第3話 ハロウィンパーティへの誘い
頬杖をつきながら榊の話を聞いていた曹瑛は、つまらなそうにあくびをする。
「高谷は災難だったな。優柔普段な兄を持つと苦労する」
曹瑛は榊を一瞥しながら高谷を労う。
「いえ、俺はそんなこと」
高谷は首を振る。榊は今日のグローバルフォース社訪問の精神的ダメージから立ち直れず、曹瑛に言い返す気力も無いようだ。
「素晴らしい仕事じゃないですか、榊さん」
伊織がフォローを入れる。榊は穏やかな笑みを浮かべながら頷いた。普段の榊ならここで熱く語り出すのだが。ホテルが完成したらぜひ泊まってみたい、と伊織は榊を盛り立てる。おべっかではなく本心だった。
曹瑛はテーブルから立ち上がり、階段を降りていく。
「どこいくの、瑛さん」
「タバコ」
烏鵲堂のカフェスペース、書店は禁煙だ。タバコを吸うなら路地にある喫煙スペースになる。階段を降りきったあたりで曹瑛の叫び声が聞こえた。
「な、なんで貴様がここに」
珍しく曹瑛が取り乱している。伊織と高谷は顔を見合わせて階下を覗き込む。ライトグレーのコートを着たブロンドで長身の男の姿が見えた。両手を広げ、曹瑛に熱烈なハグを迫る。それを激しく拒絶する曹瑛が突然殴りかかった。動揺のためか拳は宙を切った。
「久しぶりだね、曹瑛。会えて嬉しいよ」
ライアンは満面の笑みで曹瑛を抱きしめる。曹瑛が固まったまま動けないのをいいことに、ライアンはその背中をすりすりと撫でている。
「天罰だな」
いつの間にか榊も腰に手を当てて、階下を見下ろしていた。ライアンに絡まれる曹瑛を見てニヤニヤ笑っている。それを見た高谷はどっちもどっちと呆れている。曹瑛はライアンを引き剥がして階段を駆け上がってきた。
「榊、貴様のせいで奴がここに」
曹瑛は榊の胸ぐらを掴みあげる。榊は顔を真っ赤にした曹瑛を見て不敵な笑みを浮かべている。
「さっきまで人ごとと思ってせせら笑いやがって、俺の気持ちが分かったか」
榊は曹瑛の鼻っ面に人差し指をつきつける。
「お前がいると俺までとばっちりを食う」
2人は殺気を漲らせながら醜い争いをしている。それを横目に伊織はライアンと握手を交わして世間話を始めた。
ライアンは椅子に腰掛けて足を組む。何やら話があるようだ。曹瑛はグラスに注いだ桂花烏龍茶をライアンの前に置いた。セクハラまがいのボディタッチが激しいライアンを苦手としているが、客をもてなす気持ちは忘れていない。
「ありがとう、素敵な香りだ」
優雅な仕草で茶を飲むライアンの姿は、礼儀正しく知的で紳士的だ。榊と曹瑛は苦々しい顔を見合わせる。
「君たちに頼みがあるんだ」
ライアンが話を切り出した。今週末に、榊も関わる横浜ベイエリアのデザイナーズホテルプロジェクトの成約を祝うパーティを開催するという。パーティには中国人資産家のクライアント、魏秀永も招待する予定だ。
「脅迫電話がうちの社にかかってきてね」
榊は眉を顰める。ベイエリアはカジノ利権の闇が渦巻いている。このような形で具現化するとは。
「ホテルプロジェクトを中止しなければ、クライアントである魏秀永の命の保証は無いという内容だ」
魏秀永の名前に、無言のまま曹瑛が目を細める。その名前には聞き覚えがあった。曹瑛が最後の裏仕事で出会った善良な人物だ。
「カジノ利権で裏社会に黒い金が動いている。ここでパーティを中止すれば、奴らの思うつぼだ。こんなことでクライアントを失望させたくはない。私は手がけるビジネスは必ず成功させる」
ライアンの瞳が真剣な色を帯びる。裏の顔、アメリカンマフィアの本性が垣間見えた。
「そこで、曹瑛。君に魏秀永のガードとしてパーティに潜入してもらいたい。もちろん、報酬は出す」
曹瑛は腕組をしながら考えている。普段なら嫌だと即答しそうだが、伊織はそんな曹瑛を意外に思った。
「・・・分かった」
曹瑛が沈黙を破る。榊もその答えに驚いていた。ライアンは嬉しそうに微笑みを浮かべる。
「嬉しいよ。ニューヨークから部下を呼ぶつもりだ。君の指示に従って動かせるようにしよう」
「いや、一人で十分だ」
曹瑛はライアンの提案を却下した。元暗殺者としては、一人の方が動き易いようだ。
「ちなみに、ハロウィンに合わせた仮装パーティなんだよ。テーマはチャイナテイスト。君たちの衣装は用意してある」
衣装と聞いて、曹瑛と榊は血の毛が引いていく。ライアンのハロウィン企画でとんでもない衣装を着る羽目になった気まずい記憶が鮮明に蘇る。
「曹瑛、頑張れよ」
榊は笑顔で曹瑛の肩を叩く。
「ライアン、俺は会場に潜入しての隠密行動だ。仮装など必要はない」
曹瑛は必死で抵抗している。
「会場では皆テーマに則って仮装をする。それがドレスコードなんだよ。安心してくれ、君にはシックな長袍を用意している」
それを聞いて、曹瑛は折れた。
「英臣はもちろん、このプロジェクトのメンバーだから、ぜひ参加して欲しい。伊織と結紀も招待するよ」
パーティに参加するつもりは無かった榊は頭を抱えている。
「ありがとう、ライアン。魏秀永さんのホテルプロジェクト、取材させてもらえないかな」
日中友好雑誌で面白い企画ができそうだ。伊織も目的が出来た。
「彼に話を通しておくよ」
衣装は後日届けると伝え、ライアンは颯爽と帰っていった。
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