ゼ・マン侯


 数時間ほど馬を走らせ、ゼ・マン候の邸宅に到着した。平民の建物よりはかなり立派だが、帝都の上位貴族の邸宅よりは劣る、典型的田舎領主感満載の建物だった。


 若干煌びやかな門をくぐると、ゼ・マン候がいそいそとやってきた。どうやら、イルナスも同行してくると思っていたようで、いないとわかったら、これみよがしにがっかり顔を浮かべた。


「ヤン殿……ようこそ」

「失礼します。本日はお忙しい中本当にありがとうございます」

「いえ、そんな。しかし、城に来てくださればよかったのに」

「私は平民ですから。どこに密偵がいるかもわかりませんので」


 もう、堂々と玉座の間に招き入れられることはありませんーー笑顔で、そういい含める。目の前の老人は天然なところがあるので、釘を刺すところは刺しておいたほうがいい。


「イルナス様の時も、同様の対応でお願いします」

「し、しかしさすがに不敬では?」

「それは、すでに報告済みです。私が至らぬせいで、イルナス様の身辺は安全とは言いきれません。ゼ・マン候には本当に申し訳ありませんが、臣下の務めは主の命を守ることとご理解いただければと思います」


 ヤンは極力へりくだりながら礼を尽くす。難しいのは、ゼ・マン侯が高齢の田舎領主だと言うことだ。鷹揚な気質だとは思うが、小娘に説教じみたことを言われて素直に了承するはずはない。


 自分を下に、相手を上にあげる。


 ここらは、宮殿での宮仕えで培った経験だ。上役は、まず歳下の生意気を受け入れない者が多い。明らかに自分よりも劣る者にも、任務遂行のため、ヤンはかなり頭を下げてきた。


「ところで、火急の用というのは?」

「……はい、実は少々資金を融通していただきたく」

「それは……構いませんが、何に使われるのですか?」


 ゼ・マン候の警戒レベルが上がったことに、ヤンは気づく。やはり、小娘に資金をほいほい出してくれるような甘い老人ではないらしい。心の中で大きくため息をつきながら、満面の笑みで微笑む。


「現在、コシャ村で新しい農産物の栽培に挑戦してまして。どうしても、資金が立ち行かなくなってしまいました」

「……そうですか」


 必死に表情には出さないようにしているが、ゼ・マン侯は嬉しさが隠しきれないようだった。どうやら、若者の失敗は大好物らしい。


「新しい農産物で得た資金は、イルナス様が天空宮殿に戻るときに、ゼ・マン候に使っていただければと思っております。何卒、お力をお貸しいただけませんか?」

「……なるほど、話はわかりました。しかし、少しお時間を頂きたく思います。城に持ち帰って家臣と相談させてください」

「……わかりました」


 案の定の展開になって、嬉しくも悲しくもなかった。ただ、ヤン自身の至らなさには本当に腹がたつ想いだった。仮に姉弟子のラスベルであれば、このような不手際もなかっただろう。


 彼女は、資金面のやりくりや、相手との折衝、交渉ごとに秀でている。ヘーゼンであれば、力技で強引に資金を引き出していただろう。


 ヤンは比較的大雑把に資金を使うので、気づけば財布の中身がすっからかんなんて事が多々あった。緊急時には、財布に厳戒態勢を敷いたが、安全が確保された途端、本性が顔をだした形だ。


 ゼ・マン候の得意げな表情がウザくて、そのまま往復ビンタしてやりたい衝動に駆られたが、己を自制する。師に比べれば、ヤンはかなり優しい方だと自負している。


 これ以上粘っても、どうせいい結果は得られないので、ヤンは素直に撤退した。




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