第7話

 曹瑛は陣内組の雇われ用心棒に対峙する。用心棒はサングラスをはずし、胸ポケットにしまった。不敵な眼差しが曹瑛を射る。郭皓淳は曹瑛の背後に大人しく引き下がり、興味深く様子を見守っている。

 アッシュゴールドの髪に、黒のレザージャケット。用心棒として登場したのは獅子堂和真だった。

「裏社会も相当な不景気のようだな」

 曹瑛は獅子堂と向き合いながら、じりじりと間合いを詰めていく。

「ああ、悪いが仕事はえり好みしない性分たちだ」

 獅子堂も曹瑛を目にして驚く素振りはない。冷静に曹瑛の動きを目で追っている。


「お前ら、知り合いなのか」

 ブルゾンの男が訝しむ。

「心配するな、俺はプロだ。契約で動く」

 獅子堂は振り向きもせず拳を鳴らし、ファイティングポーズを取る。曹瑛も重心を落とし、構えた。二人の間を流れる空気が変わる。


 曹瑛が撃って出た。獅子堂の懐に踏み込み、拳を振り抜く。獅子堂は上半身を捻ってそれを避け、曹瑛の脇を狙いボディブローを放つ。曹瑛は身体を翻し、獅子堂の拳を受け流す。

 獅子堂が腕を引き、鋭いジャブを打ち込む。曹瑛はガードを堅めながら獅子堂の拳を弾き、ダメージを最小限に抑えている。獅子堂が攻撃のリズムを変えて渾身の右ストレートを放った。曹瑛の頬を拳が掠り、赤い筋が浮かび上がる。

「獅子堂が一発食らわせたぞ」

 二人の戦い振りに興奮したパンチパーマが、汗ばんだ拳を握りしめて叫ぶ。

「いや、奴も腹に食らっている」

 腕組をした郭皓淳が獅子堂を指さす。獅子堂が脇腹を押え、唇を歪めている。


「お前はケンカの場数を踏んでいるのだろうが、俺は違う。分かるだろう」

 曹瑛は頬に流れる血を親指で拭い取る。曹瑛の体術は格闘技ではなく、人を殺すことに特化したものだ。獅子堂は脇腹に食らった一撃が、遅効性の毒のように効いてくるのを感じた。

「相手に不足無しだ。お前とは一度本気でやり合いたいと思っていた」

 獅子堂は口元に笑みを浮かべ、拳を握りしめる。


 拳がぶつかり合い、リーチの長い蹴りが飛ぶ。最後には取っ組み合いになり、戦いは興奮を極めた。

「接戦だな、どちらも譲らねえぜ」

「すげえな・・・俺たちは一体何を見せられているんだ」

 赤シャツとパンチパーマが顔を見合わせる。カンフー映画さながらのスピードで繰り広げられる肉弾戦を呆然と見守っていた。ブルゾンは獅子堂がなかなかケリをつけられないことに苛立っている。


 獅子堂が体重を乗せた渾身の拳を突き上げた。拳は鳩尾にめり込み、曹瑛はぐっと低く呻いて膝を折る。獅子堂は間髪入れず、剥き出しの後頭部に組んだ拳を落とす。曹瑛の身体がぐらりと揺れ、コンクリートの床にゆっくりと倒れた。

「おお、獅子堂が勝った」

「あの生意気なノッポ、いい気味だぜ」

 ブルゾンが笑い、赤シャツとパンチパーマもそれに迎合する。

 獅子堂は郭皓淳に狙いを定める。呑気に観戦していた郭皓淳は驚いて目を見張る。

「おい、マジかよ」


 郭皓淳は背中を向けて逃げだそうとする。獅子堂はそれを逃がさず、背後から首を締め上げる。

「ぐ・・・」

 頸動脈を締め上げられ、郭皓淳は意識が遠のいていくのを感じた。獅子堂の腕は力強く、引き剥がそうにもびくともしない。

「悪いな、これも仕事だ」

 獅子堂は腕に力を込めた。郭皓淳は白目を剥いて意識を失い、その場に崩れ落ちる。


「よくやったな、獅子堂。こいつら締め上げてどのモンか聞き出せ」

 ブルゾンは馴れ馴れしく獅子堂の肩を叩く。獅子堂は無言のままサングラスをかけ直し、コンクリの床に倒れたままの曹瑛と郭皓淳を持ち上げた。古びたソファに座らせ、後ろ手にロープで縛り上げた。


