、やっぱ呪文書とかですかね?」

「そうだな。あとは魔法の品とかでもいいな。でもなあ……」

「何か問題っすか?」


「魔法関連のものは安くないだろ。いきなり凄く高価なものを渡されても重いと思われる恐れがある。それにさすがに攻撃呪文の巻物とか色気が無さ過ぎるだろ。いや本人は喜びそうだけどな」

「難しいっすね」


「あとは身を挺してジーナの危機を救うとかか?」

「ありがちっすね」

「それは否定できん。でも効果的だろ?」

「そうっすね。問題はジーナさんが持て余すけど俺が対処できる相手っているんすかね?」


「状況にもよるだろうな。刃物には弱いけど魔法抵抗力だけはやたら高いモンスターとかどうだ?」

「この辺りにはあまりいないっすよね」

「……だな」


 コンバは背中を丸める。

「じゃあ、こういうのはどうだ? ジーナをしつこく誘う野郎がいてだな、断っているのに諦めないような状況で颯爽とお前が出て行くとかいうのは?」

「そんな奴がいるっすか?」


「大きな声を出すなよ。例えばの話だよ」

「驚かさないでくださいよ。もしジーナさんが根負けしたらどうしようかと思っちゃったじゃないっすか。ジーナさんの体目当ての奴とかいるかも。ああ、なんか心配になってきたっすよ」


「だから、ジーナもそんな小娘じゃねえから大丈夫だって。それこそジーナをもてあそんで捨てたらアイスブレイクで即死だろ。だいたい遊びで付き合うなら他にもいるじゃねえか?」

「例えば誰っすか? キャリーさんも無理っすよね?」


「ミーシャさんとかシルヴィアさんとかどうだ?」

「なんか頼りなさそうっすね」

「お前の趣味を聞いてるんじゃねえよ。なんか気軽に誘えそうな気がしねえか?」

「まあ、そうっすね。じゃあ、ジーナさんは大丈夫っすかね?」


「まあ分からんけどな。町中に居る分にはジーナの魔法を見たことねえだろうし」

「あああっ。この間にもジーナさんが誰かに誘われたりしてるんじゃ?」

「安心しろ。留守中はしっかりティアナの面倒を見るって言ってたし、そんな暇はねえから」

 なんとか宥めることができた。


 それからの2日間というものはジーナへの贈り物が何がいいかという話題を繰り返す。面倒くせえと思うものの、ここまで真剣に恋の悩みがあるというのは若くていいねえという感想だった。まあ、年は関係ないか。俺がアイシャに入れあげた時も思い返せば似たようなものだったな……。


 ドーラス山の中腹を巡ってもうすぐノルンの町が見える位置になろうかというところで前方にちらりと何か動くものが見えた。長年の経験が俺に危機を告げる。すぐに見えなくなったということは俺達に気づかれないように身を隠したということだろう。浮浪児のトムから聞いた話を思い出す。


「コンバ。なにくわぬ顔をしろよ。前方で誰かが待ち伏せしている」

「本当っすか?」

「だから普通の顔をしろ。幸いに俺達は騎乗している。俺が疾駆させ始めたらお前も続け」


「兄貴と2人なら切り抜けられるんじゃ?」

「相手の戦力が分からねえ。無駄な戦いは避けた方がいい」

「了解っす」

「遅れるなよ」


 先ほど不審な影をとらえた場所から100歩ほどのところで俺は馬腹を蹴った。馬が加速し景色が流れる。すぐ後ろでもコンバが掛け声をかけて走り出したのを感じた。馬に乗るのに関してなら俺よりも乗りなれているコンバの方が上手だ。


 側方で叫び声があがり疎林の中から10名程度の者達が現れ出る。弓に矢をつがえて引き絞っていた。馬の背に伏せる。矢唸りが通り過ぎ、同時に乗っていた馬が棹立ちになった。あぶみから足を外して飛び降りる。

「兄貴っ!」

「走れ!」


 俺達はノルンの町の方に向けて走り出した。この寒さの中待っていたのなら手足が凍えて速くは走れないはずだ。俺達はマントをなびかせながら足の許す限りの速度で駆けた。第2波の斉射が着弾する。しかし風をはらんだマントを貫通することができずに虚しく地面に落ちた。


 それにしてもなかなかの腕前の狙撃手だなという思いが頭をよぎる。コンバに合わせて速度を落とした。今日は金属鎧ではないもののそれなりの重量の鎧を着て体もでかいコンバは足が遅い。ただ彼我の高低差を考えてももう射程外のはずだった。

「兄貴。先に」


「馬鹿言え。置いて行けるわけねえだろ。それに……」

 俺の言葉が終わる前にコンバの口から呻き声があがる。前方に5人の男女が立ちはだかった。くそ。お替りを用意してやがったか。これで挟み撃ちになる。前方の連中は俺達を足止めするだけでいい。射手が追いついてくれば針鼠にできる。


 前方の男女は全員大きな盾持ちだった。俺の想像通り足止めに徹するつもりらしい。通り抜けられないだけの間隔を空けて、道を塞ぐように広がる連中を走りながら睨みつける。コンバを励ましながらも、俺は冷静に突破は難しいだろうなと冷めた目で分析していた。

 

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