2章
第6話 神宮寺桜子、叫ぶ
「うぅ……」
頭が痛くて目が覚める。
まだ意識がはっきりしていないが、この感じはよく分かる。二日酔いだ。
目を擦りながら身体を起こしながら、髪の毛を触った。
「あれ……?」
髪がボサボサになっていない。
いつもはパサついていて、起きた後に手入れをするのが億劫になっているのに、今日は多少寝ぐせがついているだけだ。
ふと自分の身体を見ると、ちゃんと部屋着に着替えている。
スーツのまま寝ていない。
汗をかいていたので、部屋着と下着を脱ぐ。全裸になって少し身体を動かしてノビをした。前日に酒を飲んだ割に、今日は身体の調子がいい。
身体の匂いをかげば、アルコールではなくボディソープの匂いがする。
顔を触れば、化粧を落としてスキンケアまでしているではないか。
一体どうしたんだ昨日の私は!?
昨日は週末の金曜日で翌日が休みだったから、親友の若宮麻里と飲みあかしていた。何を話したかは全く覚えていないが、おそらく仕事の愚痴がほとんどだっただろう。
タクシーでマンションに帰ってきて、家の前に来たところまではなんとなく覚えているが、そこから先の記憶はない。
しかし、いつもとは違って、昨日の私はしっかり身を整えてから就寝したらしい。
偉いぞ昨日の私。酔っぱらった中でよくぞやりきった。
今日の私はとてもツイているようだ。
二日酔いの頭痛は相変わらず鬱陶しいが、少し爽快な気分で朝を迎えることができた。
新しい部屋着に着替えたいところだが、クリーニングに出した部屋着はどこにいっただろうか。使用済みの服ばかりで場所が分からない。
誰も家にこないし、後でもいいだろう。寝起きだからか、少し喉が渇いた。
「とりあえず水でも飲もう」
台所に行き、蛇口をひねって、流しに置いてあったコップに水を入れて飲んだ。
コップからは少し変な臭いがする。
前に洗ったのはいつだっただろうか。さすがにそろそろ洗わないとお腹を壊すかもしれない。
後で洗おう。そう決意して、後で洗えるように流しにコップを置いた。
「あれは?」
玄関の扉に何か張り紙がある。
昨日の朝に家を出たときにはなかった。
酔っぱらって、張り出したのだろうか。ちゃんと支度をしてから眠ったことは評価したいが、昨日の私は変な行動もしているらしい。
玄関に近づくと、紙には文字が書いてあった。
「鍵はポストに入れてあります。1505号室、笹内……なにこれ」
ポストを開けると、中にはメモの通り私の鍵が入っていた。
「ん?……あ、あぁ!?」
私は鍵を握りしめたまま、全裸で膝をついて頭を抱えた。
少し思い出してきた。
昨晩、私は間違えて隣の部屋に入ろうとしてしまった。
そこで誰かが私を介抱してくれた。
だから私は寝る前にシャワーも浴びたし、ちゃんと髪も乾かしている。
「誰かが……この部屋に?」
部屋を見渡す。
私が言うのもなんだが、かなり汚い。
こんな部屋を他人に見られるなんて最悪だ。
後で部屋を片付けよう。私は誓った。
「うーん」
腕を組んで考える。
誰かが私を介抱してくれた。一体誰だろう。
メモに書いてあるのは1505号室・笹内。隣の部屋の住人だ。
中学生ぐらいの男の子が住んでいることは知っているけれど、彼の両親については面識がない。
メモの文字は綺麗で子どもが書いたようには見えないし、中学生が泥酔していた私を介抱できるとは思えない。
酔っ払いの扱いになれている大人が介抱したはずだ。
となると彼の父親か、母親か。
身体にはとくに乱暴された形跡もないし、恐らくは母親の方だろう。
どんな人かはわからないけれど、泥酔した私や、部屋の状態を見て良い感情を抱いてはいないだろう。
お詫びの品を持っていく必要がある。
後で買いに行こう。
「とりあえず着替えよう」
現実逃避かもしれないが、これ以上考えても落ち込むだけだ。
着替えを探しに寝室へ向かう途中、インターホンの呼び出し音が鳴った。
急いでインターホンのモニターの元へいく。
モニターには隣の部屋に住む男の子、笹内くんが映っていた。
挨拶を交わす程度の仲だけど、彼のことは好意的に思っている。
1か月ほど前に、笹内くんたちが引っ越してきてすぐのことだった。笹内くんは早朝にランニングをしているらしく、ランニングから帰ってくるときに偶然すれ違った。
特に何をした訳でもないのに尊敬の眼差しでキラキラと見つめてきた。気恥ずかしいけれど同時に新鮮で嬉しくもあった。職場の男性陣から向けられるような、性欲でじっとりした視線とは全然違っていたからだ。
笹内くんは時間に正確なのか、ランニングからは同じような時間に帰ってきている。初めて朝の廊下ですれ違って以来、私も時間を調整していつも会えるようにしている。
「笹内くん……。ん?……んん!?!?!?」
思い出した。全部思い出した。
モニター越しに彼の可愛らしい顔を見ていると、昨日の夜のできごとが鮮明に浮かんでいく。
私を介抱したのは彼の両親ではなく、彼自身だった。しかも、とてつもなく醜態をさらしてしまった。
顔からすーっと血がひいていく。
やってしまった。人生最大のやらかしかもしれない。
動揺した私は、玄関に直行した。
「ごめんなさい!」
突然ドアを開いて大声で謝ったことに驚いたのか、笹内くんは大きく目を開いた。
なぜか急に後ろを向いて困惑気味に切り出した。
「あの、服……」
「服がどうしたの?」
「着てください」
「えっ?……あっ」
……。
私は何も言わずに扉をしめた。
そして、その場で崩れ落ちた。
「あぁぁぁぁ!?」
変態だ。痴女だ。
中学生、いや、下手したら小学生かもしれない相手になんてことをしてしまったのだろう。
昨日のやり取りも相まって完全に痴女だ。
児童ポルノ法だかなんだかに引っかかっているだろう。
警察に、出頭しよう。
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