第7話
レフェリーが勝者である獅子堂に近づこうとする。獅子堂は首を振り、気絶した翔平の腕を肩に回してその身体を担ぎ上げる。そして、鳴り止まない喝采の花道を通り抜けていく。
「俺は負けたのか」
獅子堂に担がれた翔平が薄目を開ける。しゃべれば切れた唇がヒリヒリした。
「そうだ、お前は負けた」
「そうか、やはりお前は強いな」
翔平はがっくりと項垂れる。しかし、何故か清々しい気分だった。
「お前も強かった」
獅子堂の言葉に、翔平は目を閉じて小さく笑った。
「待て。このままで帰れると思うのか」
観客席の裏手に出たとき、二人の黒服が目の前に立ちはだかる。
「比嘉、お前は用済みだ。そこのデカいの、お前はずいぶん勝手な立ち回りをしてくれたな。だが、組の専属選手になるというなら今回の件は水に流すと言っている」
獅子堂と翔平は顔を見合わせた。そして鼻で笑う。
「誰がお前らの汚い金儲けの片棒を担ぐか、願い下げだ。翔平にも今後一切手を出すな」
獅子堂は黒服を睨み付ける。その鋭い眼光に黒服たちは思わず鳥肌が立つのを感じた。しかし、ここで引き下がっては極道の名折れだ。胸元に手を入れてそこに銃を持っていることを示す。
「こいつが何かわかるな。大人しくついてこい」
獅子堂と翔平は諦めたように肩を竦めた。黒服が油断したそのとき、獅子堂が右の黒服のこめかみに裏拳を食らわせた。翔平は左の黒服を膝蹴りで怯ませ、後頭部に肘を落とした。黒服は気絶して床に転がる。
「行くぞ」
獅子堂と翔平はバイクに向かって走る。パン、と乾いた破裂音がして獅子堂の足元に銃弾が飛んだ。
「極道舐めるなよ」
振り返ると、五人の黒服が銃を構えている。獅子堂はチッと舌打ちをする。さすがにこの至近距離、五丁の銃で狙われたら無事では済まないだろう。
「逆らうつもりならお前ら二人とも邪魔者だ。比嘉、お前には失望したぞ」
男が比嘉を狙い、引き金に手を掛ける。
「和真、逃げろ」
比嘉は獅子堂をかばい、黒服たちの前に立ちはだかる。
「翔平!」
獅子堂が叫ぶ。黒服はニヤリと笑う。
しかし、引き金が引かれることは無かった。男の銃を持つ手に細い針が突き立っている。指が痺れて動かない。気が付けば同じ針が腕にも2本、刺さっている。
「何だこれは」
腕が痺れて感覚がない。男は銃を取り落とした。
「クソッ」
銃を拾おうと伸ばした手を獅子堂の靴が踏み抜く。ギャッと声を上げて男が顔を上げたところに獅子堂の膝蹴りがクリーンヒットした。何が起きたかわからず、狼狽える黒服二人を翔平が正拳突きで黙らせる。満身創痍とはいえ、格闘家の強烈な拳をまともに食らい、黒服二人はその場に白目を剥いて倒れた。
残りの二人はすでに地面に横たわっていた。背後には派手な柄シャツを着た郭皓淳が立っている。
「助かった」
獅子堂は頭を下げる。
「良い試合見せてもらったからな。あんたもカッコ良かったぞ」
郭皓淳はあひる口を緩めてへらっと笑いながら、翔平に握手を求める。翔平は獅子堂と郭皓淳を見比べる。
「和真の知り合いか」
「ああ、まあそんなところだ」
裏社会にはいろんな男がいるものだ、と翔平は密かに思った。
「あいつら、獅子堂たちをただでは帰さないだろうな」
榊は不穏な動きを見せる黒服たちを目で追う。
「俺に考えがある」
伊織が曹瑛と榊に作戦を説明する。試合を楽しんだ観客たちはぞろぞろと帰り始めている。
「それでいこう」
曹瑛は客席通路に立つ黒服の背後に気配を消して忍び寄り、延髄に手刀を当てた。黒服は白目を剥いてその場に倒れる。伊織は黒服の胸ポケットからすかさずインカムを取り上げた。
「これで奴らを引き付ける」
伊織はインカムを操作する。前職の広告代理店では企画したイベントの運営を手伝うこともあり、インカムの操作には慣れている。伊織がマイクを榊に渡す。
