第11話 2人の刺客
岩城はアスファルトに倒れたまま動かない。これ以上戦うのは無理だということはその場にいた全員が理解していた。
ポイズンゴッドの仲間たちはザワザワと騒ぎ始める。組事務所に殴り込みをかけて生還した伝説の用心棒と謳われた男が、今無様に地面に転がっているのだ。
「お前ら、静かにしろ」
トップの尾上が声を張り上げる。皆、一瞬にして静まりかえった。尾上の拳が震えている。それは怒りか、それとも。
「尾上さん、こいつら、女も入れてたかが6人だ。俺たち全員でかかればぶっ殺せますよ」
黒ジャンパーに金髪の男が叫ぶ。肩には金属バットをかついで闘志を剥き出しにしている。
総勢30名はいる族の仲間で、金髪に控えめに賛同するものが数人。他の者は獅子堂の戦いぶりを見て、いくら束になっても勝てないと本能的に分かっているのだ。
昨日の天楯城址の乱闘に参加した者は、獅子堂の背後に構える長身の男たちも只者ではないことを知っている。
「やめろ、こいつらには敵わない」
尾上は肩を落とし、力無く首を振る。
「お前ら、よく聞けよ」
突如、劉玲が伊織を族の前面に押し出す。
「え、劉玲さん突然何ですか」
伊織は驚いて劉玲の方を振り向く。
「この男は、“東京の赤い虎”と呼ばれる伝説の暗殺者なんやで」
劉玲の言葉に、その場が静まりかえる。
「日本のヤクザと中国マフィアの集う取引現場に潜入して300人を相手に戦ったまさに虎のような恐ろしい男や。俺らも怖くてよう逆らえんのや」
「ちょ・・・待っ・・・!」
伊織は唖然とした。一体どういうつもりなのか、そんなアホな話が通用するわけがない。劉玲は口角を上げて不敵な笑みを浮かべている。曹瑛は真顔だが、絶対に笑いを堪えている。孫景と千弥は顔を見合わせていた。
「あのう、これは・・・」
伊織は前を向けば、暴走族の集団が全員青ざめた顔でヒソヒソ話をしている。伊織が一歩足を踏み出すと、30人がビビって後退った。彼らは劉玲のしょうもない嘘を信じてしまったようだ。
そのとき、駐車場に一台のカブがパタパタとやってきた。エンジンを止め、長身の男がこちらに歩いてくる。黒いハーフジャケットに、派手な柄シャツ、腕には大きな数珠をつけてレトロな茶色のブーツカットパンツを履いている。特徴的なくせ毛に胡散臭い髭を生やしたその顔は見覚えがあった。
「郭皓淳さん」
思わぬ場所での再会に、伊織が声を上げる。
「やっと追いついたわ」
郭皓淳は伊織の顔を見て驚く。
「あ、伊織に、曹瑛まで。あんたらが関わっとったんか」
「もしかしておたくら、昨晩の2人の仲間か」
郭皓淳の言葉に、尾上が眉をピクリと動かす。
「あいつらをボコボコにした奴らに仕返しを考えてるなら、お門違いだぜ」
尾上と、ポイズンゴッドの連中が騒ぎ始めた。
「何故それを知っている」
尾上が郭皓淳に迫る。
「この男たちは犯人じゃない。俺は昨日の夜、この場にいた」
「なんだと」
「そいつらはどこにいる」
尾上の額に血管が浮き彫りになっている。本当の仇を見つけたことで、興奮していた。
「奴らはプロだ、お前らがどうこうできる相手じゃない」
先ほどまでヘラヘラと笑っていた郭皓淳が真顔になり、尾上も押し黙る。
「命があっただけでも幸運だと思えや。お前らは手を引け」
郭皓淳の眼光に、尾上はチッと小さく舌打ちをしてバイクに跨がった。
「俺たちだって、仲間がやられたら黙ってはおけない。ドグサレ集団でも仲間は大事にするんだ」
尾上はそれだけ言い残し、アクセルを吹かした。ポイズンゴッドはヘッドの尾上について天城山を去って行った。
「昨夜、ここで何があったんや」
劉玲が郭皓淳に向き直る。
「いろいろ面倒があってな、話せば長い」
郭皓淳は肩を竦めた。
「腹が減ったな」
曹瑛の呟きに、皆が振り返った。そういえば、緊張の連続で気が張っていたが、伊織も腹が空いていた。ここに来る途中で見つけた森の中のレストランでランチをしながら、郭皓淳の話を聞くことにした。
-軽井沢駅にて
「まったく、なんで俺たちがアッシーしなきゃなんねえんだよ」
片岡が情けない声でぼやく。中古のシーマのタバコのヤニで黄ばんだ天井を見上げる。
「アッシーてな、お前、いつの時代だよ」
太田がタバコの煙を車窓の外に吹き出した。空は高く、白い羊雲が浮かんでいる。穏やかな陽気に今にも眠れそうだ。世田谷にある鳳凰会二次団体、橋本組組員の太田と片岡は軽井沢駅で人を待っていた。