「ところで、こいつをずいぶん大量に仕入れているが、そんなに売れるのか」

 振り向きざまに獅子堂がブルゾンに訊ねる。

「これは中国企業から格安で仕入れたバッタモンだ。それなりに効き目があるらしいが、内臓に来るって話だ。ところが、健康オタクは喜んで毎日飲むんだとよ」

 ブルゾンは侮蔑の表情を浮かべる。

「マルチ商法と絡めて売ればそれなりに良い金になる。クレームが公になるころには荒稼ぎしてサヨナラだ」

 ブルゾンと赤シャツ、金髪は顔を見合わせてゲラゲラ笑っている。


「おういいね、いいが撮れたぜ」

「な、てめぇ」

 気が付けば、いつの間にか郭皓淳がロープを解き、スマホで動画撮影をしている。

「何撮ってんだコラァ」

「ぶっ殺すぞ」

 郭皓淳はイキがる赤シャツとパンチパーマをまじまじとアップで撮影する。頭に血が昇った赤シャツが郭皓淳のスマホを奪おうと、乱暴に手を伸ばす。郭皓淳はひょいとそれをかわし、脚を引っかけた。赤シャツは無様に床に転がる。


「この野郎」

 パンチパーマが郭皓淳に殴りかかろうとする。振り向いた郭皓淳の顔からは、ヘラヘラした笑みは消えていた。そのギャップが不気味に思えて後退れば、背中に何かがぶつかって、悲鳴を上げる。おそるおそる見上げると獅子堂だ。

「ひっ、驚かせるなよ。こいつをもう一度ぶちのめせ」

 震える指で郭皓淳を指さす。

「追加料金だな」

「何だと、払えるかそんなもん」

 平然と答える獅子堂に、パンチパーマは喚く。


「契約終了だ」

 獅子堂は背を向ける。背後から郭皓淳がパンチパーマの両肩をむんずと掴んだ。

「な、何しやがる・・・お、気持ちいいな」

 思わぬ肩マッサージの気持ち良さに、パンチパーマの顔がほころぶ。

「ずいぶん凝ってるな、運動不足だぞ。これはよく揉みほぐさねば」

 郭皓淳が親指に力を込めた。倉庫に絶叫が響き渡る。痛みのツボへの的確な指圧にパンチパーマはのたうち回る。そのまま泡を吹いて床にバタンと倒れた。


「テメエら、やっぱりグルか」

 ブルゾンが自動小銃を取り出し、狙いをつける。曹瑛が胸元から取り出した小型のスローイングナイフを放つ。ブルゾンの手に銀色のナイフが突き刺さり、鮮血が噴き出した。

 ブルゾンは痛みに銃を取り落とす。その隙をついて、獅子堂が顔面に拳をめり込ませた。ブルゾンは吹っ飛び、木箱に激突して気絶する。床には折れた歯が2本転がっていた。


「お見事だったぜ、二人とも」

 郭皓淳は曹瑛と獅子堂が本気で互いを倒す気はないことに気付いていた。見た目は派手に立ち回っているが、互いにダメージを抑える撃ち合いをしていた。なにより、曹瑛が背中に隠しているはずの愛用のナイフを持ち出していない。

「仕事を選べ、と言いたいところだが、どうせ兄貴が裏で糸を引いているんだろう」

 曹瑛はスーツの埃を払いながら獅子堂を一瞥する。

「そうだ。この案件は劉兄からの依頼だった。日本に持ち込まれた“六君帰脾散”の在処を突き止めることが目的だ。あんたたちも動いていたとは、話が早い」

 獅子堂は口元を緩める。


「さて、“康帝”を納品に行くか」

 郭皓淳が床に転がった3人を叩き起こす。

「積み込みだ、あんたたちも手伝ってくれるな」

 ブルゾンに、パンチパーマ、赤シャツは郭皓淳のへらへらした笑顔に震え上がった。

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