第6話 不本意な演舞
舞台右袖に隠れた詰襟の男が胸元に手を入れ、黒光りするナイフを取り出した。曹瑛はそれを確認した瞬間手すりに足をかけ、天井から吊られた雑技の布に飛びついた。赤い柄巻のナイフ、バヨネットで布を切り裂きながら滑り降りていく。詰襟が曹瑛の姿を捉え、目を見張る。曹瑛は大腿のガーターベルトから抜いたスローイングナイフを放った。
「うぐっ」
ナイフは詰襟の肩口を貫いた。詰襟は低く呻いてカーテンの影に身を隠す。舞台左袖でも詰襟の刺客が殺気を放っている。曹瑛は間髪入れずスローイングナイフで刺客の太股を攻撃し、その動きを止めた。
布に掴まり中空に浮いた曹瑛の姿を認めた坊主頭が銃を取り出し、狙いをつける。このままでは格好の的だ。曹瑛は布から手を離し、舞台に降り立った。突然舞台上に現われた長袍を着た長身の麗人に会場は騒然となる。スポットライトに照らされて、漆黒の長袍は深紅に色を変える。魏秀永は曹瑛の顔を見て、唖然としている。
「ライアン、魏秀永を連れて行け」
「わかった」
ライアンは曹瑛の姿に恍惚として頷いた。魏秀永をエスコートしながら舞台を降りる。
暗殺の失敗を受けて邪魔者を消そうと、なり振り構わず詰襟の集団が襲いかかってくる。不本意ながら舞台上に姿を見せてしまった。しかし、ここで血を流すわけにはいかない。曹瑛は小さく舌打ちをして、バヨネットを胸元にしまう。
詰襟の男たちは総勢5人。曹瑛を取り囲みながらじりじりと距離を詰めてくる。その手には刃渡り20センチのナイフを持っている。ライトを浴びたナイフがギラリと光る。会場からどよめきが起きる。
「瑛さんが危ない」
「いや、奴らなど曹瑛の敵ではない。それよりもこの場をどうやって納めるかだ」
舞台上の曹瑛を助けようとする伊織を榊が制した。曹瑛は一般人の前で派手な立ち回りを披露している。この暴力沙汰が問題になれば、街づくりのためと協賛している地元企業との契約も危うくなる。
伊織は舞台で戦う曹瑛を見つめて唇とぎゅっと噛みしめる。
「邪魔者は排除する」
2人が同時に襲いかかる。曹瑛は迫り来るナイフを避け、一人目の脇腹に肘鉄を食らわせ、腰を折ったところに延髄に手刀を叩き込む。もう一人の顎をアッパーカットで砕いた。2人は壇上に無惨に転がった。不本意ながら、ライアンのデザインした長袍は思いのほか動き易い。滑らかな生地に脇の編み上げが可動性を広げていた。
伊織がライアンに耳打ちをする。ライアンは口元を緩めて頷いた。伊織と榊は舞台への階段を駆け上がる。榊は起き上がろうとする詰襟を舞台袖に引き摺り込み、首を締め上げて気絶させていく。伊織は舞台裏で出番を待っていた二胡の奏者に話しかけた。
「好的」
中国人の若い二胡奏者は頷いて、舞台袖で剣舞曲を演奏し始める。曹瑛が魏秀永を守るために戦っていると伝え、協力を依頼したのだ。これで観客は演舞だと思い込むだろう。
「油断するな、奴もプロだ」
3人が曹瑛に飛びかかる。曹瑛は3本のナイフの波状攻撃を軽やかな身のこなしで避ける。まるで二胡の演奏に合わせて舞っているかのようだ。間合いを詰めた3人が曹瑛の心臓を狙い、同時にナイフを突き出した。曹瑛は真上にジャンプし、雑技の布を掴む。詰襟たちは曹瑛の跳躍力に唖然として真上を見上げる。
曹瑛は落下スピードに乗せて三つ編みの頭上に膝を落とす。白目を剥いた三つ編みはその場に崩れ落ちた。曹瑛は再び布を掴んで宙を舞い、坊主頭の首に脚を絡ませ締め上げた。坊主頭は曹瑛の脚を掴みジタバタもがくが、気管を押しつぶされ泡を吹きながら気絶した。
