第8話 側近



 尋問が終わり、ヘーゼンが自室に入ると、1人の女性が立っていた。

 青色の髪は腰まで長く、顔は非常に小さく整っている。背が高くスラッとした体型で、歩けば誰もが足を止めるほど美しい。

 ラスベル=シングレー。ヤンの姉弟子である彼女は、ヘーゼンの手足となって働く側近でもある。

 

 彼女は周囲を見渡した後、スーの側へと駆け寄る。ヘーゼンは大きくため息をついて、対面の椅子への着席を促す。


「終わった。これで、私の周囲に捜査が及ぶことはないし、犬狢ケバクの派遣も取りやめになった」

「……相変わらず恐ろしい方ですね」


 話を聞けば聞くほど、ラスベルの苦笑いが止まらない。イルナス誘拐の黒幕である彼が宮殿護衛長に尋問されて、逆に返り討ちにして堕とすのだから。


「彼が強者に尻尾をふる典型的な犬でよかったよ。まあ、20年以上もこんな魔窟の護衛長に居座っているんだ。酸いも甘いも知り尽くしている腐った男だと言うのは想像がついていたがね。ラスベル、お前がヤン行方不明の連絡をしたタイミングもよかったよ。見事に餌に釣られてくれた」

「……」


 このスーヤバいなと、姉弟子は思う。公式の年齢は20歳。ラスベルとは2歳しか違わないこの化け物は、絶対に年齢を詐称していると確信する。


「このまま利用し続けるんですか?」

「まあ、当分は。しかし、もうビシャスもやめざるを得ないだろう。年齢的にも、残り数年はもたない。後任くらいは、こちらで指定したいところだが、さすがに第一派閥を差し置けば、関係を疑われるからな。

 このまま私の言うことを永劫聞いてくれる人形にできないところが、派閥争いの難しいところだな」

「……」


 さらっと恐ろしすぎることを言われて、一刻も早く弟子から抜け出したい衝動に駆られる青髪美女。冷静に引き際までわきまえているところも、このスーの恐ろしいところだ。


「それに、皇位継承権第一位のエヴィルダースがイルナス皇子殿下の真実を知れば、いずれは犬狢ケバクを派遣せざるを得ないだろう。私ができるのは、ヤンたちが帝都を抜けるまで時間を稼ぐこと……あとは、ビシャス退任までに有能な弟子を数人送り込むことぐらいかな。まあ、それだけでも収穫はあった」

「とすると……デセル、マゴ、ジェノバドゥというところですか?」

「そんなところだ。あとは……今、できることはないかな……周囲の動向は?」


 十二分に暗躍しておいて、まだなにかやろうとしている。ラスベルは心の中でドン引きしながらも、報告を続ける。


「さすがに周囲が慌ただしくなってきました。現在、各方角の門で事情聴取が始まってます」

「そうか……思ったよりも早いな」


 ヴァナルナースから相談を持ちかけられて、2時間ほどしかなかった。なので、急遽の逃亡劇とならざるを得なかった。やれるだけのことはやって送り出したが、後はヤンとイルナスを信じるしかない。


 ヘーゼンはイルナスを一目見て気に入った。皇位継承候補者の中で、最も聡明さが際立っているのが彼だった。

 そして、ヤンと同じく成長が阻害されるほどの潜在魔力。星読みたちが騒然とするほどの才能の持ち主。それがどれほどのものか興味が尽きない。


「私が心配しているのはヤンです。あのような大役を果たしてあの未熟者に任せられるのかと」

「まあ、何事も経験だ」


 とは言え、才能は随一の少女であることは疑いない。平民の身分で弟子としたのは、今までで2人目だ。そして、ヤンには彼の教えを2年間叩き込み、やれるだけのことはやった。

 そして、それでも壊れなかったのだから、その精神的強さも驚愕に値するものだろう。


「私が今までに側近としたのは、十人もいない。そこに入っているのだから、君もヤンも優秀だということだ」

「……いや、むしろその歳で十人も側近を取り立てていたという事実が驚きなんですけど。帝国の前にいた国では皇族だったのですか?」


 やはり、絶対に年齢詐称してるだろうとラスベルは思う。ヘーゼンの見た目は20歳そこそこ。ラスベルよりも若いと言われても、なんら不思議のないほど若々しい。

 しかし、魔法使いとしての腕は、大陸でも類を見ないほどの実力である。


「ラスベル、1つ忠告しておく。私のことを知ろうとするな。その方が君のためだ」


 ヘーゼンが何者であるのかを完全に知る者は、この帝国にはいない。すべてが謎に包まれている。

 彼と対峙した他国の英雄は死に際に吐いた。『ヘーゼン=ハイムは悪魔の化身だ』と。

 彼とともに戦争で勝利した者は言う。『ヘーゼン=ハイムは神の化身だ』と。

 また、彼の弟子であるヤンは、ある時ふとつぶやいた。『スーの知識はこの大陸のどこにもない。彼は西の大陸から渡ってきたのではないか』と。


 さまざまな噂が錯綜する中で、その評価も変わっていた。天才、英雄、異端……化け物、徐々に不気味な存在として恐れられ始めた。

 実際、数段飛ばしでその位を上げてきたヘーゼンだが、特にここ1年は大師ダオスーの位から出世をしていない。


 周囲からの嫉妬。いや、それ以上に貴族たちが自身の権力を奪われることへの恐れ。軍では、大きな戦地に送られることはもうない。

 大師ダオスーという肩書だけの存在。実際の戦闘から遠ざけられ、この天空宮殿で不遇を囲っている。


 派閥というのは、ヘーゼンにとっては厄介極まりないものだった。帝国内で立場をあげるためには、自分の支持者が必要だ。

 しかし、その性格の悪さと人望のなさが足を引っ張り、完全な足踏み状態である。

 苦し紛れに、ラスベルやヤンに実力をつけさせて徐々に軍部で力をもち、中央軍部に食い込む計画を立てた彼だったが、状況が一変する事態が起きたのが昨日の出来事だった。


 弱小皇族であるイルナスが皇太子に内定したことで、ヘーゼンは計画をすべて変えた。なんとかして、彼を生かし続けなればいけない。

 今は内部の派閥争いがそれほどでもないが、次の真鍮の儀式では紛れもなく荒れる。互いが互いを食い合って、上手くそれぞれの勢力を弱めてくれればいいと思う。


「上手くいかぬものだな」


 ヘーゼンはつぶやいた。

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