第10話 取り違えた荷物

「はい、ここに名前書いて」

 伊織がA4版のコピー用紙をテーブルに置く。紙には5本の線が引かれており、下の方は折り曲げられていた。曹瑛、榊、高谷のアジア勢はひと目見て合点がいったようだ。

「これは一体何をしようというんだね」

 ライアンが意図を図りかねて尋ねる。

「あみだくじっていうんだよ。スタートはここで、それぞれの名前を書く。縦線の間に横線を書き加えて辿っていった先とつながる」

「なるほど、部屋割りをこれで決めようということか」

 伊織から仕組みを教えてもらい、ライアンも納得したようだ。


「そもそも、雪合戦でどうやって勝敗を決めるんだよ」

 頭から大量の雪をかぶった伊織は鼻水を啜りながら文句を言う。一人ずつ亡き者にしようとしていたのだろう、曹瑛と榊は押し黙る。

「じゃあ、名前書いて、一人2本横線を引こう」

 伊織がその場を仕切り、男たちは黙って従う。これで平等に平和的解決ができる。皆名前を書いて、それぞれ2本ずつランダムに横線を引いた。伊織が折り目を開くと、ツインが2つ、ダブルが2つ、シングルと部屋割りが書かれている。

「じゃあ、いくよ」

 伊織が赤線を引き始める。皆が固唾を呑んで見守る。


 あみだくじの結果が出た。

「ライアンと高谷くんがツイン、瑛さんと榊さんがダブル、俺がシングルの部屋」

「ちょっと待て、何故俺がこいつと同室なんだ」

 曹瑛が伊織の首を締め上げる。

「あみだくじの結果は平等だ、往生際悪いよ瑛さん」

 暴力には断固反対とばかり、伊織は応戦する。

「俺と同室が嫌というならライアン、部屋を代わってやろうか」

 榊が意地悪そうな笑みを浮かべる。

「曹瑛と親睦を深めるのも悪くない」

 ライアンは曹瑛に微笑みかける。


「いや、榊と同室でいい。くじの結果だ」

 曹瑛は青ざめて大人しく伊織から手を離した。ライアンと同室は絶対に避けたい。一晩中身を守るために気を張っておく必要がある。

「じゃあ、部屋に行こうか」

 ロビーに置いていた荷物を手に取っていく。ライアンはブランドロゴの入ったボストンバッグを3つ取り上げる。

「おかしいな、私の荷物がひとつたりない」

「これは違うのか」

 榊がひとつ残った黒いボストンバッグを指さす。ノーブランドのバッグだ、ライアンにも見覚えが無いという。


「車に残ってるんじゃない」

「ううん、俺最後に確認したけど、全部下ろしたよ」

 高谷の言葉に、伊織は首を振る。曹瑛はバッグを手に取り、ファスナーを開けた。中身を見て、唇を引き結び瞬時に目を細めた。

「どうした」

 曹瑛の様子に気が付いた榊がバッグの中を覗き込む。

「これは」

 榊は思わず絶句した。曹瑛はアンティーク調のソファの上にバッグの口を開いて置いた。それを見た伊織と高谷も目を見開く。


「ライアン、どうしてこんなもの持ってきたの」

「伊織、これは私の荷物じゃない」

 動揺する伊織に、ライアンが首を振る。黒いボストンバッグの中に、煌びやかな宝飾品が雑多に詰め込まれていた。高谷が震える指で取り出したのは、無数のダイヤモンドが散りばめられたティアラだ。

「こ、これって」

 伊織はその輝きに思わず瞬きをする。

「銀座の宝飾店ジュエリー・ポーラスターで盗まれたティアラだよ。これだけで五億円の価値があるって」

 高谷が呆然としながら呟く。


「奴らが必死で追いかけてきた訳はこいつだな」

 面倒なことになった。榊は肩を竦め、ため息をつく。

「でも、なんでここにこんなものが」

 そう言いかけて伊織はあっ、と頭を抱える。海老名サービスエリアで背後に駐車していた黒いバンの男がトランクから荷物の雪崩を起こした。その時に伊織が足元に置いたライアンのバッグと入れ替わってしまったことに気がついた。

「きっと、あのときだ」

 伊織はひどく落ち込んで項垂れる。自分がマフラーを探しにいかなければ、こんなトラブルに巻き込まれることにはならなかった。


「お前は何も悪くない」

 曹瑛が横で打ちひしがれている伊織を宥める。

「そうだ、強いて言えばこの男が荷物を持ち込みすぎなんだ」

 榊がライアンを迷惑そうな表情で見やる。

「困ったな、あのバッグには気に入りのセーターや下着が入っているんだ」

 ライアンの言葉は無視された。


「奴らはどう見ても小物だ、背後にそれなりの組織がついているだろう」

 高速道路から尾行してきた黒いバンに乗っていたと思われる、先ほどここに侵入してきた中年男二人だけであの強盗事件を起こしたとは思えない。曹瑛も緊張した面持ちでティアラを見つめている。

「警察に届けよう」

 伊織が顔を上げた。確かにそれが真っ当なやり方だ。しかし、曹瑛も榊も、ライアンも首を縦に降らない。


「私なら、警察に盗品が届けられたことを知れば、運び屋のあの二人を始末してすべての罪を着せるだろう」

「えっ、そんなひどいこと」

 ライアンの冷静な分析に、伊織は驚いて眉根を寄せる。

「総額8億の大仕事をしくじったとあれば、どちらにせよ命は無いだろうな」

 曹瑛も頷く。

「こういうことはいつも末端が割りを食う」

 榊も何やら思うところがあるようだ。あの二人は指示されて動いているだけに違いない。助ける義理は無いが、ティアラが入ったボストンバッグは預かっておくことにした。


 荷物を持って割り当てられた部屋に向かう。客室は二階で、玄関ホールの大階段から左右対称に部屋が8つずつ並んでいる。すべて芦ノ湖を見渡せるレイクビューのようだ。伊織のシングルルームもツインやダブルルームと同じ広さで、ベッドが小さい分、部屋は広々としていた。

「豪華な部屋だね」

 伊織は部屋を覗き込んで目を見張る。瀟洒なアンティークの調度品や家具が置かれた部屋は、あまりに現実離れしており落ち着かない気がした。


「私は結紀と一緒の部屋だね、よろしく」

「ライアンと一緒か、よろしく」

 高谷はライアンと同室だ。ライアンが榊と同室にならなかっただけ御の字だ。それに、ライアンがおかしな動きをしないよう監視することもできる。これで良かったのかもしれない。高谷はふかふかのベッドに身を投げ、大きく伸びをした。


 曹瑛と榊は互いに睨み合いながら部屋のドアを開ける。どちらも譲らず同時に入ろうとするものだから、肩が当たってドアに挟まってしまった。

「お前と同室とは、先が思いやられる」

 曹瑛はあからさまにため息をつく。

「俺も同感だよ」

 榊は面倒くさそうにティアラの入ったボストンバッグをテーブルの下に置いた。

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