ゼッキビ(2)
ヤンはすぐにヘーゼンに向けて手紙を書く。
「何と書くのだ?」
「ゼッキビの情報について、ラスベル姉様に提供依頼します……まぁ、師に伝える表向きの隠字では魔医のことに関する情報なんですけどね。私と姉様だけの隠字です」
「……なんで、そんな面倒なことを」
「師の説得が面倒だからです!」
イルナスは当然のようにキッパリと虚偽報告をするヤンに驚愕の表情を向ける。
「い、いいのか? それよりはむしろ、ゼッキビの有用性を説明して説得した方がいいんじゃないか?」
「はぁ……イルナス様。師は非常に頑固ですから、簡単に意見は変えません。それを説明するのには100ページあったって足りません」
むしろ、ゼッキビは先行投資で、後で回収して魔医育成の費用に充てるのだから全然いいと言い切った。そこら辺の迷いのない感じはさすがとしか言いようがない。
「でも、まだゼッキビの育成は成功してないんだろう?」
「なんとなく原因は掴めました。後は試行錯誤だけです」
「……その原因は?」
「フフ……それは、イルナス様との会話にヒントがありました。飢えです」
「飢え?」
ヤンは笑顔で頷く。要するに、肥料の与え過ぎが原因だったのだ。このコシャ村は現地と違って、土壌が肥沃している。それに加えて肥料を与え過ぎることによって、根腐れが起きた。
「……そんなことが起きるのか?」
「ある程度のストレスを与えないと育たない植物もあるのです」
以前読んだ文献で、そのような植物を見たことがある。
「……人と同じだな」
「そうですね。与え過ぎても、与えられなさ過ぎても育たない。それは、人であっても同じことが言えます」
「イルナス様は少し与えられなさ過ぎましたので、私がいっぱい与えて差し上げますね」
そんな風に言いながら、イルナスはギュッと抱きしめられる。
「や、ヤン。やめてくれ」
「やめません。私も充電が必要だからお互い様です」
「い、意味がわからないんだが」
と言うより、さっきまでは凄くまじめな話をしていたのに、急に甘えん坊モードになった。目の前にいる黒髪少女の情緒がイマイチわからない。
しかし、こんな密着はあまりにも困る。
「と、とりあえず離れてくれ」
「ええっ……せっかく頑張ってるのに。私にもご褒美をくださいませ」
「……っ」
そんな風に言われると、なにも動けなくなる。こんな時、イルナスは嬉しい気持ちの反面、情けない気持ちとも戦わなければいけない。そんな男心などわかってくれるはずもなく、ヤンは構わずに彼をギュッと抱きしめ続ける。
「ふぅ……ご褒美完了。イルナス様の嫌がっている顔、お可愛いです」
「い、嫌がってるってわかっているなら、やめてくれ!」
そんな風に訴えると、ヤンは笑う。
「少しぐらいのストレスは与えた方がいいって言ったじゃないですか。これでも、大分我慢しているんですよ。私の最終目標は一緒にお風呂に入ることですから」
「そ、それだけは断固として断る!」
イルナスは己を呪った。なにが哀しくて、好きな子とのお風呂を断らなければいけないのか。こんな身体じゃなければとも思うし、そもそもこんな身体じゃなければ一緒になんて入れないだろうし。
イルナスの男心は、ヤンによって、かなり乱されていた。
「さぁて、これから、ゼッキビの苗床をまた仕入れなきゃですね。これに関しては、次の3か月後が楽しみです。試作が終了したら、次は本格的な栽培ですから。あとは、それまでに保存方法と調理も考えなきゃですね。イルナス様、料理人で目ぼしい子はいました?」
「バドルとガナンが料理好きのようだな。二人とも村で母親の手伝いをよくしているらしい。二人とも女の子だがよく働く」
「へぇ……今度連れてきてください」
「……あまり、デレデレするんじゃないぞ?」
「ヤキモチですか? 私はイルナス様一筋ですけど」
「そんなんじゃない!」
慌てて否定するイルナスの頭をなでてくるヤンの頬っぺたをギュッとつねる。しかし、彼女の方は全然いたくなさそうなので残念だ。
「まあ、私は宮殿料理が作れるので、時折その子の家に遊びに行って作ってきます。好奇心が旺盛な子なら、真似て作るでしょうから、自然と料理が上手くなります。なついてくれて定期的に遊びに来てくれるのがありがたいんですけど」
「……なら、なんとか仲良くならないといけないな」
「あっ……そうですね。イルナス様がその子たちに惚れられちゃえばいいですね」
!?
「な、なんだそれは。僕は16歳だぞ!?」
「中身はそうでも外見は5歳じゃないですか。しかも、超美童子の。私がこんなことを言わなくたって――」
「……やめてくれ。頭痛くなってきた」
そんな風に頭を抱えると、ヤンはカラカラと笑った。
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