買い物


 翌日、イルナスとヤンはカルラの町に買い物に出かけた。コシャ村から北に2時間ほど歩いた場所に位置し、コシャ村の倍ほどの敷地を持つ町である。大通りには屋台が広がり、人々がしきりに往来して活気がある。


「へぇ……割と栄えているな」

「この辺は海が近いですからね。新鮮な魚を売るので有名なんですよ。さて……今日はいっぱい買いましょう」


 ヤンが張り切って大きな袋を掲げているのが、可愛い。イルナス自身も久しぶりにコシャ村から出たので、普段見慣れぬ景色が新鮮で楽しい。


「しかし……少し大きすぎなのではないか?」

「近隣にお裾分けです。私たちは新参者ですからね。そこらへんは上手くご近所付き合いをしないと」

「……ヤンは凄いなぁ」


 イルナスは思わず感嘆の声をあげる。怒涛のような仕事をこなしながら、イルナスの世話もこなし、近隣への配慮までするのだから。


「結構重要なのですよ? 家庭を支えるのは夫ですが、盛り上げるのは妻です。子どもは当然母親の影響をより多く受けますから。逆に彼女たちから好印象を持たれれば、夫も子も嫌うことは難しいものです」

「……僕もヤンのように立ち回ればよかったのかな」


 イルナスが思わず下を向いた。


「ああ、そんなつもりじゃなかったんです。どうか、落ち込まないでくださいませ。それに、イルナス様のお立場だったら、そのように立ち回るのは難しいと思います」

「……うん、そうだな。過去のことは過去。これから、気をつければいい。ありがとう、ヤン」


 イルナスは心の中で陰鬱な感情をしまい込んだ。正直、引きずっていないわけではない。それだけ、あの牢獄のような時間は長く、苦痛だった。

 しかし、ヤンが自分のためにオロオロしたり、悲しい顔をするのは嫌だ。無理やりにでも明るく、切り替えて行こうと決めた。


 少し歩くと、鮮魚売り場が集まる通りがあった。ヤンは黒いクリクリとした瞳を輝かせながら、一つの魚を見る。


「うわぁ、イルナス様。見てください。これ、多頭魚タロレですよ。ここら辺は多頭魚タロレもとれるんですね」

「うっ……ちょっと、気持ち悪くないか?」


 直径60センチほどの大きさで頭が三つ。尾びれが一つしかない、文字通りの多頭の魚だ。とてもじゃないが、食べる気にはならない。


「これください! うーん……3つね」

「か、買うのか!? 買う気なのか!?」

「塩焼きにしたら、脂がのってて凄く美味しいんですよ。形が不気味なんで安いし、栄養も豊富です」

「う、うーむ……」


 宮殿料理には出ていないのでどのような味かの想像がまったくつかない。宮殿料理は、味も大事だがそれよりも見た目にこだわる。明らかに変異的な形をしているこの魚はレシピにもあがらないだろう。


 ヤンは他にも魚を選んで入れていく。黒異貝グイガ夏牟海老なむえび深緑鯛シロダ、等々……


「な、なんか気持ち悪い食材ばかりなのだが」

「あら? 黒異貝グイガの身が飛び出しているのは大きいからだし、夏牟海老なむえびは殻が固いので身は柔らかいです。深緑鯛シロダはよく体内に光を留めるので魔力発現の促進をすると言われます」

「なっ……ヤン、深緑鯛シロダにはそんな効果があるのか?」


 イルナスは瞳を爛爛と輝かせる。こんな見た目が真緑な魚に、そのような効果があるだなんて。


「も、もっと買おう。これをいっぱい買おう!」

「ちょ……ちょっと落ち着いてください。予算オーバーです。まだ、買いたいものもありますし」

「う゛――っ……じゃあほら、黒異貝グイガを買うのをやめて、もう少しだけ買おう」

「あっ、ちょっと……黒異貝グイガの出汁はいい味を出すんです! これは、汁ものには欠かせないんです!」


 とヤンは慌ててイルナスの手を阻止しようとするが、彼の手は頑なだった。ほぼ全力で、黒異貝グイガを棚に戻そうとする。


「はぁ……イルナス様。そんなに大きな効果があるわけではないんですよ?」

「それでも、少しでも効果が出るなら毎日食べたい」

「……あまり言いたくはないんですが、イルナス様の魔力発現はもう少し遅いと思います。まあ、そうなって欲しいなと言う想いもありますが」

「なっ……なんで!?」


 心苦しそうなヤンに、イルナスは驚愕の表情を浮かべる。


「魔力発現にはいくつかの兆候があり、今のイルナス様にはそれがありません」

「……その兆候とは?」

「今は教えられません」

「な、なんで!?」

「イルナス様に教えたら、なんとかその兆候を起こそうとされるでしょう。そう言った類のものではないのです。いずれ来る魔力発現に囚われることよりも、平民での実生活を大事にして頂きたいのです」

「……」

「また、魔力発現が起きればイルナス様の状況は一変します。今のような生活を続けることも困難になるでしょうし、そもそも準備が全然整っていないのです」

「……」


 イルナスはガックリと肩を落とした。両方とも正論で反論の余地がまったくない。これ以上は童子のわがままだし、そんな駄々をこねる小さい子だとは思われたくない。


「でも……駄々を捏ねるイルナス様、すっごく可愛かったです!」

「……ヤンは男心がわかってない」


 イルナスは彼女にそっぽを向いた。



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