「まったく、頭も人使いが荒いぜ」
「金を見つけたら組のものにするつもりだろ。あーあ、やってらんねえな」
「藪田の呼んだ半グレども、地元の暴走族とつるんで山に登ったらしいが金を狙う奴らに返り討ちに遭ったんだってな」
片岡はタバコを窓の外に捨てようとして、サービスエリアにいた鋭い目つきの男の顔を思い出した。車内の灰皿でタバコを揉み消す。
「頭がそれを聞いて、東京から助っ人を寄越すことになったのか。面倒くせえ」
橋本組若頭の江口は、山に埋められた3億円を自分の手を汚さず手に入れようとしている。若者の集団が何者かにやられたと聞いて、武闘派を送り込むと電話してきた。その待ち合わせ場所がここだ。
コンコン、と窓を叩くものがいる。助手席の太田が車を下りる。そこには淀んだ目をしたグレーのスーツ姿の男と、薄い眉毛に黒スーツ、白いノーカラーのシャツの男が立っていた。グレーのスーツはゴルフバッグを持っている。どう見てもゴルフをしようという健康的な爽やかさは無い。
グレーのスーツの男が顎をくいと上げて、トランクを開けるよう指示する。その迫力に呆然としていた太田は、慌ててトランクを開ける。男は無言でゴルフバッグを放り込んだ。太田は後部座席のドアを開ける。2人は乗り込んで大股開きで座った。
「よろしくお願いします。俺は太田で、こっちは片岡です」
とんでもないのを寄越しやがった。片岡と太田は密かに目配せをする。
「北山、こっちは清水だ」
ドスの効いた声だ。グレーが北山、黒が清水という。片岡は緊張した面持ちで車を発進させた。
―軽井沢町歴史風土資料館にて
BMWを歴史風土資料館の駐車場に停める。榊と高谷、ライアンは別行動で天城山周辺の郷土史を調べにやってきた。
資料館は森の中にあり、周囲を囲む白樺の新緑が目に鮮やかだ。木漏れ日が降り注ぎ、清楚な森の匂いがした。
階段を上がると、2階建ての木造建築の洋館が姿を現わした。入り口で入場料300円を支払うと、受付のおばちゃんが3つ折のパンフレットを手渡してくれた。
館内には縄文時代の土器から近代の生活用品などの資料が並んでいる。
「うわあ、これ面白い。下駄でスケートだって」
高谷がガラスケースを覗き込む。田んぼに水を張り、下駄に刃をつけてスケートをした記録が残っていると説明が書いてあった。
「これは囲炉裏かな、とても趣がある」
ライアンは懐かしい日本の生活を再現した展示コーナーに興味を惹かれていた。囲炉裏に火鉢、箪笥など、レトロな家具が並んでいる。
「ここにいると時間を忘れてしまうな」
榊は地元の伝統工芸品を眺めている。
結局、これといった手がかりはなく資料館の出口までやってきた。最後のブースにはこの周辺のジオラマが展示されている。
「これは地形がよく分かる」
ライアンが覗き込む。
「資料館がここだね。天城山はここか」
小さなパネルに主要な地形の名前が書いてある。高谷が天城山を指さす。榊もジオラマを真剣な瞳で見つめている。
「その眼差し、横顔も素敵だ」
ライアンがそんな榊を見つめて惚気ている。真っ直ぐに通る鼻筋に、切れ長の瞳。引き結んだ肉感的な唇はストイックながらセクシーな魅力があった。榊はジオラマに集中しており、ライアンの言葉が耳に入っていない。
「ここを見てくれ」
榊の声にライアンが我に返る。高谷とライアンが榊の指さす地点を見つめる。
「榊さん、これってもしかして」
高谷が目を見開いて振り返る。
「ああ、そうかもしれない」
「英臣、素晴らしい発見だよ。資料館の先に展望台があるそうだから行ってみよう」
ライアンも珍しく興奮している。駐車場に戻り、BMWに乗り込んだ。資料館を出て山道を登っていく。車が5台ほど停められる狭い駐車場があった。
「つけられてるな」
榊がバックミラーを覗き込む。フルスモークを施した型落ちの黒いシーマが距離を保ってついてくる。資料館の駐車場から出たときにエンジンがかかったのを不審に思っていたが、やはり。
「昨日の奴らかな」
高谷が背を低くして後ろを確認する。運転席、助手席と後部座席に2人、合計4人の男の影が見えた。
「ナンバーが世田谷だ、この辺の連中ではなさそうだ」
榊はBMWを停車した。シーマも少し離れた場所に停まった。
「結紀はここにいろ」
榊は警戒しながら車を降りる。ライアンも降り立ち、榊に並ぶ。
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