第33話 学校
イルナスが学校へ通うようになって、1週間が経過した。平民の子どもたちは、今日も元気いっぱいだ。
中でも元気いっぱいなのは、入学初日に転ばせて泣かせたタルタルという子である。身体がイルナスよりも2回りほど大きく戦士型の童子は、懲りずに剣士ごっこを、求めてくる。
「今日は俺が竜騎兵ラシードね」
そう言って、タルタルはいつも通り木の棒を渡してくる。しかし、秒で瞬殺。
よほど、剣に負けたのが悔しかったのか、放課後も一人で剣術の稽古をしているところを見かける。
それを家に帰った時、ヤンに報告すると、「それはいいことですね」と嬉しそうに頭をなでる。大好きな黒神少女に褒めてもらえたのがすごく嬉しいのだが、なぜかがよくわからず、首を傾げる。
「学校はイルナス様には意味のない場だと思っていましたが、仲間を作る場だと思えばいい機会かもしれませんね」
「仲間……」
聞き慣れない言葉に戸惑う元皇子。友人、派閥、部下、家族。さまざまな関係性は天空宮殿でも存在したが、仲間というものは存在しなかった。貴族は主従関係が強く、イルナスよりも目上は全員身内である。必然的に、身分が同じ者がいない。
「もちろん身分が下の者でも、仲間は作れますが同時に主従関係も加わり関係性を深めることは容易ではありません。その点、今は平民ですから」
「……でも、どちらにしろ身分がバレたら」
「主従関係が成立して後で仲間になることは難しいですが、仲間になって後、主従関係になるのは絆が深まることが多いです」
それに仲を深めるのは、同じ身分であればあるほど容易であるとヤンは力説する。同じ景色を見て、同じ苦労をして、同じように過ごすことで絆が生まれるのだという。
「……しかし、そのような打算で仲間になってもいいのだろうか?」
「いいと思います。いや、むしろ信用できる相手かどうかをしっかり見極めた上で仲間にならないと駄目ですね」
どれだけ絆が深まったとしても、裏切る者はいる。それは、その人の本性が裏切りに傾きやすい性格だからだとヤンは言う。快楽に流されやすい者。すぐに横着をする者。自分勝手な行動をする者。人は礼儀などでそれを覆い隠そうとするが、人間の本質はなかなか変わらないのだと。
「イルナス様にとって、心から信頼できる者は、今後なによりも必要な者となります。それは、どれだけ身分や能力が高い者よりも遙かに重要なのです」
今後、天空宮殿に帰ることを意識するのならば、重要な秘密を抱えられる者が必要となってくる。召使いや側近、護衛など、身分が低くとも、要職につく大臣なんかよりも重要になってくる場面が必ずある。
そして、今は平民だとしても、逆にイルナスが護衛などに取り立てたりすることによって、恩を感じて必死に働いてくれることもあるだろう。
「そのような者たちは、ほぼ裏切ることはないでしょう。裏切ったからと言ってイルナス様よりも仲が深められることも皆無でしょうし、逆に敵側が使うにも必ず今までの絆というのが抑止になります」
「……なるほど、わかった」
イルナスは頷いて、学校の子たちを思い浮かべる。タルタルは気性は荒いが剣士には向いているだろうし、他にも長所が多い子どもたちもいる。
「逆に信念を持った者は有能ですが、危険です。どれだけ仲を深めたとしても、自身の行動原理に沿って行動するので情には流されません。イルナス様がそれと違う行動をすれば、裏切ってくるでしょう」
「……そういう者とは仲間にならない方がよいのか?」
イルナスの問いに、ヤンは首を横に振る。そういう者は仲間になった上で主従関係をしっかりとさせて登用した方がよいのだと。その者はイルナスが間違った行動をした時に、必ず諫めてくれるだろうからと。仲間であれば、決定的に間違った行動をしなければ忠告をしてくれるはずだから。
「行動を諫めるか、行動を共にするかは本人の資質によるものです。それは絆とは別次元のものなので、どちらも用いればいいと思います。どちらも重要ですし。同じ仲間です。行動を抑制するか、促進するかの違いです」
例えば、ヘーゼン=ハイムは紛れもなく後者だとヤンは言う。彼はイルナスの行動が自身の行動原理に沿っている限り、忠実であると断言する。
「しかし、イルナス様が自分の行動原理にそぐわないと判断した場合、間違いなく敵となります。今は、同じ方向に向かって行動していますが、
「……君は弟子なのに」
ヤンは笑顔でイルナスの頭をなでる。
「自分はもちろん前者でイルナス様に絶対服従です。もちろん、違うと思ったことは口に出させてもらいますが、それはあくまでアドバイスと取ってください。私はイルナス様がどのような行動を取ろうと問答無用でイルナス様の味方ですから」
と若干愛されすぎて怖いような言い方をされて、イルナスはちょっとドン引きした。
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