決戦は木曜日

 木曜日の朝。ここ数日、起きると恐ろしいプレッシャーと寝汗の気持ち悪さに襲われてベッドからすぐ立ち上がっていたんだが、今日は掛け布団の温もりが心地よい。

 目覚まし時計を止めた後も、二度寝してしまいそうだ。最近は伸びていた遅刻なしの記録が途絶えるのはもったいない気もするが、この気持ちよさを手放すのはあまりにも惜しい……。

 うつぶせのまま、眠気の誘惑に溺れそうになったその時。


「起きなさーい!!」

 

 大声と共に、鋭いビンタがおれの背中に刺さる。


「いってぇ!」


 跳ね起きてビンタの下手人を見ると、入院中に伸びていた髪をばっさり切ってショートにした幼なじみが腰に手を当てておれを見下ろしていた。

 復学は明日からのはずなのに、制服を着ている。


「フジモト……!? お、おれの部屋に? なんで!?」

「なに慌ててんのよ、昔はよくこうして起こしてやったでしょ」


 にっと笑うフジモトの顔は、小さい頃一緒に夕方まで遊び回っていた、おれが「キョーカちゃん」と呼んでいたころの姿を思い起こさせた。

 しかし、だ。それこそ風呂に一緒に入ったことだってある相手とはいえ、長いこと疎遠だった上に今はお互い思春期真っ盛りなのだ。おれの動揺はまっとうなはずだ。


「なんで制服……明日でいいだろ」

 

 とりあえず気まずさをまぎらすために口にすると、フジモトは整った眉をつり上げた。


「悪い? マサキに最初に見せて、ヘンじゃないか聞こうと思ってたんだけど」

「えっ」


 まっすぐ見つめられてドギマギしてしまうが、ぐっとこらえて頭から足までよく見つめた。


「に、似合ってる」

「よろしい」


 にこっと笑うフジモトを見て、眠気が消えたおれも自然と笑顔になった。

 おれの家の前で制服姿のフジモトに見送られて歩き始めると、不思議と足が軽かった。

 


 校門のところまで来ると、夏樫なつかし冬壁ふゆかべがそこに立っていた。夏樫がばちんと音がしそうなウィンクを飛ばしてくる。


「おはようさん、マサキくん」

「おはよう、二人とも……」


 挨拶を返しながら、おれの目は夏樫の首から下に釘付けになった。

 いつものパーカーではあったが、その下にはこの高校の制服と同じ形のブラウス(体操着と同じく真っ黒だった)を着て、明らかにサイズがあっていないのか胸元のボタンが危うげに張り詰め、いわゆる『天使の小窓』から肌色が覗いている。

 そして、下半身はジーンズではなく墨染めバージョンのスカートだった。並ぶと、冬壁より明らかに丈が短い。膝の上がかなり見えている。


「お、おお……」

 

 おれがまじまじと『男の視線をさらに釘付けにする夏樫』を見つめると、夏樫がにま~っと唇の端をつり上げた。


「あ~、マサキくん、目ぇヤラシ~」


 わざとらしく胸元と足の間に手をやって煽ってくる夏樫から慌てて目をそらす。


「な、なんで今日は制服なんだ?」

「あせっとるピーピング・トムがも~っと食いつくように、や」


 右足を軸にして、バレリーナのようにくるりと回って見せる夏樫。短いスカートがふわりと浮き上がり、ドキッとさせられる。絶妙な角度で、その中身は見えなかったが。


「ふふ、ばっちり刺さるみたいやな」

「だからってそんな短いの履く理由にはならないでしょ」


 呆れる冬壁は昨日と同じ制服だが、ふと昨日の白衣姿を思い出す。


「なあ、フジモトにはどう説明するんだ?」


 看護師として冬壁を覚えているフジモトの前に転校生として冬壁が現れるのは少しばかり混乱しそうだと尋ねて見ると、冬壁は少しばかり眉の角度を下げた。


「彼女が復学してくる明日までに異質物に片をつけて、この学校から消えればいいだけよ。長居することはないわ」


 きっぱり言う冬壁だが、昨日フジモトに笑いかけた柔らかい表情を見た後だと、やけに寂しそうに見える。


「なあ、せっかくならもっとここにいないか?

 フジモトのことならおれも説明考えるよ。看護師の冬壁の妹とかさ」


 おれの言葉に冬壁は目を瞬かせた。


「別に、そんな必要は……」

「それええな~、ウチはおねーさんの冬壁ちゃんとも妹の冬壁ちゃんとも仲ええってことで。マサキくんナイスアイデアやで。なーそーしよー?」


 ためらう冬壁の横で夏樫が明るく口にする。


「でも、他の世界でしなきゃいけないことだって」

「たまにはえーやん、冬壁ちゃんはこないだ一人でがんばったことやし」

「でも……」

 

 なおも二人が問答するのを聞きながら下駄箱で靴を履き替えると、


「定森雅紀くん」


 冷徹な声。そちらを向くと、おれにこの事件を調べさせた張本人、生徒会長サマが立っていた。


「げ」

「げ、とは何ですか? 約束を忘れた訳ではないでしょう?」

 

 約束。そうだった。おれはそもそも会長サマにフジモトとの関係を人質にされていたのだ。


「例の犯人は捕まえられそうなのですか?

 期限は明日ですが」

「そ、それは……」

「出来るで」


 冬壁のそれとはまた違う鋭い視線で見られ、たじろいだおれの後ろから

夏樫が声を張り上げた。


「あなたは、転校生の……」

「せや、夏樫ちゃんやで。

定森くんは今日、ホシを捕まえたる~言うてるさかい安心して待っとき、決戦は今日この日や」

「お、おい」


 さもおれに自信と勝算があるように言い張る夏樫。

 おれは慌てたが、生徒会長はしばらく夏樫の自信満々な顔を見ながらゆっくり頷いた。


「まあ、そこまで言うなら任せましょう」


 そしておれの横を通り過ぎながら、通り過ぎざまに囁いた。


「必ず確保してくださいよ……盗撮魔と、そのカメラを」


 妙に意味深な響きが含まれている気がして、おれは慌てて会長のほうを振り返ったが、彼女は職員室のほうへ消えていってしまった。


「なんだったんだ……?」


 単純に盗撮を止めるなら、カメラについては言及しなくてもいいのではないか。

 戸惑って夏樫と冬壁のほうを見ると、夏樫が肩をすくめた。


「まあ、会長チャンにもなんやハラがあるんやろ。気にせんと進めよ、ウチらのピーピング・トム捕獲作戦をな」

「昨日の打ち合わせ通りに頼むわね」


 真剣な顔の二人に言われ、おれは背筋を伸ばして気合いを入れた。

 今日で決着をつけて、明日からフジモトが安心して学校生活を送れるようにする。ここで怖じ気付いたらオトコじゃねえぜ。


「……ああ! 任せとけ!!」

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