「貴様、許さんぞ」
最後に残った短髪は唇を歪めながら曹瑛を睨み付け、ナイフを構える。その手は恐怖に震えている。曹瑛はゆっくりと近付いてくる。
「うわあああ」
恐怖にかられた詰襟は曹瑛に向かってナイフを突き出す。曹瑛は動きを止め、背中を向けた。チャンスだ、男は勢いに乗せてナイフで斬りかかる。曹瑛が振り向いたかと思うと華麗な弧を描く上段蹴りがこめかみにクリーンヒットした。
男は舞台端まで吹っ飛ばされ、気絶した。長袍の裾を翻し、曹瑛が姿勢を正す。突然の乱闘騒ぎに会場は静まりかえる。
「見事なパフォーマンスだった」
「しかし、ナイフを持っていたぞ」
「これは一体どういうことだ」
不安な囁き声が漏れ聞こえてくる。さすがに誤魔化しきれないか。伊織は舞台上に姿を見せ、曹瑛の隣に立つ。伊織のメデューサの紋章がついたド派手な衣装も舞台に立てば、パフォーマーとして様になっている。
「素晴らしいサプライズ演舞でした」
マイクを持つライアンがアナウンスを始める。
「彼はナイフ投げの名手、さらに技を披露してくれます」
それを聞いた曹瑛は伊織に怪訝な顔を向ける。
「瑛さん、ここは合わせて」
伊織は小声で囁く。両手を広げて観客にお辞儀をして、舞台の端に歩いて行く。そこにはスタッフが長机を立てかけている。ライアンが裏で指示を回しておいたのだ。
伊織は長机を背にして立つ。ショートパンツ姿の高谷がテーブルからくすねたりんごを持ってきた。
「伊織さん、頑張って」
高谷が耳元で囁く。
「大丈夫、俺は瑛さんの腕を信じてる」
伊織は小さく頷いた。高谷は伊織のパワーショルダーの上にそれぞれひとつ、頭上にひとつ乗せる。
「彼の運命やいかに」
ライアンが場を盛り上げる。伊織は曹瑛の目をまっすぐに見つめている。曹瑛は直立し、構えを取る。伊織を見据えて精神を集中させている。会場に緊張感が漲る。
曹瑛がスローイングナイフを抜き、腕を横に薙いだ。ナイフは伊織の右脇に3本連続で突き刺さる。次に腕を縦に振る。左脇に3本が突き刺さる。会場からどよめきが上がる。
曹瑛は一歩踏み込み、三本を連投した。伊織の右肩、左肩、頭上のりんごが長机に縫い付けられた。会場は静まりかえる。伊織はナイフを避けて前に歩み出た。無傷であることを観客に証明し、お辞儀をした。
「アメイジング!二人に盛大な拍手を」
会場は一気に沸いた。舞台上では二胡の演奏が始まり、食事と歓談の時間となる。先ほどの乱闘が本物だと疑う者はいないようだ。
「伊織、君の機転は大したものだ」
舞台袖に現われたライアンが興奮気味で伊織のパワーショルダーを叩く。
「瑛さんの腕があるからこそのアイデアだよ」
「曹瑛のナイフ投げも見事だったよ」
ライアンは不満げな表情で腕組をする曹瑛に微笑みかける。曹瑛はあからさまに顔を背けた。
「しかし、こいつらどこの刺客だ」
榊が気絶したままの詰襟たちを見下ろす。
「それは私の部下に尋ねさせよう。さあ、せっかくのパーティだ。食事も楽しんでくれ」
ライアンが合図を送った先には、黒いサングラス、スーツのいかつい男たちが控えている。ハンターファミリーの強面たちだ。尋問は彼らに任せてテーブルにつくことにした。
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