オリジン・デパーチャー#2-3
「残念ながら、その通りやな。元に戻せるとしたら、“何でも貼り付ける”力の異質物でも探すよりほかあらへんやろなあ。そんな便利なモン、見つかってたら苦労せんねんけど。
ま、ウチらと面白おかしく遊ぼうや、冬壁ちゃん! 元の世界なんか忘れてなっ」
夏樫はあっけらかんと口にするが、冬壁の心は黒いもので埋め尽くされていて、その声は響かなかった。
「ちょっと小雪ちゃん、そうだけどさ……もっとこう言い方伝え方ってものが」
「あきさく。その鋏は今どうなっとる?」
紅葉が言い募るが、ベッドにあぐらをかいて座る夏樫が遮った。
なおも冬壁を見つめながら、さくらと呼ばれた少女がよどみなく答える。
「元々は鋏の形をした道具型の異質物だったけど、この子の存在そのものと結びついて、離れないようになってるね。今は引っ込んでるけど、その気になればいつでも何でも切れるよ」
それを聞いてさらに背筋が寒くなった。あの時に、放り捨てようとしても指から離れなかった鋏。手のひらを広げて、空っぽであることを確認する。
あの鋏が、あの力がまだ自分の中にある。それがたまらなく恐ろしかった。
「まだ、わたしのなかにあるの……? これ、どうしたら、なくなるの!?」
よろめき、膝をつきながら、さくらに向かって身を乗り出して聞いた。
「複雑に絡み合ってるから、滅多なことではほどけなさそうだね。並の異質物とは比べものにならないくらいだよ、夏樫ちゃんでも難しくないかな。丸ごと壊すか封じ込めるとかしたほうが早いかな」
「できない、の……」
「少なくとも今はそうだね」
幼げでありつつも断言された途端、冬壁の胸の奥で得体のしれない熱いものが脈打った。
「じゃあ、やっぱりわたしは……」
切り刻んだときの吐き出すような不快感と、その中に混じった一さじの快感。
そんな自分が、こんなおぞましい力と一体になっている。
その事実から、とにかく逃げたかった。あの暗闇で、あのまま居なくなりたかった。
不気味な鼓動が焦燥に拍車をかける。そして、体内で渦巻く力が留めようもなくあふれ出すのが分かって、冬壁は絶叫した。
「い、いや……!!」
叫びに呼応するように、白いベッドがまっぷたつに裂け、こぼれた羽毛が舞った。不可視の刃――冬壁の鋏が振るわれたのだ。
冬壁自身にも、制御出来ていない。
「あ、ああ……」
気遣うように手を伸ばしていた紅葉の体が強ばるのが分かって、冬壁は絶望した。
やはり、自分はあの男と同じ化け物、生きて居てはいけないのだと。
震える両手を持ち上げて、自分の首に持って行く。締め上げるように。自分で自分の首を切り落として、それで全てを終わらせようとした――
「まあ、待ちぃや。ソレはちょい気が早いで」
黒い手袋に包まれた指先が、そっと冬壁の首に絡みついた。切り落とすための両手が、鼻先が触れ合うほどの近さで笑いかけてくる夏樫に阻まれる。切断の力は放たれているはずなのに、薄くぴったりとした手袋の生地には一筋も切れ目が入らない。
途端、冬壁は腹立たしくなった。
「どうしてアンタはわたしの邪魔ばっかりするの」
噛みつくように言葉をぶつけても、夏樫はニヤニヤするばかりで。
「ふふ、それはキミの事が好きやから」
「そんなのウソよ、わたしのことなんか誰も好きになってくれない! 髪が切れなくて気味悪がられて、子どものころに鋏で人を殺して、こんな不気味なモノを持ってるわたしなんて……」
追い払おうとして振り回した右手を、夏樫の黒手袋がしっかりと捕まえた。力を込めてもまったく動かせない。左手も握られる。
「あいにくウチの愛はそんじょそこらの世界の人間より深くて大きいんやで。それに」
わざとらしいウィンク。
「ウチと一緒におれば、キミのその異質物をうま~く抑えてコントロールできるようになる、かもしれへんで」
そうして、傷一つない手袋を見せびらかすように開き、また冬壁の手を握る。その輪郭が、うっすら陽炎のように揺らめいて見える。見えない力同士がせめぎ合っているのが、肌で感じるように分かった。
「夏樫ちゃんの異質物”歪曲葬送曲”が、”絶対裁断”から出ている力を歪めて捻じ曲げて、抑え込んでるね。少なくとも二人が揃っていれば、“絶対裁断”を抑え込める」
咲良が口にすると、紅葉が明るく口にする。
「じゃあ、夏樫ちゃんと一緒に居れば希未ちゃんはふつうに生活できるってことだね。よかったね!」
なにもよくはない。こんな胡散臭い奴から離れられないなんてまっぴらごめんだ。
そう言おうとしたのに、口から出たのは違うことだった。
「のぞみって、呼ばないで」
「え、どうして? かわいい名前なのに」
夏樫の後ろから顔をのぞき込んでくる紅葉が、首を傾げる。
言ってから、どうして自分が名前を拒んだのか考えた。理由は単純だったが、夏樫と一緒ということよりも先に出たのは分からなかった。
「好きじゃない、その名前……。
希望に未来なんて、わたしには」
疲れた顔で数枚の紙幣を押しつけてきた母親の顔が浮かんで、冬壁の目は滲んだ。
帰れない。愛されていない。たとえ帰れたとしても、重荷になるだけだ。
その事実が、冬壁に涙を流させた。
「じゃあ、冬壁ちゃん。明日が楽しみになるように……ウチがさせてみせるわ」
「わたし……わたし……」
有無を言わせない勢いで背中に腕が回され、抱きしめられる。
胡散臭いモノクロの少女なのに、その好意を信じていないはずなのに。
冷え切った体と、不気味な鼓動を続ける力が、その温度と柔らかさに温められ、鎮められるようで、必死でしがみついていた。
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