「奴らは北側の出口だ、全員そこへ向かえ」
榊が威厳のある声で命じる。元極道の若頭だけあって驚くほどサマになっていた。黒服たちが観客の流れに逆らって、倉庫北側の出口を目指し始める。
「よし、騙されてる」
伊織は頷く。曹瑛と伊織は獅子堂の姿を探して走り出す。
「結紀、上手くいきそうか」
「うん、もうちょっと」
高谷は集中してタブレットでコマンドを打ち込んでいる。榊は頼んだぞ、と言い残して後を追う。
客席裏で獅子堂と翔平を見つけた。足元には気絶した黒服たちが転がっている。郭皓淳の姿もあった。
「お前はどこにでも現われるな」
曹瑛があからさまに嫌な顔をする。郭皓淳には廃ビルでの戦いで辛勝したものの、体中を針で刺された苦手意識が消えないようだ。
「俺は仕事だったんだよ。それもご破算だ」
郭皓淳は不満げにくせ毛の強い頭をがしがしとかく。
「獅子堂さん、協力してくれる?」
伊織が獅子堂に耳打ちする。獅子堂は面白そうに笑いながら頷く。獅子堂はハーレーに跨がる。伊織もその後に飛び乗り、ハーレーは倉庫を出ていった。
「俺たちは北側出口だ」
榊と曹瑛も駆け出す。
「なんだ、面白いことになってきたな」
郭皓淳も後に続く。取り残された翔平はその後ろ姿を呆然と見送った。
曹瑛と榊は倉庫の影から北出口の様子を伺う。偽のインカム指示で黒服やガード役のガタイの良い男たちが集合しており、獅子堂と翔平を待ち伏せしている。
「こりゃ数が多いな。曹瑛と榊、俺でひとり十人か。なんとかやれるか」
遅れてきた郭皓淳が目の前の男たちを見て肩を竦める。黒服の中には銃を持っている者もいるだろう。
「いや、俺たちは奴らを引き付けるだけだ。あとは獅子堂と伊織がうまくやってくれるはずだ」
榊が余裕の笑みを浮かべる。
倉庫の外でたむろする黒服の前に、曹瑛と榊が姿を見せた。
「なんだお前らは」
黒服が顔を歪める。背後の男たちも二人を威嚇する。
「試合をメチャクチャにしやがったあのバイク野郎の仲間か」
「何を企んでやがる」
騒ぎ立てる男たちの間を割って、高田が歩み出た。ピンストライプのスーツに黒シャツ、後に流した髪には白いものが混じっている。この闇試合を仕切る島内組の若頭で、やり方は汚いが金儲けの手段は心得ている狡猾な男だ。
「お前ら、何をしたか分かってるだろうな。ここから生きては帰れんぞ」
高田は悠々とした仕草で金張りのライターでタバコに火をつける。
「あ、お前は針使いの。お前もグルだったのか」
獅子堂を麻痺させろと指示した黒服が郭皓淳を指さす。
「あんな良試合を邪魔するほど野暮じゃないぜ」
郭皓淳はおどけてみせる。
「お前も同罪だな、やれ」
高田はタバコの火を指で弾いて投げ捨てる。それを合図に鉄パイプを手にしたガタイの良い男たちが曹瑛と榊、郭皓淳に襲いかかる。曹瑛は振り下ろされた鉄パイプをかわし、巨漢の顎に肘鉄を食らわせる。同時に榊はカウンターで顔面に拳をめり込ませた。郭皓淳は指につけた峨嵋刺を回転させ、巨漢の背中に太針を刺す。巨漢は甲高い叫び声を上げてアスファルトに転がり、なおも泣きわめく。
「ぎゃあああ、痛え」
のたうち回る巨漢を見た黒服たちはその壮絶な苦しみ方に一様に青ざめる。
「痛点を的確に刺した。痛みは想像を絶するだろうな」
郭皓淳は峨嵋刺をくるくると回す。騒然とする黒服たちを尻目に、曹瑛と榊は外周のフェンスに向かって走り出した。郭皓淳もそれに気付いて後を追う。
「何をしている、追え」
高田の命令に我に返った黒服たちが慌てて曹瑛たちを追いかける。不意に、目映い光が飛び込んできた。黒服たちは目を細めて立ち止まる。腹に響くような重低音のエグゾースト、正面にハーレーに跨がった獅子堂の姿があった。
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