3章

第12話 あたしはあいつのこと嫌いだ

「今日は暑いな」


 登校中の御厨レイラは、日の光に苛立ちながら、水色のパーカーのフードを引っ張って、より深く被った。

 5月なのに、登校中にすれ違った人たちの中には、もう半そでで過ごしている人もいる。夏が近づいてきたように思えて、夏が嫌いなレイラは気が沈んでいた。


「おはよっ」


 友人の立花舞が後ろから追いついてきて肩をたたく。

 レイラはいつもパーカーを被っているし、スカートもかなり短くしていて、地毛ではあるけれど金髪だ。

 その容姿と相まって、彼女は高校でも非常に目立つ見た目をしている。

 普通の女子ならレイラの隣に立てば見劣りしてしまうだろう。

 だが舞はレイラに劣っていない。

 どちらが美少女かと問われたら、ほぼ全員がレイラの名をあげるが、どちらと付き合いたいかと問われたら、舞の方が名前があがる。


「あれ、なんかあった?」


 レイラの顔を見て、舞が尋ねた。

 舞はその言動のせいかバカ扱いされることも多いが、実は成績も良いし察しもいい。


「山本が前に言ってた準々決勝さ、一応見に行った」

「結局行ったんだ。律儀だねぇ」


 憎々しいほどの晴天だったから、陰からこっそり観戦していた。

 パーカーとマスクとサングラスをしていたから、不審者と間違われていないか心配だ。


「クラスメイトの大舞台なんだ。誘われたら見に行くだろ」

「じゃぁなんで誘われたとき断ったの?」

「なんか恥ずかしいじゃん」

「相変わらずレイラは可愛いなぁ!」


 舞が抱き着いて、彼女の大きい胸が押し付けられた。

 舞は抱き魔とでも言うのだろうか。よくレイラに抱き着いてくる。

 そのたびに自分と彼女の間にある格差に打ちのめされてしまうが。


 同じ高校で一番胸が大きいと思う。

 もちろん単純な胸囲なら、太っている女子もいるから、彼女より大きい人もいるかもしれない。カップ数でいえばJカップの舞が一番だ。


「接戦でPK戦になったけど、あいつが外したことで負けちゃってさぁ」


 2対2で同点のままPK戦に突入した。

 その2点の内訳は両方とも、山本による得点だ。PKに持ち込めたのも彼の活躍があってこそだった。

 でも、それでも最後のPKを外したことで敗北が決まり、先輩の3年生たちは引退が決まった。


「なんて声かけたもんかなーって」

「ありゃりゃ、落ち込んでるだろうね。まぁでも、男なんて抱けばコロっと元気になるよ」

「舞と一緒にすんじゃねー」


 黒髪ロングで巨乳で唇がぷっくりとしていて、垂れ目の舞は、同性のレイラから見てもエロいと思う。

 ちなみにレイラは舞と初めて会ったとき、思わず「アダルト!」と言ってしまい、彼女に大笑いされるも、それが切っ掛けで仲良くなった。

 見た目と同様に舞は性に積極的だ。


「私がヤラせてあげよっかなー。結構イケメンだし」

「学校で手を出すのは止めたんだろ?」


 去年、2人が1年だったころ、舞が3年の男子たちをたぶらかした結果、男子たちが互いに嫉妬し合ってこじれた事件があった。彼女なりに反省して、同じ高校の男には手を出さないというルールを作り、それ以来、ずっとルールを守っていたはずだ。


「分かってますよー。レイラが寝てあげたら?」

「嫌に決まってる」

「試合を見に行くぐらいだし、少しぐらい気があるんじゃないの?」

「えっ? 別にないけど」


 山本がレイラの容姿を気に入っていることは知っている。

 彼女はかなりの美少女だ。自分の容姿に惚れた人を一々相手にしていたら、数が多すぎてまともに生きていくことすら困難だ。

 山本はクラスメイトでよく話すが、あくまでも友人として接しているだけだ。それ以上の関係になることはない。下心が見え見えの相手と付き合いたいとは思わない。

 レイラは派手な見た目に反して意外と貞操観念が固かった。


「あっ、笹内くんだ」

「……」

「あんまり目立たないけど可愛いよね」


 校門をはさんで、反対側にいる男子を見て言う。

 レイラは視力は裸眼でAだ。視力は良い方だと思っている。しかし、それでも遠くにいる男子が誰かは判別つかなかった。制服を着ていて服で判断することもできない。

 視力Aのレイラからしても、舞は異様に視力がいい。彼女の先祖はマサイ族に違いない。

 以前、目がいいことを褒めたら「男を判別するために鍛えてるんだ」と言っていたが、いまだに冗談なのか本気なのか分かっていない。


「レイラにはああいう男子があってるかもね」

「あたしはあいつのこと嫌いだ」

「へぇ……なんか珍しいね」


 舞に対して男子の悪口を言ったことは初めてかもしれないと思う。

 レイラは美少女だ。告白されることも多い。

 勘違いした男子が、自分と付き合うのは当然だという態度で告白してくることもある。ストーカーとなって付きまとわれたこともある。

 レイラはそういう男子に対しても、粛々と対処するだけで、舞にその人物の悪口を言うようなことはなかった。

 そんなレイラが明確に嫌いだと口にしたから、舞が驚くのも無理はない。


 下駄箱で靴を履き替えながら、レイラは憂鬱な気持ちだった。

 教室に行けば、山本がいるだろう。

 なんと声をかければいいのか、いまだに答えは出ていなかった。


「おはよう!」

「えっ……お、おはよう」

「おはよー」


 笹内がレイラたちに声をかけた。

 いつもは、こちらから関わらない限り、レイラたちには関わってこようとしなかったから面食らってしまう。


「なんだか落ち込んで見えるけど大丈夫?」

「いや、べつに」

「何かあったら相談にのるから」


 彼は何か良いことでもあったのだろうか。

 妙にうれしそうに教室へと向かっていった。


「あたしってそんなに分かりやすい?」

「分かりやすいところは分かりやすいけど……うーん、もしかしたら、笹内くんはレイラのこと良く見てくれてるのかも」


 男子に対して今までとは違う反応をしたからか、舞はニヤニヤとしている。

 彼女が邪推しているようなことはない。


 レイラは笹内が嫌いだった。

 誰とも関わろうとせず、いつもつまらなさそうにしている姿を見ていると不快になる。

 ただ――今日はいつもと少し違う。なんだか生き生きとしていて、悪くないなと思った。

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