保健室の告白、ピーピング・トムの正体

 女子のほうのコートで鈍い音が響いて、分かってはいたものの思わず首をすくめた。


「ふ、冬壁さん!」

「おい、どうした?」

「サッカーボールが頭にまともに当たった!」


 黒髪を乱して倒れた冬壁ふゆかべ

 男女ともに慌てて近寄る中、真っ先に近寄ったのは白い髪をなびかせた夏樫なつかし

 ボールを蹴った位置からはそれなりに離れていたのに、あっという間に冬壁の脇に膝を着く。


 「冬壁さん? 大丈夫?」

 

女子担当の体育教師が血相を変えて飛んでくる。

間髪いれず、いっそわざとらしい調子で夏樫が、


「あか~ん、冬壁ちゃんさっきゴメンなあ~! センセ、ウチちょっと保険室に連れてくわ!! あ、でも転校してきたばっかやから場所分からん!」

「じゃ、じゃあおれが……」


 おれのセリフは打ち合わせ通りだったが、


「おおきにマサキくんじゃあいくで~」

 

 首根っこを左手で掴まれて引っ張り出されるとは思って居なかった。反対の腕は冬壁の腰をがっつりホールドしている。

 男子の体育教師の「気をつけてな~」の声も置き去りに、夏樫は大げさに足音を響かせる。

 さらにおれのシャツを離すと、腰を抱いていた冬壁を両腕で横抱きに……いわゆる、『お姫様だっこ』に移行する。

 見送るクラスメイトたちから、呆然とこちらを見つめる奇異の視線と黄色い悲鳴が浴びせられた。


「夏樫、アンタねえ……!」

「ん~? この場合は目立ったほうがよかったやろ?」


 クラスメイトたちに声が届かないところまで来ると抱えられた冬壁が睨むが、その顔が赤いのでいまいち迫力がない。


「それよりほら、階段上るから危ないで、ウチの首にほーるみーたい、や」

「おろせって言ってんのよ!」


 と言いつつ、夏樫が容赦なく登ろうとするので彼女はしぶしぶ白い髪に縁取られた首に手を回した。二人の少女の顔と顔が近くなり、夏樫はすっかりご満悦だ。ほとんど足下が見えていないはずなのに危なげなく段を踏んでいくのはもはや驚いてもいられない。

夏樫はこういうことする、そう諦めるしかない。こいつ、事件解決をダシにイチャつきたいだけじゃないか?

 おれはというと、隣で繰り広げられるあまりにも濃ゆい空気から目をそらして目的地へ急ぐばかりだ。

 おれまで頬が熱くなってくる。勘弁して欲しい。


 保健室の引き戸を開けると、ちょうど誰もいなかった。この部屋の主であるおばあちゃんの先生はこの時間はグラウンド脇の、職員室からは死角になっているベンチでひなたぼっこしているのはサボり常習犯ならみんな知っている。

 そのサボり生徒も今はおれたち以外おらず、体操着の夏樫は奥のベッドまで歩いて、その腕の中の『お姫さま』を横たえた。

 ほっとした冬壁の目の前で、夏樫はさも当然の権利のように黒いスニーカーを脱いでそのベッドの上に登り、四つん這いで覆い被さろうとする。


「待ちなさい、この体勢はなんなのよ、もう演技いらないでしょ!!」

 

 冬壁が両手で押し返そうとし、

「せっかく人目ないトコにおるんやし、楽しまんと損やろ~?」


 夏樫が舌なめずりして迫る。


「定森がいるでしょ!!」


 あ、いえ、おれは壁のシミになってますのでごゆっくり。またこの流れか……。

 とはいえ他におれしかいないこの状況では夏樫が冗談か本気か分からない。本気だった場合、事がいくところまでいってしまったらどうすればいいのか。

 だから、正直助かったと思った。

 音を立ててドアが開き、古めかしい一眼レフのアナログカメラを構えた人影が乗り込んできたことに。


「ふふ、お早いお着きやなあ、『神の瞳、アルゴス・レンズ』さんこと――」

 

 ベッドの上で、そいつに頭だけ向けて夏樫は笑いかけた。

 その姿を見て、おれは驚いた。


百目貴美子とどめきみこチャン、やな?」


そこにいた古めかしい一眼レフのアナログカメラを構えた人物は、女子生徒だった。

 制服のタイの色を見るに、おれより一学年上、二年生だ。話したことはないが、なぜか見覚えがある顔だった。

 せっかく整っているその顔を鬼のように険しくして、笑顔の夏樫を睨んでいる。


「どうして名前を……そうか、罠に、はめたのね……」


 立ち尽くす彼女は低く唸るように、食いしばった歯の間から声が漏れる。


「罠とは大げさやなあ~。姿を隠したまんま好きなようにオンナノコのはずかしーとこ盗み撮りしとるキミにはちょうどええんとちゃう?

ま、キミも年貢の納め時や。言いたいことがあるんやったらウチらが聞いたるで」


 へらへらと口にする夏樫。その下になっていた冬壁も起きあがって対峙する。

 その頬がまだ赤いので若干迫力に欠けるが。


「どうして盗撮なんてするんだ? 女子同士ならそれこそ着替えなんかでいくらでも見れるんじゃ……」


 おれが素朴な疑問を口にすると、顔を引き締めた冬壁が発言する。


「きっと、彼女の趣味を満たすための盗撮じゃなかったんでしょうね」


「ええ、その通り……あの女に、復讐するためよ。私から全てを奪った、あの女狐にね……」

「あの女……?」

 

 その苦々しい声と表情で睨みつける顔に、あやふやだった記憶が繋がった。


「そうか、あんた生徒会の選挙で今の会長と争ってた……」


 生徒会役員選挙のとき、体育館で全校生徒の前でスピーチしていた自信満々の姿と、結果が張り出された掲示板の前で今の会長を鬼の形相で睨みつけていた姿が目の前の彼女に重なる。百目貴美子。生徒会長に選出された氷鏡ひかがみ君子きみこという名前の下に書いてあった名前。


「そう……あいつは生徒会長の座をもぎ取っていっただけじゃなく、彼氏までかっさらっていったのよ。許せなかった……私は彼氏が気が多いことは分かってた……。だからあらゆる女子を盗撮して、彼氏を含めた男どもにバラまいてやったのよ!! 

 きっとあの男なら目移りして買い漁る……そしてあの女から乗り換えるに決まっている。

 他の男どもにあの女の下着も晒してやった。

 わたしと同じ苦しみを味あわせてやるのよ……!」


 膝をつき、慟哭するピーピング・トムの正体……百目を前に、おれはなんとも言えない気分になった。

 おれを脅してこの事件を調べさせた生徒会長。彼氏が浮気しないかのSNS監視を続けるために、スマホの持ち込みを禁止されないという条件で犯人を見つけようとしていた。

 しかし、他ならない生徒会長そのものがこの盗撮事件の原因だったななんて、なんといたたまれない話だろうか……。

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