第3話 夏祭り本番

 土曜日の午前中にさおりんに図書館で勉強を教えていた。さおりんは何時も以上に落ち着きが無かった。


「どうした、さおりん?」

「今日は町の神社で夏祭りだよ」


 ま、関係無いな。わたしが続きを教えようとすると。


「女子から夏祭りに誘われたら、男子はドキドキして一緒に付いて来てくれるのだよ」


 つまりは一緒に行きたいとな。さおりんは財布を出して「この厚い財布が目に入らぬか」と自慢する。それなりにお小遣いを貰ったらしい。わたしは試しに浴衣も着てくるか聞いてみた。


「ノー、プロブレム。アサガオ柄の浴衣だよ」


 少し英語の勉強も必要だなと。一瞬、思うのであった。はて?日本語に訳すとどういう意味だ?つまりはさおりんは浴衣を着てくるとな。一気にわたしの体温が沸騰する。夏祭りで女子とデートだと!きっと、死亡フラグに違いない。校内の上位カーストの生徒に見られて、生徒指導の先生の耳に入って、退学処分になるのだ。


「変装してもいい?」

「Tシャツと短パンでいいから普通の格好にしてよー」


 確かにさおりんの言う通りだ。変装などしたら余計に怪しい。さおりんは子供っぽいところがあるが立派な女子高生である。


「リンゴ飴、焼きそば、スーパーボール釣り……楽しみだな」


 行く気満々である。これは断れない……。イヤ、こんなチャンスなど無い、断ったら一生の汚点だ。


 あードキドキする。今日の事は日記に書いておこう。はて?毎日、日記を付けてはいないから。将来の黒歴史メモになりそうである。ダメだ、今日の歴史は黒くならない。


 ルーズリーフに残しておこうと思う夏祭り前の土曜日であった。





 今夜は町の神社でお祭りである。さおりんに誘われて一緒に行く事になった。

いったん、分かれて支度をするのであった。何を勘違いしたのかシャワーを浴びる。Tシャツに短パンでいいと言われても……。そんな妄想をしていると、左足が無いのに気づく。


『また、挫折するよ』


 そんな言葉が頭の中をよぎる。まるで悪魔の呟きが聞こえるようであった。わたしは舞い上がっていた気持ちが冷めていく。


 さおりんを失うのか……。


 左足を失い、T大を諦めて。きっと、さおりんも去っていく。自室で髪を乾かしている時間は地獄であった。不意に携帯を見るとさおりんからメッセージが届いていた。


『神社の隣の郵便局で待つよ』


 メッセージに時間の指定もない、さおりんらしいな。わたしは大急ぎで支度をして神社の隣にある郵便局に向かう。そこには薄いブルーとピンクのアサガオの浴衣姿のさおりんにが居た。


「えへへへ、早かったかな?」


 そう、外はまだ明るく出店も準備中であった。


「神社の本殿の裏で待とうよ」


 わたしの言葉にさおりんが付いて来る。本殿の裏は夏祭りとは思えないほどの静かさであった。


『また、失って、挫折するよ』


 静寂の中でまた聞こえる。


「どうしたの?顔が真っ青だよ」

「ははは、水当たりでもしたかな」


 わたしは必死に誤魔化す。さおりんは不思議そうにしていた。それは、浴衣姿のさおりんにわたしは魅かれていた。だから、なおさら、失った左足首が疼く。わたしは目を閉じて蝉の声を聞く。


「さおりん、少し、側に居てくれないか?」


 わたしの弱さをさおりんにぶつけてみた。しかし、さおりんは足をぶらぶらして暇そうにしている。わたしは大きく息を吐き言葉を探していた。


 わたしは夏祭り本番で人混みの中にいた。さおりんを見失いそうになり、上手く動かない左足を呪っていた。


「わたしはここに居るよ」


 さおりんが近づき手を握る。小さく感じる手の感触に血液が逆流しそうな気分だ。わたしは素直に人混みの中でさおりんの手を握り返す。さおりんは何時も以上にいい香りがするので言葉は要らなかった。


「あ、焼きとうもろこしだよ」


 手は離れ、さおりんは出店の前にダッシュする。


 あれ?


 良い雰囲気だったのに……。わたしは気を取り直してとうもろこし屋に近づく。


「三本は食べたいよな」


 それは無いだろうと首を傾げていると。


「おっちゃん、この太いのちょうだい」


 結局一本にしたが一番大きいのを選んだのである。ガリガリととうもろこしにかぶりつき、幸せそうにしている。


「この甘辛のたれが家では再現できないのたよ」


 ほーと、関心していると。


「変身美少女のお面もある!」


 早速、買うと、さおりんはまとめた髪にお面をつける。そんなさおりんを見て、わたしはもう満足していた。


 これで良いのだ……。


 さおりんとの距離が近づき過ぎては失った時の反動が激しい。再びさおりんの小さな手を握る事を諦めていると。


「きっと、世界は終わらないよ」


 は?


「明日、世界が終わる事でも考えていたでしょう」


 似たようなものだ、さおりんのいない世界などに興味はない。


「わたしはこの夏が終わっても幸せでいられる自信はあるよ」


さおりん……。


 わたしは時間も遅くなり帰ろうかと考えていたのに、さおりんは続きが有ると言うのだ。


 さおりんと一緒の未来か……。


 SFではなく恋愛物の物語を歩んでいるのかと思うのであった。

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